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浅間山 (8月20日 浅間山 小諸市耳取地区より)
999 ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2018年07月08日
津軽の旅8 弘前 津軽藩ねぷた村・・・
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昨日登った、岩木山・・・


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泊まったホテルからの八甲田山・・・

酸ヶ湯から毛無岱という素敵な湿原を歩いて八甲田山の懐を歩いたのは6年前・・・
あのころは元気だったかなと・・・

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梵珠山・・・

低いけど落ち着いた雰囲気があり、青森の名山の一つというのに納得です。

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朝9時少し前に、青森から母親と列車に乗って散ってきた孫と弘前駅で待ち合わせ・・・

孫の目的はジイジとバアバと会うのはもちろんですが、映画「ウルトラマンジード つなぐぜ! 願い!!」を見ること・・・

青森では上映していなくて、弘前でしか見られないとのこと・・・
童心に帰って一緒に楽しんできました。
私の子供のころはキングコングと初代ゴジラに夢中になりましたっけ・・・

こちらも見たいのかな・・・
でも、まだ公開前です。

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映画のあとは弘前城に隣接する津軽藩ねぷた村

津軽藩ねぷた村は、弘前ねぷたをテーマとした体験型の観光施設で、施設内は展示施設および体験施設(見学・体験エリア)と物販施設(ショッピングエリア)に別れていて、展示施設は有料です。

ここはねぶた・ねぷた施設では唯一、ミシュランのミシュラン・グリーンガイド・ジャポンに紹介されているそうです。

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孫はミシュランなど興味がなく、まずはこちらです。

今夜は一緒に温泉ですが、映画が早い時間しかチケットが取れなくて、宿に移動するには早すぎます。

それまで持たせないと・・・
でも美味しそうに食べてくれました。


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「弘前ねぷたの館」に入ります。ここは5年前に続いて2回目です。

弘前ねぷたの主流は、この扇の形の扇ねぷたです。こちらは正面で鏡絵、こちらには三国志、水滸伝などの中国もの、源平盛衰記、津軽為信など和物などの勇壮なものが多いようですが、その年の話題になった出来事を風刺した図柄の場合もあるそうです。

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勇壮の中にも艶かしさも感じさせますね。

「ねぶた」というと青森市という感じですね。
夏は、津軽地方のあちこちで、「ねぶた」「ねぷた」が行われ東北の夏を飾ります。その数は50に近いそうです。

「ねぶた」「ねぷた」と現在は使い分けていますが、実際にはどちらも使われ、方言の差くらいだそうです。
青森、弘前どちらも国の重要無形文化財ですが、そのときの登録が、青森「ねぶた」弘前「ねぷた」としたことが一番の理由だそうです。歴史的には弘前が一番古いそうです。

ねぶた・ねぷたは、かつては七夕の行事として、北関東から東北にかけて行われたそうですが、津軽と特に盛んで今も盛んにおこなわれていいます。
太陽暦になって七夕とは無関係の夏祭りになっているそうです。

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こちらは裏面です。唐美人や西王母、楽女などの見送り絵が中央に描かれ、左右には袖絵となっています。
表面と裏面の間は肩というそうですがいい、町内会・団体名などが書かれます。そしてねぷたを乗せている三角形の台座は「開き」といい弘前藩津軽家の家紋の牡丹の花を描くことに決まっているそうです。

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横のねぷたは人形型ですね。組ねぷたというそうです。
青森のねぷたは人形の灯籠、弘前は扇型が基本なのですが、これは明治以降のことで江戸時代は箱型や人形型(組ねぷた)の灯籠が主体だったそうです。いまでも組ねぷたで参加する団体があるそうです。

こうしたねぷたが約80台で「ヤーヤドー」の掛け声とともに、こんな華麗な山車が練り歩き夏の夜を彩ります。

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「弘前ねぷたの館」の弘前ねぷたのお囃子の実演・・・

希望者は太古を叩いてみることができます。

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江戸から明治の古いねぷたもありました。

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二階部は廻廊になっていて正面の高さからねぷたの鑑賞ができます。

大きいですね。こちらは高さ10mの10メート目の大ねぷた、でも、これはここでの展示用だそうです。実際には5メートルくらいだそうです。

弘前は城下町で道幅が狭く、幅は1車線分から2車線分、電線にかからないように、扇の最も高い部分を外側に折り曲げたり、扇を昇降するなどの工夫をしたそうです。現在は電動昇降装置付きねぷただそうです。

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「弘前ねぷたの館」のから先へ行くと津軽蔵工房「たくみ」で藩政時代から残る米蔵を利用した民工芸品の製作工房で「津軽塗」「こぎん刺」「こけし・こま」「津軽焼」「津軽錦絵(ねぷた絵・凧絵)」の製作風景を見学できます。

飛騨のは独楽の製作実演・・・
孫は独楽で遊ぶ方に夢中でした。

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色々な独楽がありました。

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津軽三味線「山絃堂」(さんげんどう)・・・
津軽三味線の資料を展示し、毎日津軽三味線全国大会A級チャンピオンクラスの奏者による生演奏の生演奏を聴けますが、孫は先へ・・・
ゆっくり聞けません。今回は孫中心です。

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日本庭園「揚亀園(ようきえん)」・・・

「揚亀園」(ようきえん)は、弘前の実業家の中村三次郎が明治時代後期に小幡亭樹が作庭を開始し、後に池田亭月が手を加えたとされる大石武学流の近代庭園です。
津軽富士岩木山と弘前公園の老松を借景とした津軽独特の大石武学流庭園は国の登録記念物に指定されているそう…です。

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庭からの岩木山を一枚・・・

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孫は、池の鯉の餌やりに興奮・・・

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揚亀園の茶室「揚亀庵」
弘前市指定文化財 茶室「揚亀庵」(ようきあん)

明治16年に百石町に建てられた角三宮本呉服店の離れ座敷だったそうです。であったという。同店は大正6年に店舗等を津軽銀行(市指定文化財、旧青森銀行津軽支店)に売却したため、この茶室は翌7年に現在地へ移築したそうです。明治期の数少ない茶室のとして貴重だそうです。

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私の杖を持って嬉しそうに散歩する孫・・・

杖など持たないで元気に長生きしてほしいものです。

[ 投稿者:オコジョ at 08:09 | 旅 (地域外) | コメント(2) ]

この記事へのコメント
こんにちは
お孫さんとの旅、楽しかったでしょう。
大きくなられましたね。 成長が楽しみですね。
ねぶた館も楽しそうです。
ねぶたは地域で違うようですね。 灯りが透けて絵がくっきりと美しいです。
投稿者: アメジスト at 2018-07-17 12:31:54
アメジストさんへ
こんばんは
半年ぶりに会うと心身とも成長しているのを感じます。
その分こちらが置いていくようです。
本当の実豚は見たことが無いのですが。青森、弘前、五所川原と3ヶ所のねぶた展示館を満たしたがそれぞれ違いますね。
これが明かりをつけて町を行くのは素敵でしょうね。
投稿者: オコジョ at 2018-07-17 18:52:49

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