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浅間山 (6月3日 浅間山外輪山黒斑山より)
P1360610 ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
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2018年07月09日
津軽の旅9 弘前城通り抜け  弘前城 石垣修理など
1
弘前市立観光館からの弘前城・・・
見えているのは「追手門」・・・

津軽藩ねぷた村の食事処で昼食の予定でしたが、団体が入り満席ということでした。この周辺には食事をするところはなく、5年前に弘前城を訪れたときに食事をした市立観光館のレストランに行くことにしました。この写真の場所へねぷた村から出発・・・
1.5キロの散歩です。


3三ノ丸
三ノ丸を行きます。

津軽藩ねぷた村は弘前城の外濠沿いにあります。市立観光館へは外濠沿いに行ってもいいのですが城内を通っても距離的にそう違わないので。せっかくなので、弘前城を見ていきます。といってもなるべく最短になるようにということで、本丸には入らず三ノ丸と二ノ丸の通り抜けです。

5
何があったかな・・・
松ぼっくりや桜の実が落ちていたようです。
他にカラスの羽根もありました。
カラスの羽根はお気に入りではなかったようですが・・・

7
三の丸から二の丸に入るために、この中濠を渡ります。

6東内門石橋
中濠を渡るのはこの東内門石橋・・・

弘化5年(1848)といいますから幕末の始まるペリー来航まで5年余り前ですね。
それまでは土橋だったそうですが、この形に架け替えられたそうです。城内では唯一の石造りの橋だったそうです。

土橋というと普通は丸太を並べた橋は橋の上が凹凸なので土を盛って踏み固め歩きやすくしたもので江戸時代までの橋はこの形が多かったそうです。
ただ城の場合で土橋という場合は、こうした橋ではなく堀の中に土を盛って狭い堤にしたものです。木橋では守る側が橋を落として、敵が渡れなくすることが可能ですが、土橋は簡単に壊せませんが、狭いですから一度に敵は攻めこめません。一長一短があるようです。石橋にすると、このように広くて、幅もありますので守るには不利となのですが、時代は変わっていて、戦い方が変わり、このような形に変えたようです。

8
国指定重要文化財 二の丸東内門(ヒガシウチモン)・・・

石橋を渡ると二ノ丸の入口の東内門がどっしりと立ちはだかります。

弘前城址には江戸時代初期に弘前藩2代藩主津軽信枚により、建築または移築されたいずれも楼門形式の城門が残っていて、桃山時代から、江戸時代初期の城門建築の遺構として貴重であるとしていずれも国指定重要文化財に指定されています。

石橋を渡ると二の丸側には橋を渡ると右に曲がったところにこの門があり、門をくぐると今度は左に曲がるという桝形の防御の形となっています。

東内門は慶長16年(1611)の建築ですが、剛健で実戦を想定した力強さを感じます。ここ弘前城の門はすべてそうなのですが・・・

9二ノ丸
二の丸に入りました。ツツジはそろそろ終わりのようです。

10
本丸方向に城には不釣り合いなものが・・・

11 (1) 11 (2)
観光客が何か眺めています。
そして「史跡 弘前城跡 本丸石垣解体工事とありました。
この展望デッキから石垣修理の工事状況をみられるというので、私たちもむかいました。

弘前城の本丸の石垣は外側に膨らむ「はらみ」がみられ、大地震などが発生した場合、崩落する危険性があると指摘され、天守の真下から天守真下から本丸東面にかけての一部、約100メートルと南面の約10メート ルの石垣の修理を行っています。

石垣は中央が窪んだ凹の方だと力が内側に加わり崩れにくいのですが、反対に膨らむと石が外れて石垣全体の崩壊につながるそうです。

12
5年前にはこの石垣の右側の上に国指定の重要文化財の三層の天守がありました。

工事は、はじめに修理範囲全体の石垣を解体し、その後補強しながら積み直します。天守台の上の高さ14.4メートル、総重量約400トンの天守を載せた工事は不可能です。

現在は天守は約70m本丸の内側へと曳屋され移動しています。
右奥に見えていますね。

12
5年前の写真を一枚・・・

現在の天守は二代目だそうです。
最初の天守は五層で現在の本丸西南ではなく南東隅にあったそうですが、築城から十六年後の寛永四年(1627)に落雷により焼失、現在の天守は、江戸時代後期の文化七年(1810)九代藩主寧親により、現在の天守の位置にあった辰巳櫓を解体して三層の天守を新築しました。

昔はたくさんの天守がありましたが、明治維新でたくさん天守が失われ残ったのは21でした。その内西南戦争や太平洋戦争、そして失火により現在では「現存12天守」と呼ばれるように12で、東日本では松本城と二つしかない往時の天守で貴重です。最北の天守でもあります。

13
私の訪れた平成25年(2013)は翌年にかけて石垣修理に発掘調査が行われていたそうです。翌年の平成26年(2014)の秋に内濠の水を抜き濠の埋め立て、平成27年(2015)弘前さくらまつり開催後に弘前城天守閉館・天守曳屋の準備工事を行い8月下旬〜10月に3ヶ月かけて天守の曳屋を行ったそうです。

こうした様子はNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で放映されたのを見ましたが、大変だったようですね。

15
もっとも、これからも大変です。

現在は石垣修理工事中です。修理範囲全体の石垣を解体は終っているようですが。これから、積み直しを行います。

はじめに 天守台付近の石垣が完成させ、天守を曳き戻しますそれに約5年、残る石垣の完成までは全体では約10年かかる見込みだそうです。3年前に天守曳屋を行っていますが。元に戻るには2年位かかりそうです。

16
解体された石垣が並んでいました。

この天守の曳屋は初めてではないそうです。
明治時代の中頃に天守台下石垣の崩落が発生して、天守まで崩落の危険があり、明治30年(1897)に弘前市出身の大工棟梁・堀江佐吉が、天守を西側に曳屋しています。その天守台の北側に続く石垣が崩落して石垣を修復してから大正4年(1915)天守をもとに戻したそうです。こうした工事は時間がかかるようです。
熊本城も早く、元に戻るといいですね。

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本丸への下乗橋を渡って入ります。

説明によると「本丸と二の丸を結ぶ橋で、この橋の二の丸側に下馬札があり、藩士は馬から降りるように定められていた。築城当初、橋の両側は土留坂だったが、文化8年(1811)に石垣に直したものである。以前は擬宝珠が12支をかたどったものであった。」そうです。

今回は、私たち、青森に住む孫も見ています。ランチタイムも過ぎつつありますので、U
ターンです。

18
南内門・・・

この門をくぐって三ノ丸をめざします。

ここも鍵の手の枡形で、東内門とよく似た門です。
慶長15年(1610)の建物です。

弘前城を津軽家が築城したころは10の城門があったそうです。現在は5つ・・・
それでも、当時の門がこれだけ元の場所に築城時のまま残っているのは貴重だそうです。

19
二の丸へ渡る中濠の「杉の大橋」です。
案内板には「南内門外の大橋に当たり、名称は杉材を用いた橋ということから付けられたといわれる。文政4年(1822)に濠の両側が石垣となるとともに、桧材によって掛替えされた際に欄干・擬宝珠がつけられたものである。」とあります。このまま読むと文政4年の橋と思われそうですが、廃藩後、橋を解体していますから、公園化された明治28年(1895)
以降のものです。平成2年(1990)に橋の上部を架け替えたそうで、平成の橋といっても良いようです。なお、橋を解体した時は杉の橋だったそうです。現在はヒノキに変わっているそうです。でも、昔の名前の「杉の大橋」です。

20
中濠・・・

弘前藩の初代藩主の大浦為信は、現在の青森県と岩手県を治めていた南部氏の家臣でした。その後、青森県西部の津軽地方に勢力を広げ、天正18年(1590)小田原征伐の際、豊臣秀吉より所領安堵の朱印状を受け、津軽を名乗ったそうです。当然、南部氏の反発を受けます。その防御のために、為信は弘前の西にあった大浦城から弘前城の南東6キロの堀越城に城を築きますが、守るに適さないとして、現在の弘前城のある鷹岡後に城を築きました。これが鷹岡城とも言われる弘前城のはじまりです。

21
この翌日だったか、イベントがあってその練習の若い人たち・・・
元気ですね。
若いとは素晴らしいです。

この南内門も追手門と同じ慶長15年(1610)の建物です。
感じとしてはよく似ていますね。

22
追手門・・・

現在では、城の入口の門を大手門(おおてもん)といいますが、古くは追手門(おうてもん)といったそうです。高知城も追手門の古い呼び方を使っています。

ここが弘前城の表門です。

弘前城を通り抜けました。

25 (1) 25 (2)
弘前市立観光館で、昼食・・・

孫は盛そば・・・

蕎麦が好きだそうで、信州人の血がちゃんと流れているようです。

[ 投稿者:オコジョ at 07:50 | 旅 (地域外) | コメント(0) ]

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