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浅間山 (8月20日 浅間山 小諸市耳取地区より)
999 ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
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2018年07月30日
岩崎山の忘れ去られた仏たち1 岩崎観音堂跡(佐久市)
P1430404
今日の写真たちは色彩感に乏しいので、麓の田園風景です。

左の山が岩崎山です。
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山道をのぼっていくと。道の先に岩が見えてきます。

この岩の奥が岩崎観音堂のあった場所です。

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岩壁の下の石仏たち・・・

幽玄というか、独特の雰囲気があります。

佐久には香坂地区の大閼伽流山(だいあかるさん)明泉寺と志賀地区に「小倉の観音様」というと親しく呼ぶ大閼伽流山(だいあかるさん)があり、このような切り立った断崖の下に石仏が並んでいます。ここも昔はそうだったのかなと・・・

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ここが境内・・・
今は林に変わろうとしています。

岩崎観音堂については詳しいことは知らないのですが、佐久三十三番札所は、寛政13年(1802)ころに始まったようです。つまりこの頃には観音堂は会ったわけです。

また記録によると岩崎観音堂の創建は不明だそうですが、正徳元年(1711) 山崩れ、享保8年(1723年)焼失、寛政9年(1797 ), 山崩れなど幾多の災難に出会っているようです。
その度に再建してきましたが、昭和15年(1940)に本尊とともに観音堂は焼失してしまいました。これを観音堂は最後に再建されませんでした。
昭和15年は、太平洋戦争直前、時代が時代、再建は無理だったのでしょうね。
戦争とは何ももたらさないようです。平和な時代がずっと続いてほしいものです。孫の代を過ぎても・・・

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岩崎観音堂の本尊は馬頭観音だそうです。

観音堂のそうしたことからでしょうか、手前の首のない観音様は如意輪観音ですが、あとはやはり馬頭観音がほとんどでした。

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岩の穴を覗いてみると反対側に抜けています。

水戸は無理かな、とおり抜けるのは・・・

本物のオコジョならすいすいなのですが・・・

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相当大人数でも雨宿りができそうです。

ここの石仏たちは雨をあまり知らないかも・・・

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手前に石を積んだ跡、その奥の岩穴の前にも石を積んでありました。


この岩壁の岩穴にはめ込むように観音堂があり、一番奥に本尊の馬頭観音が祀られていたのではなかったかと・・・

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馬頭観音と伝教大師・・・

ここは天台宗のお堂でした。何体か、開祖の伝教大師の石像がありました。

馬頭観音の馬の浮が可愛いですね。
仔馬なのかなと・・・

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雑然としたように、そして見捨てられたように点在している石仏たち・・・
火事の前は整然と並んでいたかも・・・

でも、そのあと適当に並べたのかな・・・

右の写真がいつもどなたでしたっけと・・・
女性のように見えるのですが・・・

女性の仏としては弁財天と吉祥天が有名で美しいですね。技芸天も美人かな・・・
帆からは他には仏母、ダキニ天、伎芸天、鬼子母神、摩利支天などがいらっしゃいますが。いずれにも該当しないような・・・

また会いましたが。あなたのお名前はと問うても答えてくれません。
とても気になるのですが、名前をしらないというも、印象は強く残るものかもしれません。

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こちらは判ります。
薬師如来・・・
薬壺を持った医薬の神の薬師様です。

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板状節理の岩壁に観音堂は作られました。

板状節理は輝石安山岩質溶岩が水平方向に割れ目が入った岩です。溶けた溶岩が冷却するときに収縮する過程で火できたものです。この辺りでは鉄平石と呼びます。節理に沿って平たく割れるために古くから屋根材として利用され、庭や玄関先の敷石、和風建築物の壁などに使われています。

鉄平石の話をするつもりはなかったのですが・・・

岩壁の上のほうにも石仏があると・・・
分かりますか・・・

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その一つの大日如来像・・・

岩崎観音堂の属した天台宗では、「すべての仏は、釈迦牟尼仏が人々を救うために姿を変えて現れたもの」としていますが、特に大日如来は釈迦如来を一体と考え、特に重要な仏としています。そのため井地番高い所から人々を見守っているようです。

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洞窟があり入口には不動明王の石仏・・・

日本では古くから、滝の近くにて不動明王を祀ったり、不動の滝と名前をつけているように「水神」として古くから信仰されていました。

不動明王のがっしりとした体格、右手に人の煩悩を断ち切る降魔の剣、左手は人を救い上げるための羂索(けんじゃく)、そして背には不浄なものを焼き清める炎の迦楼羅炎(かるらえん)・・・
水に縁が深いと思えないなお姿なのですが・・・

不動明王を表わす梵字はワープロにはありませんが『カーンマン』と言います。『カーン』は不動の心、『マン』は柔軟な心で、これは水に通じるそうです。

岩壁にある石碑には「当山水路改修発願」とありました。発願は神仏に願をかけることが、日付は工事完成後なので、工事の完成とその後の水路の活用を祈願したのかもしれません。昭和3年ですから、まだ観音堂はありました。この岩穴から水が湧いていた、手前の枡にひいていたのでしょうか・・・

この山の中では水は貴重だったようです。

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岩山の上に急な登る道があり、石仏が続いていますので、登っていきますが、今日はここまで・・・

[ 投稿者:オコジョ at 07:33 | 佐久市 | コメント(4) ]

この記事へのコメント
こんばんは
香坂地区の大閼伽流山
行ったことがあります。
岩壁が恐ろしいようでした。
何て言うか、信州の厳しさを感じたものです。
このお寺は焼けてしまったんですね。
柱状節理なら知ってるけど、板状節理は知りませんでした。
でも鉄平石なら知ってます。
同じものだとは思いませんでした。
この恐ろしそうな坂道を登るんですか。
とても私には無理です。
投稿者: 万見仙千代 at 2018-07-31 19:06:03
暑中お見舞い申し上げます
今年は日本全国暑さに鍛われていますね。
天気予報で、涼しい地方の気温の高さに驚かされます。
早く涼しくなるといいですね。

岩崎という地域に友人が住んでいますが、地名の通り地盤に岩や石が多いようです。今は草木で覆われていますが家の後ろは崖になっています。
岩崎山は神秘的ですね。
そしてひっそりとしてとても涼しそうです。
暑いこの季節にはぴったりですね。
馬頭観音様、優美で優しいお顔です。
投稿者: アメジスト at 2018-08-01 07:46:43
万見仙千代さんへ
こんにちは
香坂の閼伽流山の岩壁は凄いですよね。こことは比較にならないくらい立派ですね。
整然と並んだ石仏も素適ですね。確かに厳粛な雰囲気ですね。

ここは火事で焼失していますが、水もなく手が付けられなかったでしょうね。

佐久は鉄平石の産地で、敷石や塀などにつかれているのを見かけますね。
ここは道ははっきりしないところもありますが、そう危険ではありません。
岩崎観音堂の少し前までは墓地になっています。
投稿者: オコジョ at 2018-08-01 16:25:11
アメジストさんへ
こんにちは
こちらも暑い日がつづいています。
今年の日本の厚さは凄いですね。38℃なんて当たり前のような・・・
明日のこちらの佐久市は37℃の予報・・・
明日から北の方に行ってきますが。そちらも熱そうです。
早く涼しくなるといいですね。
そちらにも岩崎という地名があるのですね。岩崎という地名は岩からきているようですね。
ここは観光地ではないのですが、昔の信仰の痕跡がそっと秘められているようです。
こういうひっそりとした場所の石仏たち何か惹かれます。
投稿者: オコジョ at 2018-08-01 16:26:59

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