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2017年01月10日
安心な世界
脈絡なく書いてみる。





安心な世界とは何だろう。

不安のない世界だろうか?

自分は普段、よく不安になるので、

それを苦痛だと思っているのだろうか?


「苦痛」というほどではないけど、
「不安がなくなればいいのに」と思っている。

「不安がなくなる」ことはないと思うけれど、
自分のこの、不安神経症気味な、
ふいに不安になる、このような状態が、
軽減されたら、もっと楽に、楽しく生活できるのかもしれない
というようには思う。

社会も、世界も、地球環境も不安だし、
日々の細かな色んなことにも、度々不安になる。

将来、あまり書きたくないけど、
親がなくなることがこわい。

仕事でも、日々ちょっとしたことで不安になる。

ニュースを見れば、
政治、事件、天変地異に不安を覚える。 


仕事で人と話すのも、
正月休み明けはとても億劫に思えた。

緊張を伴う。

うまく話せるか。不安そうな様子であるより、
笑顔を浮かべた方が相手も安心するだろう。

仕事自体も億劫だ。
ちょっとするとやらなければならないことが
色々起こってくる。
うまくできるだろうか。問題は起こらないだろうか。

不安だ。
不安だ。


休みの日に寝ていると思うことがある。
自分は何て体力がないんだろう。
こんな体力のなさで、この先、
生活していけるのだろうか。


どこかへ出かけた後や寒い日、
休みの日は夕方などに寝て体力を回復することがある。
そのような人は、少なくないのかもしれないけど。 
 

体力がないのは、
運動などをしていないからなのかもしれないけど。
かといって、運動はしたいと思わない。 

日々、通勤で歩いているし、
通勤時間もかかるし、それだけでも疲れると思う。
休みの日は、いつもではないけど自転車を漕いでいる。


様々な恐怖。
自分は、ストレスを感じるような状況のとき、
それを明るさで打破できない。

具体的には、
親戚が集まる儀礼的な場が、
具体的には、例えば、元旦に、
親戚で集まらなければならないことが、
子どもの頃から、今もずっと嫌だった。


父母それぞれの親戚のうち、
一方では楽しく思えるけど、
一方は楽しく思えない。

それには、一方へはよく行っていたとか、
親が楽しくなさそうなのを、幼い頃、
子ども心に感じて気にしていたといった理由もあると思う。

だけど、今もって、克服できていない。




といったこととか、

色々、不安とか、こわさとか、ストレスとか、
そんなことばかり考えていると、
寂しいなぁなんて思えてきたりする。

誰かに話せたらなぁとか、
考えてみても、そんなことはできず、
こうして、日記に書くのだ。

そして気を紛らわせる。
  
書いたら吐き出せた気持ちにもなるし、
文字にすれば、自分が、なんだか
落ち着いて考え深い人間というか、

小説家はこんな風に文字にしていたんだなんて、
漠然と浮かび、
自分が、小説家というか、大丈夫なんじゃないかと思えてくるのだ。
[ 投稿者:暖かい風 at 21:32 | 日記 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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