kurage 氏の blog におもしろそうなネタがあったので、ここに書いてみる。
ドリヘコとのメッセ雑談ログその1(上)
ドリヘコとのメッセ雑談ログその1(下)
さて、そもそも AI とは何か。
e-Word によると、
AI の研究は、 1943 年の Warren McCulloch と Walter Pitts による神経回路網理論において、「大脳における神経活動は命題論理として取り扱い可能であり、計算可能な関数はニューロンネットワークで計算可能である*1」という事などが示されたことと、 また、ENIAC の登場からのコンピュータの急速な発達に助けを得、 AI の研究は急速に発展してきた。(どっか間違ってたらごめん。)
つまり、大脳の働きは、コンピュータで再現可能であるということである。(超意訳)
現在、 AI の研究には二つの立場がある。
ここでは、「人間の知能を完全に模倣することを試みる立場」で考える。
では、最初に紹介したリンク先の話に戻ろう。
ここで、 kurage 氏はある問いを投げかけている。
なぜならば、(外見上、人間と違いがないという前提で)「AI 脳を持った人間」の周囲の人達にとっては、その人が AI 脳を持つかは区別できないからだ。
そして、(おそらく)本人も、自分が AI 脳を持つということを知らされているのでなければ、自分が人間であると思い切っているであろう。
んで、私自身は、人間の脳を完全に模倣するための AI の絶対条件として、有機物でなければならないという考えはもっていない。
無機物でも可能ではないかと思うのである。
脳といっても、神経細胞は電気使って情報を伝達しているわけだから。
次に、
人格は極論すれば、外部からの入力にどう反応するかをまとめたものと言っても差し支えない。
何らかの感情なり、アイディアなりは全て外部からの刺激(視覚なり聴覚なり味覚なり)を通して、それに対する反応として、感情なりアイディアなりが創発するのではないか(と思う)。
もちろんその創発の過程には、過去の経験や、あるいは脳内の内分泌物質などの影響を受けるはずである。
これはパターンから生成しているようであるが、これだけでもそれっぽい小説ができあがる。
他には、読書感想文ジェネレータなんてものもある。
もし、 AI が完全に人間の脳をシミュレートできるのなら、感情や意識を持つはずであり、それを表現するための手段として文章を書くことはできるはず。(たぶん・・・)
では、なぜ人間の脳を完全に模倣した AI が登場しないのか。
それは、「人間の脳」と「現在一般的な(ノイマン型)コンピュータ」とのアーキテクチャが根本的に異なっているからではないか。
脳とコンピュータの違いに具体的な数字が出ているが、人間の脳は周波数は低いが超並列コンピュータである。
対して、コンピュータ(一般的な PC )は周波数は高いが、大抵はシングル CPU である。
地球シミュレータの場合だと、たるさんのところによれば、
また、人間の脳の働き自体、まだ未解明な部分を多く残していることも理由になるのではないか。
結局のところ、ノイマン型コンピュータで人間の脳を完全に模倣した AI を作るためには、人間の脳というアーキテクチャをある程度エミュレートする必要があるのではないか。(プログラミングや設計の仕方にもよるが。)
そして、このエミュレートが非常に難しいのではないか。
つまり、「計算量的な限界」、「記憶容量的な限界」、「脳の働きが未解明なことからくる、アルゴリズムやデータ構造などの限界」などが、今現在、完全な AI が存在しない理由になるのではないか。
そもそも脳のデータ構造ってどんな感じなんだろう・・・。
ノイマン型コンピュータで完全な AI は夢物語なのかもしれない。
しかし、やはり私はノイマン型コンピュータでも AI は実現可能という夢を捨てきれない。
と、まぁ、ここでぐだぐだ書いてみたが、人工知能学会の「人工知能のやさしい説明」によくまとめられているので、興味のある人は読んでみるといいでしょう。
*1 「新しい人工知能 基本編」 前田隆・青木文夫 共著 オーム社
ドリヘコとのメッセ雑談ログその1(上)
ドリヘコとのメッセ雑談ログその1(下)
さて、そもそも AI とは何か。
e-Word によると、
「人工知能」の略。人間が行っている知的な作業をコンピュータで模倣したもの。具体的には、人間の使う自然言語を理解したり、論理的な推論を行ったり、経験から学習したりするコンピュータプログラムのことをいう。応用例としては、専門家の問題解決技法を模倣するエキスパートシステムや、翻訳を自動的に行なう機械翻訳システム、画像や音声の意味を理解する画像理解システム、音声理解システムなどがある。人工知能を記述するためのプログラミング言語としてLispやPrologなどが開発されている。となっている。
AI の研究は、 1943 年の Warren McCulloch と Walter Pitts による神経回路網理論において、「大脳における神経活動は命題論理として取り扱い可能であり、計算可能な関数はニューロンネットワークで計算可能である*1」という事などが示されたことと、 また、ENIAC の登場からのコンピュータの急速な発達に助けを得、 AI の研究は急速に発展してきた。(どっか間違ってたらごめん。)
つまり、大脳の働きは、コンピュータで再現可能であるということである。(超意訳)
現在、 AI の研究には二つの立場がある。
- 人間の知能を完全に模倣することを試みる立場
- 人間の知能より、その成果を利用して計算機科学的に利用することを試みる立場
ここでは、「人間の知能を完全に模倣することを試みる立場」で考える。
では、最初に紹介したリンク先の話に戻ろう。
ここで、 kurage 氏はある問いを投げかけている。
「じゃ、人間の体にAIを入れたら、それは人間か?」私は、 AI が完全に人間の脳を模倣したものであれば、それは人間そのものであると考えても良いと考える。
なぜならば、(外見上、人間と違いがないという前提で)「AI 脳を持った人間」の周囲の人達にとっては、その人が AI 脳を持つかは区別できないからだ。
そして、(おそらく)本人も、自分が AI 脳を持つということを知らされているのでなければ、自分が人間であると思い切っているであろう。
んで、私自身は、人間の脳を完全に模倣するための AI の絶対条件として、有機物でなければならないという考えはもっていない。
無機物でも可能ではないかと思うのである。
脳といっても、神経細胞は電気使って情報を伝達しているわけだから。
次に、
AI の人格はどうやって決定するか脳の働きを完全にシミュレートすれば、人格は勝手に創発されるのではないか(と期待している)。
人格は極論すれば、外部からの入力にどう反応するかをまとめたものと言っても差し支えない。
何らかの感情なり、アイディアなりは全て外部からの刺激(視覚なり聴覚なり味覚なり)を通して、それに対する反応として、感情なりアイディアなりが創発するのではないか(と思う)。
もちろんその創発の過程には、過去の経験や、あるいは脳内の内分泌物質などの影響を受けるはずである。
AIは小説を書けない官能小説自動生成ソフト「七度文庫」というのがあるが、これは結構よくできている。
これはパターンから生成しているようであるが、これだけでもそれっぽい小説ができあがる。
他には、読書感想文ジェネレータなんてものもある。
もし、 AI が完全に人間の脳をシミュレートできるのなら、感情や意識を持つはずであり、それを表現するための手段として文章を書くことはできるはず。(たぶん・・・)
では、なぜ人間の脳を完全に模倣した AI が登場しないのか。
それは、「人間の脳」と「現在一般的な(ノイマン型)コンピュータ」とのアーキテクチャが根本的に異なっているからではないか。
脳とコンピュータの違いに具体的な数字が出ているが、人間の脳は周波数は低いが超並列コンピュータである。
対して、コンピュータ(一般的な PC )は周波数は高いが、大抵はシングル CPU である。
地球シミュレータの場合だと、たるさんのところによれば、
総ベクトルユニット数40960個となっており、つい最近まで世界トップだったスパコンでさえ人間の脳には並列性ではるかに劣る。
総スカラユニット数5120個
また、人間の脳の働き自体、まだ未解明な部分を多く残していることも理由になるのではないか。
結局のところ、ノイマン型コンピュータで人間の脳を完全に模倣した AI を作るためには、人間の脳というアーキテクチャをある程度エミュレートする必要があるのではないか。(プログラミングや設計の仕方にもよるが。)
そして、このエミュレートが非常に難しいのではないか。
つまり、「計算量的な限界」、「記憶容量的な限界」、「脳の働きが未解明なことからくる、アルゴリズムやデータ構造などの限界」などが、今現在、完全な AI が存在しない理由になるのではないか。
そもそも脳のデータ構造ってどんな感じなんだろう・・・。
ノイマン型コンピュータで完全な AI は夢物語なのかもしれない。
しかし、やはり私はノイマン型コンピュータでも AI は実現可能という夢を捨てきれない。
と、まぁ、ここでぐだぐだ書いてみたが、人工知能学会の「人工知能のやさしい説明」によくまとめられているので、興味のある人は読んでみるといいでしょう。
*1 「新しい人工知能 基本編」 前田隆・青木文夫 共著 オーム社






