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浅間山 (11月10日 浅間山 小諸市町より)
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このブログでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。
狭い地域のことで、日記的な意味合いもあり、同じ内容を何度もおなしを繰り返して、マンネリ化していて新鮮味に欠けています。
書いていることは、一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2018年11月02日
日本三景 松島の旅2  円通院
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臨済宗妙心寺派 円通院山門・・・

萱葺(かやぶき)屋根の落ち着いた薬医門です。
山門は開山と同時に建てられたと考えられ、松島町指定文化財だそうです。

東日本大震災の時はこの門前まで津波がきましたが、境内には入らずにすんだそうです。

円通院と隣の瑞巌寺は震災1か月後の4月10日に拝観を再開したそうです。


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円通院は仙台藩第2代藩主・伊達忠宗の次男、伊達光宗(だて みつむね)の菩提寺です。伊達政宗の孫になります。長男が7歳で亡くなり世嗣ぎとなりますが、正保2年(1645)に19歳で早世してしまいました。
翌年の正保3年(1646)に霊廟・三慧殿が建設され、正保4年(1647)に光宗の菩提寺として霊廟・三慧殿の場所に瑞巌寺第100世洞水和尚により円通院が建立、開山となりました。

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石庭「雲外天地の庭」・・・

中に入るとこんな素敵な日本庭園になっていました。
白砂は松島湾、松島には湾に恵比寿島・大黒島・布袋島・毘沙門島などの七福神の名を冠した島があり、これらの島を仏として「天の庭」だそうです。

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周囲の山々は「地の庭」として苔で表現しているそうです。

石庭に架かる橋は天水橋というそうですが、「天の庭」と「地の庭」を結ぶ掛け橋だそうです。

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紅葉の時期にも早かったですが、外国の方も日本の秋と庭園を楽しんでいるようでした。

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紅葉の盛りは見事なモミジの寺になりそうです。

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国指定重要文化財 三慧殿(さんけいでん)・・・
樹々の緑の中にと向けこむ様なお堂でした。

三慧殿は伊達光宗の霊廟で御霊屋(おたまや)とも呼ばれているそうです。

寺によると「建物は宝形造、本瓦葺で、四周に高欄付の縁を巡らす。東北地方では数少ない 格式ある方三間霊屋の遺構であり、霊屋建築としては宮城県下最古とされ、3世紀半もの間秘蔵とされた国の重要文化財」だそうです。

伊達家の霊廟としては仙台市の仙台城から少し離れた経ケ峯に伊達家の初代から三代までの藩主の霊廟があります。初代の政宗廟の瑞鳳殿と二代忠宗廟感仙殿は国宝に指定されていましたが、三代綱宗廟の善応殿とともに昭和20年(1945)7月10日にアメリカ軍の空襲で焼失し、戦後、仙台市により再建されています。
この時、仙台城を含め仙台市内は焼け野原・・・
もう少し早く戦争が終わっていたら・・・

瑞鳳殿が失われてここが一番古くなったようです。

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三慧殿の宮殿型厨子・・・

瑞鳳殿は、一度、訪れたことがありますが、金色に輝く煌びやかなものでした。もっとずっと大きく多くの彫刻に飾られていましたが、イメージはよく似ています。

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馬に乗るのは伊達光宗の霊廟の主の伊達光宗です。
その後ろに霊廟の本尊の十一面千手観音立像が祀られています。

厨子の扉に描かれているのはバラの花と水仙・・・

バラはローマ帝国以来ローマの象徴、水仙はイタリア、フィレンツェ市を表す花だそうです。

円通院の寺伝によると、伊達政宗 がフランシスコ会宣教師ルイス・ソテロを正使、支倉常長を副使とした慶長遣欧使節(けいちょうけんおうしせつ)は、良く知られていますが、バラの花と水仙、支倉常長がローマ、フィレンツェを訪ねた証として描かれたと伝わっているそうです。厨子の中にはダイヤ、クローバー、ハート、スペードを描かれているそうです。

12一度訪れたことが
個人的にはこうしたところに目が行くのですが・・・

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洞窟遺跡群・・・

昨日の天麟院から円通院、そして瑞巌寺の裏手の山は火山から噴出された火山灰が堆積してできた凝灰岩層です。
凝灰岩としてよく知られているのは大谷石です。大谷石は柔らかく加工がしやすく、昔から外壁や土蔵などに使われています。

ここではそうした凝灰岩層が掘られています。

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凝灰岩層は他の岩石層に比べると軟弱です。整形途中の若く固まっていない凝灰岩層は水を含みやすく、地下水の通り道となって流動的になりやすいそうです。
そのため、地滑りの滑り面となることも多いそうです。
ここはもう充分に固まっていますが・・・

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こんな碑がありました。現地の案内によると・・・

建武五年記銘板碑
石巻井内産の粘板岩を使い中央上部に胎蔵界(たいぞうかい)大日如来を表す梵字ア字、その下の年号を挟んで左右に二行ずつ建立の理由を刻む。
銘文には藤原氏出身の女性が、板碑造立の功徳によって自分の死後の成仏・安楽を願い、その功徳を法界に広く及ぼさんとある。
松島に近接する有力の藤原氏は、国府(現仙台市岩切近辺)在住の留守(伊沢)氏が考えられる。
建武五年は北朝年号で一三三八年。  【以下略】 


留守(伊沢)氏は鎌倉幕府が奥州藤原氏滅亡後に陸奥国統治機関として陸奥国の国内統治の役割を果たした留守所の長官として、伊沢家景が任命され、その後、子孫は代々この職を世襲して留守氏を名乗ったそうです。

建武と言えば、歴史で「建武の中興」をならいました。鎌倉幕府滅亡後に後醍醐天皇が天皇自ら行う「親政」(政治)を開始した政権でしたが、2年で崩壊、南北朝になり、南朝は改元して、建武五年は延元三年となっています。この地の歴史の深さを伝えているようです。

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落ち着いた雰囲気ですね。

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隣りの瑞巌寺も見えました。

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円通院本堂大悲亭(だいひてい)・・・

ここは伊達家の江戸藩邸にあった伊達光宗納涼の建物を父親の忠宗が縁の建物とし建物として解体移築したそうです。されたもので、造萱葺で禅寺らしい落ち着いたたたずまいをしています。

20松島町指定文化財茅葺、寄棟で禅寺に多い剛健な感じは迂回ですが、落ち着いた山寺らしさが素敵です。

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本尊 松島町指定文化財 聖観世音菩薩座像・・・

室町時代の秀作だそうです。

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蓮華を持つ、お優しそうな観音様でした。

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円通院の心字池・・・

この庭は小堀遠州が設計したと伝わっています。

小堀遠州は本名を小堀正一という近江小室藩主で、(こぼり まさかず)(江戸時代の日本を代表する作庭家) 作と言われています。千利休、古田織部と続く茶道の受け継ぎ、徳川将軍家の茶道指南役を務めた茶人です。慶長13年(1608)駿府城作事奉行をつとめ、その功績により「遠州」と呼ばれるようになりました。
『わび・さび』の精神に、美しさ、明るさ、豊かさを加え、優美で均衡のとれた「綺麗さび」といわれる現代に繋がる茶の湯を創造しました。

遠州は、桂離宮、仙洞御所、二条城、名古屋城などの建築・造園にも関わり。京都大徳寺孤篷庵、南禅寺金地院なども彼の手になるものです。

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円通院前の御水主町(おかこまち)の民家
瑞巌寺の東にあった御水主町は仙台藩主松島を遊覧した時の御座船を操る水主(かこ)衆が、地元や和歌山・愛媛・静岡からやとわれて、瑞巌寺造営当時から住んでいたそうです。
この住居は藩の定めにより、茅葺、寄棟造、表通りに面したところは、窓から外に張り出して作られた出格子と上部に蝶番(ちょうつがい)をつけ、外または内側に水平に 釣り上げて開ける格子を取り付けた板戸のむ蔀戸(しとみど)と決まっていたそうです。

この時代身分によって住む家も決まっていたようです。
ここは最後に残った水主(かこ)衆の家を移築したものだそうです。

[ 投稿者:オコジョ at 07:26 | 旅 (地域外) | コメント(0) ]

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