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浅間山 10月9日 (小諸市飯綱山より)
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 このブログでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。
狭い地域のことで、日記的な意味合いもあり、同じ内容を何度も繰り返して、マンネリ化していて新鮮味に欠けています。
書いていることは、一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2019年10月08日
閼伽流山とその途の安原3 明泉寺から閼伽流山へ
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秋ですね。

コスモスの上に閼伽流山の岩峰・・・


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閼伽流山(あかるさん)は明泉寺(みょうせんじ)脇から登ります。
登る前に参拝します。

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左は石段下の六地蔵・・・
石段の参道を登っていくと、その奥にひっそりと首のない石仏が並んでいます。僧衣なので地蔵菩薩のようです。以前の六地蔵のようです。
廃仏毀釈の犠牲になったのかなと・・・
この山奥の寺にも、時代の流れが押し寄せたようです。

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明泉寺本堂・・・

明泉寺は天台宗の寺です。
最期の遣唐使として唐に渡って帰国して平安朝の初期に天台宗を大成させた第三世天台座主円仁(慈覚大師)により開基されたと伝えられています。
円仁の開基といわれる寺は目黒不動の瀧泉寺、山寺として知られる立石寺、松島の瑞巌寺、浅草の浅草寺など、関東に209寺、東北に331寺あるとか・・・
真偽は別としても、歴史のある寺の証しで、このあたりでは古くから知られた古刹です。

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こんなお堂もあります。大師堂かな・・・

明泉寺の山号は閼伽流山です。
閼伽流は、「清らかな水がながれている」という意味だそうです。
明泉も閼伽流と同じ意味といってもいいですね。

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境内に三石勝五郎の詩碑がありました。
三石勝五郎は1888年生れで佐久市臼田出身の詩人・文芸評論家です。代表作は詩集「火山灰」「散華楽」ですが、私の貧しい書架に『佐久の歌』という詩集があります。
早稲田大学を主席で卒業したときの答辞に、「どんなに勉強した人でも、カラスのカアカアと鳴く 声の意味は分からない」といったというエピソードが残っています。

碑文は閼伽流山と明泉寺の詩ですが、わたしには読めないところがありますので、『佐久の歌』から閼伽流山と明泉寺あたりの詩を載せます。

三井の春の深くして
閼伽流の山は天(あま)そゝり
岩壁這ひ咲く藤も
佐久の誇りと歌はれつ

香坂高宗生まれたる
歴史を語る櫻木に
仰ぐ光も貴しや
摂政宮の行啓碑

朝靄晴れて新田の
渓ら見上ぐる屏風岩
鎮守の杜の下道に
つゝじ翳して童行く     「佐久の歌」三井の歌より

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明泉寺からの里の俯瞰・・・
円仁がこの地を訪れたときに、この地は湖で、その光景は比叡山から見た琵琶湖の景色に良く似ていたため、寺を建立して閼伽流山と名がつけられたと伝わっています。

湖があったとは思えないのですが、ここに湖があったとしても、琵琶湖の風景とは似ていなかったと思います。でも、琵琶湖を知らない素朴な村人たちは琵琶湖はこんな所なのだろうと・・・
そういう思いは素敵ですね。

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参道からこの道に入ります。

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そして明泉寺脇にゲートがあってここから車は入れません。

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直ぐ第2のゲート・・・
開いていましたが、この道沿いの脇には転々と墓地があり、墓参の道でもあるようです。

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こんな杉林の道です。

この道は八丁坂というとか・・・

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朴の木はまだ散る秋には早いよと、頑張っていました。

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この道は、閼伽流山の登山道でもありますが、本来は明泉寺の観音堂への道です。

明泉寺の正式名称は閼伽流山観音院明泉寺です。
道標の丁目石も観音堂は10丁目・・・
この参道には石碑や石仏に歌を刻んだ石碑や一丁(1丁は109.09 m)ごとに位置を示した丁目石があります。
まだ三分の一も来ていないかな・・・

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リスが道を横切りました。
慌ててカメラのシャッターを押しましたがボケボケ・・・
一応見たという証拠です。

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南朝忠臣香坂高宗の碑・・・
立派な碑ですね。たたえる歌の碑もありました。

香坂高宗(こうさか たかむね)は南北朝時代信濃国の現在の大鹿村にあった大河原城主でした。後醍醐天皇の皇子の宗良親王を迎え、信濃の南朝方の拠点として30年にわたって親王守った忠臣とされています。香坂高宗の祖先は、閼伽流山のある香に由来する一族とされています。

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千手観音の石仏・・・

千手観音といいますが、千手千眼観世音菩薩とも言います。一本の手にひとつの目を持つ、つまり千の手と千の眼を持つ、無限の慈悲深さと、救う手立てを持つ観音だそうです。

本当に千本の手を付けたまじめな仏師もいるそうですが、42本の手で代用することが多いそうです。有名な京都の三十三間堂の1千体の千手観音も42本だそうです。

そのほかにも色々な本数の像があります。ここは12本でした。

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急な坂を登りきると尾根に出ます。
3つ目のゲートもありました。

ここには7丁目の丁目石もありました。あと1/3・・・

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尾根伝いに細い山道がありました。
この道を行くとどこに行くのかなと・・・

気にはなりますが、まずは観音堂へ・・・・

[ 投稿者:オコジョ at 08:24 | 山  佐久・八ヶ岳 | コメント(0) ]

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