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浅間山 (8月20日 浅間山 小諸市耳取地区より)
999 ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
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2018年07月25日
津軽の旅 最終回  大地に刻まれた足跡  田舎館村埋蔵文化財センター
1
いきなり信州の浅間山で恐縮です。

当初はこの一週間後がいいかにと思っていたのですが。梅雨のないといわれる北海道に隣接する青森も梅雨の影響の少ない地域なのです。

でも、今年の梅雨は異常でしたね。
今回岩木山は台風並みの強風でしたが、前日とも雨に遭わずに傘をさすこと見なく、天候に恵まれました。

素敵な旅の最後真っ赤に燃える浅間山でした。


2
孫は、まだ遊ぶのに夢中のようなので、隣接する田舎館村埋蔵文化財センターに寄ってみました。

時間があるので、寄ってみようかという感じでした。
今回の旅の当初の予定では全く予定外の田舎館村、孫の付き合い程度、まして小さな村の埋蔵文化財センターは時間つなぎ位な気持ちでした。

でも、ごめんなさい。
この旅の中でも、興味深い所の一つとなりました。

3
中に入るとガラスバラの下に遺跡の発掘現場があり、弥生人の足跡・・・・

ここは弥生時代の垂柳遺跡(たれやなぎいせき)の上に建てられた博物館でした。

垂柳遺跡を発掘した当時のままに残して、建物で保護しているという感じでしょうか。青森では青森市の縄文時代前期中頃から中期末葉の大規模集落跡の三内丸山遺跡が有名で、初めて青森を観光した時にここはいかなくてはならないと訪れました。

垂柳遺跡はこの日まで知りませんでした。孫の遊びに感謝しないと・・・

5
垂柳遺跡は弥生時代(約2000年前)の遺跡です。

こちらも発掘したまま・・・

優れないように処理はしてあるそうですが・・・隅の方は歩けるようになっています。触っても言いそうです。もちろん歩いてさわってみました。

6
杭の跡でしょうか・・・

水が溜まっていますね。これは自然に湧き出したものだそうです。

八甲田山の山麓には、過去の噴火でたくさんの噴石物が降り積もりました。
その噴石物が雨によって川に集められ、洪水となって垂柳遺跡を襲い村を埋めてしまいました。ここは、そうした洪水によって埋もれた遺跡だそうです。 

7 (1) 7 (2)
出土した土器の展示もあります。その中には手に持ってふれてみることのできるものもあります。

丁度昼食中だったようなのですが。学芸員の方が、色々と。親切に説明していただきました。
ありがとうございました。

8
水田に残された足跡・・・

全体的に小さく、当時の人は現代人より小柄だったそうです。小さな子供の足跡もありました。家族みんなで農作業に従事してそうです。

垂柳遺跡発見以前は「東北地方北部に弥生時代はなかった」というのが通説だったそうです。

しかし昭和56年(1981)に 田舎館村で、以前から出土していた弥生式土器と合わせて、水田跡が発見され、東北地方北部にも弥生時代が存在していたことを証明され垂柳遺跡と名付けられました。この発見は考古学史や農業史を書き換えるほどの大発見だったそうです。

その時点では本州最北端の水田跡遺跡でした。その後昭和59年(1984)に、ここから北西20キロの隣接する弘前市に砂沢遺跡から弥生時代前期の本州最北端最古の水田跡遺跡が見つかって、最北端ではなくなりましたが、その価値はおとろえていません。
.
9 (1) 9 (2)
こうしてみると弥生人が文化的でないなんて言えないですね。
現代的といってもいいような大胆さと繊細さが、日常の用具の中に輝いているようでした。

10
第49代横綱 栃ノ海さんのコーナーがありました。

栃ノ海さんは田舎館村なのですね。
この旅の最初に寄った浪岡では第59代横綱の隆の里さんが出身でした。

青森県出身では、他に第42代横綱・鏡里、第45代横綱初代若乃花、第56代横綱2代若乃花、第63代横綱旭富士と6人の横砂を輩出していて凄いですね。

最近は日本人の横綱が少なくなって淋しいなと・・・

11 (1) 11 (2)
隣りの博物館にも寄ってみました。
博物館というより、地元出身や近隣出身の彫刻や絵画がたくさんあって、美術館という雰囲気でした。右の写真のように「昔のくらし」のコーナーもありましたが・・・

右の絵は田舎館村出身、田澤 茂氏の作品、小さな神々や仏、鬼や妖怪、民衆をびっしりと画面を埋め尽くしたような作品が多かったですね。津軽を素材として作品たちのようでした。群像ではないですが「百鬼夜行」という作品も迫力がありました。独特の個性に惹かれました。

12
博物館を出たところで、孫が遊びにとりあえず満足したようで、お昼にしようと・・・
道の駅のレストラン・・・・
昼ですし、カレーとかハヤシにお子様ランチ、写真を撮るような内容ではないですね。孫はデザートにソフトクリームをゲット・・・

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弘前を通って、青森に向かいます。

弘前は林檎も多いけど。桜並木も多いなと・・・

孫は疲れて爆睡でした。

15仙台
新青森で、孫たちと別れて帰途に・・・

この写真は仙台ですね。
遠くのシルエットの山は後白髪山・船形山、三峰山・・・・
まとめて船形山はでいいのでしょうね。この向こうは山形県です。

後は余白に少し程度麻呂のスケッチです。

16 磐梯・安達太良
陽は傾き・・・

17
福島県に入り磐梯・安達太良山を眺めながら阿武隈川を渡り、関東を目指します。

18
帰りは遅くなるので、新青森で買った弁当で・・・
なるべく量が少ないものを・・・

旅は食べ過ぎていますので・・・

20
大宮で北陸新幹線に乗ると夕日の中に富士山がほほ笑んでくれました。

あまり有名なところは行きませんでしたが。中味は濃い楽しい旅でした。

[ 投稿者:オコジョ at 06:59 | 旅 (地域外) | コメント(2) ]

この記事へのコメント
こんばんは
これはスゴイですね!
弥生人の足跡なんて、グッと現実感が増しますね。
発掘現場をそのまま展示だなんて、良いアイディアだと思います。
お孫さんを交えての、楽しい旅ですね。
羨ましいです。
投稿者: 万見仙千代 at 2018-07-25 20:30:21
万見仙千代さんへ
こんばんは
孫の付き合いのつもりでしたが。ここはなかなか素敵な場所でした。
でも、ほとんど入場者はいない感じでした。
元は埋蔵文化財センター と博物館は別な施設として、それぞれ独立していたようですが、管理を一つにしたようです。
今後が心配ですが。有意義な施設なので多くの人が訪れてほしいなと思いました。
夏はまた孫に布会えますので楽しみにしています。
投稿者: オコジョ at 2018-07-25 20:36:21

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