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浅間山 (6月3日 浅間山外輪山黒斑山より)
P1360610 ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
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2018年07月05日
津軽の旅7 岩木山神社  津軽一円の信仰の源
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岩木山神社からの岩木山・・・

69のヘアピンカーブを下って、弘前行のバスを「岩木山神社」で途中下車・・・
見あげる山の頂は雲の中でした。

「岩木山」と「岩木山神社」はどちらも「岩木山」の文字を使っていますが読み方が違います。山は「岩木山(いわきさん)」で、神社は「岩木山神社(いわきやまじんじゃ)」です。

浅草と書いて、「あさくさ」\、寺は「せんそうじ」ですね。よくあることです。

岩木山は江戸時代にはよくあるように女人禁制でした。そして武士も禁制だったそうです。興味のあるところですが、その理由はわからないそうです。農耕の神ということだったのかもしれません。


2
弘前というと弘前城の桜は有名ですね。

もっとも弘前は何度か訪れていますが、桜の時期は混むからという天邪鬼は青葉の桜の木しか知りません。弘前の桜は見ることがないような気がしています。

岩木山麓では、昭和60年(1985)、岩木山南麓に桜が植樹をすることになりました。そして「どうせ作るなら世界一の桜並木にしたい」という地元からの発案があり、それから、20㎞にわたり6500本ものオオヤマザクラが何年もかけて植えられました。桜はソメイヨシノでなくて、花の色の濃く鮮やかなオオヤマザクラというのがいいですね。鮮やかな目に飛び込む様なピンクの20帰路の桜並木は素敵でしょうね。
ここもこの一部ですが・・・

こんな桜なら見に来てもいいかと・・・

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岩木山には昼食を食べるところはなく、たどり着いた岩木山神社もグルメとはほど遠く・・・
こんな食堂になりました。

もっとも訳の分からない人気店も、こうした昔ながらの店の方が、個人的には安心できます。そういえば、昨日はカレーに椅子。この日はラーメンライス・・・
ここの店のメニューで一番高いのはチャーシュー麺ですからグルメには向かないかも・・・
翌日の昼は冷やし担々麺、4日目はハヤシライス・・・
大したものを食べていませんね。皆美味しかったのですが・・・
何を食べても美味しいと思うのだろうかと・・・
確かにそうかもしれません。

妻は舞茸うどん。すこし味見をさせていただきましたが。舞茸美味しかったです。

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津軽の国、一宮の岩木山神社に参拝します。

本当は岩木山に登る前に参拝するべきなのでしょうが、遠い信州から来たので順番が後先になってしまいました。

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左は御神木の杉・・・
五本杉というそうですが、-どうすればこうした形になるのかなと・・・

右は桂の木・・・
生命力を感じさせるような・・・

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参道の杉も立派でした。

この奥の石碑は「奉崇 守山三柱大神」という石碑がありました。

守山は岩木山神社の南西2キロのところにある403mの森山にある守山神社のことだそうです。岩木山神社の御神体は岩木山そのものです。昔は、山頂は神聖な場所でみだりに人が登ることはできずに、代わりに森山を岩木山の代わりに登ったことから代理岩木山で、その中腹にある守山神社(寛治5年(1091)創建)があり、三柱が祀られていたのですが、神仏分離の時に岩木山神社のここに合祀されたようです。そんな小さな歴史をここに伝えているようです。

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昔の手水舎の手水鉢(ちょうずばち)の用ですね。
今は使われていないようですが。惜しいですね。

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太鼓橋の向こうに国の重要文化財の楼門・・・

岩木山神社ご神体は岩木山で山頂に奥宮がありますが、ここは神仏混淆のころは麓宮として下居宮(おりいのみや)と呼ばれたそうです。

この左側から神社を回り込んで奥宮、つまり岩木山への登拝が山頂へと向かっています。

女人禁制の頃は、女人はこの山門を潜ることも禁じられていたそうです。ただ桟立を経て標高1000mあたりの姥石という所まで行って遥拝することは許されていたそうです。
明治維新後になって、女人禁制は廃止されますが、女性が岩木山に登るようになったのは太平洋戦争で、女性が男性の代参をする風習が生まれてからだそうです、

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岩木山神社楼門前の狛犬たち・・・

この神社にはいくつもの狛犬が寄進されていてもその信仰の深さを感じます。
こちらは、この神社で一番大きく立派なものですが、昭和15年(1940)に「皇紀2600年」を記念したものです、迫力ありますが、それだけともいえます。

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ユニークなのはこちらの可愛い狛犬たちです。
玉垣にしがみつくようにしている「玉垣狛犬」と呼ばれているようです。
左の狛犬は、ただしがみついているのではなく、逆立ちをしています。
こんな狛犬は他で見たことはありません。しかもこの狛犬は玉垣と同じ石から彫られています。

津軽藩第四大藩主津軽信政(のぶまさ)の時代といいますから、貞享3年〜元禄7年(1686 - 1694)の神社の大造営の時にこの玉垣も造営されたようです。

弘前藩士で維新後に主岩木山神社の禰を勤めた下澤保躬による明治19年の「津軽古今偉業記」によると、参道で紹介した石碑「守山三柱大神」の鎮座していた守山神社のある森山から道沿いなら約一里のという道を600貫目(約二トン)の大石を半右衛門という人が一人で運んだとか・・・
担いだわけではないでしょうが凄いですね。

それにしても可愛いですね。

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桁行16.6メートル、梁間7.98メートル、棟高17.85メートル・・・
丹塗り一色の姿は落ちついた堂々とした重厚な門となっていました。

ここは神仏混淆の寺で、別当寺として真言宗寺院百沢寺(ひゃくたくじ)がありました。この楼門は、百沢寺の山門として、寛永5年(1628)に津軽藩二代藩主信枚(つがる のぶひら)により建立されています。

百沢寺の時には楼上十一面観音と五百羅漢像が安置されていますが、百沢寺の廃寺に伴いほかに移され、両脇に随神像を拝しています。

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楼門を潜るとここにも狛犬が・・・

その先には国の重要文化財の中門、その奥にやはり国の重要文化財の拝殿が厳かな佇まいで控えています。

ここから奥の建物は、拝殿、楼門より後の建物で、やはり四代藩主信政により元禄7年(1694)に建立されたそうです。

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中門・・・
こちらも百沢寺の門。そして奥の拝殿は、百沢寺の大堂(本堂)だったそうです。

豪壮な楼門と比べ小さな門ですが、こちらは全面黒漆塗りで彫刻は極彩色の素敵な彫刻で飾られています。

この獏の彫刻も素適でした。

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拝殿は大きすぎて、外からの撮影です。

楼門と統一して落ち着いた社でした

岩木山の奥宮のところで大国主命と田光の龍女が夫婦となった話を書きました。

ここの祭神は顕国魂神・(うつしくにたまのかみ)多都比姫神(たつびひめのかみ)・宇賀能賣神(うかのめのかみ)・大山祇神(おおやまつみのかみ)・坂上刈田麿命(さかのうえのかりたまろのみこと)となっています。

-顕国魂命は大国主命で岩木山神社の主神です。多都比姫 神は龍女ということになります。龍女では神として威厳がないとして、木花開耶姫命のこととする意見もあるようです。

そういう話は後から生まれたものですね。

この神社の神はやはり津軽の名山の岩木山そのものというのが本当のようです。

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拝殿の奥には国重要文化財の奥門と、江戸時代には下居宮の本殿があります。
こちらも外から・・・
近くから拝観できないのは残念ですが、中門をより豪華絢爛にした意匠で、極彩色彫刻に要所に金箔を押して華やかさを重視しているようです。

忘れていました・ここの社殿の材料は津軽産のヒバです。別名、アオモリトドマツ、前夜泊った嶽の湯や、前らと泊まった酸ヶ湯の浴室はヒバでした。

そのヒバは雪国で400年近い歳素敵な建物の中で生き抜いているようです。

ここは奥の日光と言われるそうです。

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こちらは社務所・・・

ここは百沢寺の庫裏だったとか・・・・

明治の廃仏毀釈で、貴重な文化財が失われて行きましたが、ここは見事に形はそのままに、名前を変えて。伝えられている素敵なことです。

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途中、やはり国重要文化財の高照神社への1.8キロの遊歩道入口・・・・
一人なら行ったかな・・・・
でも、激しい岩木山の烈風の洗礼のあとでは素通り…

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足湯・・・

我が夫婦は、温泉は首までドップリ派・・・
足湯なんて・・・・


でも、バスの直に余裕があり、山の疲れもあって、ここでまったり・・・・
ここ百沢温泉の泉質は良いんですね。足の疲れが取れてスッキリ・・・
温泉て、いいなと・・・

この後弘前へ・・・

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翌日は弘前駅で、早い時間に孫と待ち合わせ…・・・

宿は駅近くのビジネスホテル泊・・・・

夜は津軽料理の食べられる店で地酒と、広崎名物のイガメンチ、ホタテ貝焼き味噌などなと・・・
酒が入って、写真は食べかけなど、または食べ終わり・・・

高級料理はなし・・・・
でも酒も料理もおいしかったです。
[ 投稿者:オコジョ at 12:51 | 旅 (地域外) | コメント(2) ]

この記事へのコメント
愛嬌
すごく愛嬌のある 変わった形の狛犬さんですね。
ひっくり返った狛犬初めて見ました。
岩木山は 歌でしか知りません。
貫目とか 匁目 小学校の時買い物に行ってた 魚屋では まだ使っていました 思い出します。
投稿者: 小紋 at 2018-07-05 18:02:19
小紋さんへ
こんにちは
寺社巡りが好きでたくさんの狛犬さんたちに出会っていますが、こんな可愛らしてお犬様には初めて出会いました。何故粉にな物を苦労して作ったのか、面白いですね。
昔は肉百匁くださいなどとお使いに行きました。
お相撲さんは何貫あるなんて言っていましたね。20館内となれないとか・・・
投稿者: オコジョ at 2018-07-06 10:59:41

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