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2016年04月06日
桜は今日が一番の見ごろ
ここのところ仕事続きで
今日やっと館林の桜を落ち着いて見られた
ちょっと散り気味だったが
明日は雨の予報
今日が一番の見ごろらしい

館林にも
館林なりの桜の名所があるが
あなたはどこの桜が好きだろうか

鶴生田川沿いの桜
まずはここが一番思いつくところ
5号橋から
アピタまで続く桜並木
景色も良く
こいのぼりも圧巻でw
館林で代表的な桜の名所だろう

多々良の平地林あたりの桜も圧倒される
大きな木から道へしだれる桜

藤岡へ行く道の途中
大島のリバーサイドの先に
桜と菜の花と空
ピンクと黄色と空色のコントラストが映えるところがある

館林高校前の桜並木も良い
356を町中から高校方面へ行き
郊外っぽい景色が続くが
突然
桜が咲き乱れる光景を目にする

青梅天満宮の桜も良かった

神社や
公園
学校
公民館近くにも
よくあると思う
短い桜並木があるところも市内に結構ある


私の2016館林の桜の名所は
三角公園
[ 投稿者:jun at 21:01 | 一般 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2016年02月09日
シミュレーション、館林が太田市に合併される日
館林が太田市に合併される日を
シミュレーションしてみました。

人口データ(大体)
前橋34万 高崎37万 伊勢崎21万 太田22万
桐生12万 みどり5万 館林8万 邑楽郡10万
足利15万 佐野12万
政令都市50万(80万) 中核市20万(30万) 特例市20万
館林市内 館林地区1.7万 六郷地区2.5万 多々良地区1.7万

2017年春 桐生市とみどり市合併
伊勢崎市は前橋・高崎と組み政令都市をうかがう
太田市は特例市から中核市への昇格を狙う
太田市の向く先は東へと注がれる
2017年夏 太田市と大泉町合併
ついで邑楽町、千代田町も太田市へ
2017年秋 太田市は館林を包囲すべく
板倉町、明和町へプレッシャーをかける
太田市は館林・邑楽全地区で合併キャンペーンをしかける
2018年春 板倉町、明和町太田市へ
孤立した館林で太田市の企業が独自に館林市内でアンケートをとる
館林地区では圧倒的に合併反対票が多かったが
六郷、多々良地区にて合併賛成がわずかに上回る
他の地区ではやや反対票が上回る
太田市が館林合併の際、多くの企業誘致や
東毛統合市場を館林に設立することを発表
太田市の市議会も超党派で館林市議会に合併を働きかける
2019年館林は太田に編入される
太田市は中核市を宣言し政令都市への野望をはじめる
桐生プラスみどり市と合併し50万
県外だが
足利、佐野を含めれば80万

---

あくまでフィクションです。
[ 投稿者:jun at 21:57 | 一般 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2016年02月05日
最近の館林の話題16.02.05












[ 投稿者:jun at 10:51 | 一般 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2015年12月04日
市報 2015.12.01
大相撲館林つつじ場所
来年の4/8にやってくるらしい。
ボランティアも募集してるようだ。

群馬東部水道企業団
東毛の上水道事業が統合するようだ。
市町村別でやっていたのを
まとめてやるというもの。
企業団といっても同じ地方公共団体。
これがきっかけで
東毛の合併が進むか?

産業祭
館林は意外と産業が豊富なので盛況だったようだ。
(農業はもちろんのこと工業も)
さらにもっとやれるかもしれない。


[ 投稿者:jun at 16:04 | 市報熟読 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2015年11月02日
館林の「タテ」がよくわかる文と図
東武鉄道公式HPの「館林駅」の説明に
三方が水に囲まれた高台の地形

とある。

群馬県公式HPの資料には
“タテ”とは、戦国時代のある種の理想の地であり、
a)土地が高く乾燥しており普段の生活に適し、b) 水田に適する平地があって多くの人々が生活でき、c) 周りに敵が攻めにくい低湿地があり、d) 見晴らしが良く、e)静かに退却できる山林と一方で連絡し、f) きれいな飲み水と燃料があること
を条件とした土地を指す言葉(柳田国男「地名の研究」による)。

とある。

そして国土地理院の地図で館林付近を見てみる
メニューに「表示できる情報」>「地図・空中写真」の中の項目に
明治期の低湿地があるのでクリックし表示してみる。
しばらくすると低湿地だったところが浮かび上がってくる。
館林以外の地域を見てみると
意外と関東平野は低湿地だらけだ。
山沿いでないとなかなか広くて湿地でないところが少ない。
太田・熊谷・行田・羽生・古河と見ると
湿地だらけ。
そんな中、館林には湿地でないところが広いように感じる。
拡大してみると自分の家付近が湿地だったかどうか、わかると思う。

[ 投稿者:jun at 12:17 | 一般 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2015年10月16日
両毛近辺は昔から無国籍地帯だったかもしれない
加須市の公式HPに
まくらがのは「どの国にも属していない地域」を指しています。(郷土史家の鎗水柏翠氏による)

と書かれてある。
これは古河をうたった万葉の歌で
まくらがの古河・・・とうたわれる歌が2つある。
もうひとつただ「まくらが」と出て「古河」が抜けてるのもある。
枕を示してる枕詞か。
枕詞であるという説もあるが
どの国にも属してない地域という説もある。
古墳時代の頃、両毛地区(狭義の)と古河あたりは毛野氏の勢力範囲にあったと思われる。北埼玉もそうであったようだ。
というと、両毛地区古墳時代はギリギリ毛野氏の勢力範囲の南端というかんじか。
南端というからには
そうでなかった時期もあるかもしれない。

そして現代。
戦国時代もいろいろあったと思うが今回は割愛。
デイリーポータルにもあるけど
4県にまたがる複雑国境地帯となってる。
さらに千葉の野田市も加えるとこの辺はさらにすごい事になりそうだ。
群馬の館林、栃木の足利、埼玉の羽生、茨城の古河、千葉の野田
ここから各県の県庁所在地の遠さといったら・・・
隣の県の県庁所在地も自分の県の県庁所在地も遠い。
文化もまざってる。
栃木の独特な食文化である「しもつかれ」
これは羽生でも知られてる。
言葉もこの辺はまじってる。
太田に「ヨラッセ」(現ダニエルハウス)があり
羽生に「キヤッセ」がある。
館林の正田醤油は野田の醤油の影響が濃い。

[ 投稿者:jun at 15:09 | 一般 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

謙信による「館林・羽生体制」の成立
市報のなかでも好きな記事市史コラムの今号のものだが
謙信による「館林・羽生体制」の成立
なんてはじめて聞いた。
まるで
パックスブリタニカ
くらいの感じだろうか。
あの有名な戦国武将
上杉謙信公の館林への熱い視線がうかがわれる。
一時は和睦してるとはいえ
ライバル北条氏に対する最前線であったろうからな。

[ 投稿者:jun at 12:22 | 一般 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2015年09月04日
市報H27.0901
平和への祈りを込めて

ここ館林でも
戦争の影響はあったのだな

南光ミニバスが関東制覇

館林市民にとって
「南光」とは
スポーツのエリート集団である。
市の説明によると
野球、ソフト、ミニバス、サッカーの4つのクラブがある。
私は学区は違うが
当時、憧憬の念を抱いていた。

今回の市報では
関東を制覇したミニバスがかなり詳しく特集されている。
メンバー紹介があったり
監督の戦力分析があったりする。
戦力分析をみると
攻撃的で
守りや頭脳プレーに課題が残り
持久力も欲しいところ。
ただ精神力は素晴らしい。
といった感じ。
やはり南光にいること自体
メンタルの強い人が残るのだろうと
昔の印象だと思うのだが。

「監督とエースの対談」など
おしゃれな雑誌の特集っぽくて良かった。

そして
道しるべ

1854年に建てられた馬頭観音信仰の道標
熊谷まで四里、赤岩まで一里半、館林一里半、佐野三里とは
上三林の道標。
熊谷、赤岩との結びつきの強さを感じる。


[ 投稿者:jun at 11:39 | 市報熟読 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2015年07月10日
市報 2015.07.01
今回の市報はハス特集。
そういえば今、台風が3つきているが
その中の一つ
台風10号の名前が「リンファ」
漢字で書くと「蓮花」らしい。
台風の名前はリストから順番につけらけるので
偶然にも時期にあった名前のようだ。
ちなみに台風10号は熱帯低気圧にかわったようだ。

市報には普段お目にかかれないが
ちょっと気になる重要人物が登場している。
館林駅の駅長と
城沼の遊覧船を運行している会社の社長。
二人とも城沼の遊覧船を絶賛オススメしている。

ハスの実の写真も載っていたが
これ、生食でもOKらしい
このへんの食べ方とかも聞きたいところだ。

そして旧館林藩士、山田烏兎二の城沼の水産事業の話。
この方のおかげで明治維新で困窮した藩士を救い
蓮根や鯉の養殖などがおこなわれるようになった。
たまに館林でとれた蓮根をみかける。
あと、小さい時はよく、鯉の刺身とか味噌汁とかたべたなぁ。

[ 投稿者:jun at 13:09 | 市報熟読 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2015年02月16日
ヤギヤさんの角
5号道路からヤギヤさん前を右折する時
ヤギヤさんの氷置き場と思われる物置が目に付く。
三角公園の一辺の道があるので
この物置も鋭角な三角形の形をしている。

小さい頃、この物置の壁に
映画館のチラシが貼られていた記憶がある。
「頑張れベアーズ」とか
有名映画
いろんな映画のチラシが貼ってあったな〜
話題の映画
そして・・・

ヤギヤさん前はとりせんの発祥
とりせん中央店があった。
その先は映画館、飲食店などの歓楽街。
映画館は2つもあった。
このヤギヤさんの壁は多くの人が目にする場所でもあった。
そこにチラシは効果的だろう。
アルタ前の電光掲示板にも匹敵するかもしれない。
ただし待ち合わせには不向きだ。

ここら辺は昔なら昔ほど栄えていたようである。
大手(追手)門 綱吉時代〜館林城の再建を目指す会さん

ここら辺は
依然と比べひっそりとしてしまったが
ヤギヤさんだけは
冬はタイヤキ
夏はかき氷と盛況のようだ。




[ 投稿者:jun at 11:59 | 館林紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) ]