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浅間山 11月29日 (小諸市新町より)
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 このブログでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。
狭い地域のことで、日記的な意味合いもあり、同じ内容を何度も繰り返して、マンネリ化していて新鮮味に欠けています。
書いていることは、一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


営利目的や記事に関係のないコメント、英文のコメントは、予告なく独断で削除させていただきます。

2008年02月29日
昨日の浅間山と上州路の花
1
朝9時35分・・・
信濃追分付近からの浅間山
寝起きが悪くて、もやっています(日本語としては 間違いです -笑-)

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[ 投稿者:オコジョ at 08:06 | 旅 (地域外) | コメント(6) | トラックバック(0) ]

秩父事件 信州の秩父困民党の痕跡 2 
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諏訪神社の「秩父事件戦死者の墓」の近くに「井出ジャウの墓」という、
道しるべがありました。
実は「井出ジャウ」が何者か知らなかったのですが、たどってみました。

秩父事件は戦いに敗れた困民軍の多くは、野辺山原や南相木、北相木村の山中に
逃げ込み各地に潜伏しました。
総理菊池寛平は明治18年11月25日欠席のまま死罪の判決を受けますが、
後に甲府で逮捕されています。
菊池寛平は憲法発布の恩赦で無期懲役となり、北海道の十勝監獄に服役し
1905年に出獄しています。

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[ 投稿者:オコジョ at 08:06 | 南佐久・清里 | コメント(10) | トラックバック(0) ]

2008年02月28日
糸都・小諸の足跡 (小諸の産業と製糸の歴史) 1  維新後の小諸
1御牧ヶ原
明治維新後、小諸藩の士族は失業します。
この対策として御牧ヶ原開墾を小諸商人と士族が中心となって、300人が入植して、
明治3年から25年まで、開墾を行います。
田畑120町歩 溜池8町歩 山林700町歩を開墾しますが、士族の救済のはずが、
この土地は豊かとは言えず、士族は去って行き、現実には商人が小作地を獲得した結果に終ったようです。

写真は御牧ヶ原と溜池ですが、この溜池もこの時、作られたものです。

この商人の中に製糸に深く関係した、荒町の呉服商人の高橋平四郎と、藩ご用達の
味噌醤油店「酢久」の小山久左衛門がいました。

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[ 投稿者:オコジョ at 15:19 | その他 | コメント(8) ]

2008年02月27日
上州 横川 山岳展望
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信州から峠を越えて、上州に出ると山の様子が変わります。
軽井沢は浅間山の真っ白な姿が印象的ですが、峠を越えて横川に出ると、
浅間山麓の高原と違って、狭い谷間の妙義の岩壁が圧倒的です。
ここは横川駅から裏妙義の鼻曲(上信国境の鼻曲山とは違います。)の
岩峰を見上げています

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[ 投稿者:オコジョ at 07:42 | 旅 (地域外) | コメント(16) | トラックバック(0) ]