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浅間山 (6月3日 浅間山外輪山黒斑山より)
P1360610 ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
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2018年07月03日
津軽の旅5 岩木山(2) 岩木山 烈風の高みへの道
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「や! 富士。いいなあ。」と私は叫んだ。富士ではなかつた。津軽富士と呼ばれてゐる一千六百二十五メートルの岩木山が、満目の水田の尽きるところに、ふはりと浮んでゐる。実際、軽く浮んでゐる感じなのである。したたるほど真蒼で、富士山よりもつと女らしく、十二単衣の裾を、銀杏の葉をさかさに立てたやうにぱらりとひらいて左右の均斉も正しく、静かに青空に浮んでゐる。決して高い山ではないが、けれども、なかなか、透きとほるくらゐに嬋娟たる美女ではある。     太宰治「津軽」より 

津軽平野からの岩木山(いわきさん)・・・

この日は岩木山の全容を見ることはできませんでした。
翌日の弘南鉄道の田舎館村あたりの車窓から水田の向こうの津軽富士です。

見事な裾野で、富士を名乗るのにふさわしい気品を感じます。
左側の峰が鳥海山で、左側の平らな部分が巌鬼山です。

太宰治は岩木山の北側の金木の出身で故郷の山といってもいいようです。
十二単衣を着たような岩木山という表現がありますが、この山は、昔から「女子山(おなごやま)」と言われだそうです。山の形が美しく女性的というのももちろんでしょうが、「岩木山縁起」には津軽にやってきた大己貴命古(大国主命)に、津軽半島の北にある田光沼(たっぴぬま)の竜女が宝珠を献じて夫婦になって祀られとなるなど、女神伝説が幾つかあるようです。


2
山麓からの優美な姿とは反対に山頂部はこんな岩の世界・・・

山の上が岩の世界で下は、ブナの木の林で、岩木山という説もあるようです。
アイヌ語で「神の住む山」の意味の「イ・イワキ」だったと言われます。「イワ」は山という意味だそうです。この名が「イワキ」となったようです。お山参詣の信仰の山は、古くから神聖な山だったようです。

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触ると手の切れそうなこんな岩もあります。

名前がありそうですが、御倉岩というそうです。

御が付く貴い岩のようです。

岩木山麓には真言宗の岩木山光明院百沢寺と岩木山神社による岩木山三所大権現の神仏習合が行われていて、岩木山に阿弥陀如来、鳥海山は薬師如来、そして巌鬼山は十一面観音が祀られていて、三所大権現信仰の岩木山修験道が盛んだったそうです。

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こうしてみると、たいしたことのない道のようですが、この日の岩木山登山は登山者にとっては難関の道でした。

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御倉岩を越えていきます。
名前の通り岩ばかりの山ですね。

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御倉岩を反対側から・・・

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こうしてみると緑も多いのですが・・・
背の低い低木ばかりです。

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岩木山神社からの道が合わさるところに鳳鳴ヒュッテがあります。
営業の小屋でなく、避難小屋です。

岩木山では昭和39年(1964)1月6日に、秋田県大館鳳鳴高校の山岳部員5人が遭難しその内4人が無くなる遭難事故が発生しました。
5人は、岩木山頂を踏んだものの、下山ルートを見失います。メンバーの二人は避難小屋のある山頂に戻ることを主張しますが、リーダーはほかの二人の意見を取り入れ、下山を選びます。そして下山予定の南側の弘前の岩木山神社側で半島なく北側の鰺ヶ沢川の大鳴沢で一人を除いて帰らぬ人となっていました。

鳳鳴ヒュッテは、この翌年1965年設置されたそうです。

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鳳鳴ヒュッテあとにして山頂に向かいます。小屋の後ろの御倉岩が立派です。

遭難当時の岩木山は風速20m、気温は-20℃位だったそうです。風速1mで体感温度は1℃下がりますので、-40℃の寒さを感じていたようです。その中をたった一人生還した方は100時間近い雪山の彷徨だったそうです。

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二人で見つめ合うような岩もあります。

岩木山遭難当のときの時の対策本部は弘前警察が行いましたが、捜索の応援に駆けつけた弘前大学山岳部や、地元山岳関係者の「頂上から360度捜索すべき」などの意見を無視して百沢方面のみ、3日間でのべ500人での大捜索を行いましたが手掛かりは皆無でした。結局その。鰺ヶ沢警察署と消防団員により、生存者が救出されます。最後の遺体が見つかったのは遭難から9日目でした。
早く、広域を捜索していたら・・・

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この日は風が強かったですね。

岩に手を掛けて登っていますが、この日は風が強くて・・・
風速20m位でしょうか・・・

気を付けないと転倒しそうでした。

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こんな道もあります。
そう急ではありませんし、手掛かりは充分・・・
風さえ強くなければちょっと岩の感触を楽しめますが、この日は注意して登りました。
上から見るとこんな感じです。

ここは私の持っている古い案内書には第一オミ坂とありますが、「オミ」とは、どんな意味があるのかと、ネットで調べましたが、最近はあまり使われていないようでなかなか調べられませんでした。
どうやら「御坂」と書いてオミ坂のようです。
奥宮への貴い道のようです。

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妻は引き返したかったようですが、行けるところまで行こうと・・・
幸いなことに雨ではありませんので・・・

体感温度はかなり低くて、雨具を付けていても寒さを感じるくらいでした。

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途中の平坦地・・・
茶屋のような売店もあった場所とか、ほんのひと時の木を緩められた場所でした。

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この先は第二オミ坂です。これを越えれば山頂です。

緑はミヤマハンノキ・・・
山頂に近づくとどんどん低くなります。
風と雪と・・・
厳しい山の中で生きているようです。

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荒々しい道ですね。
風が無ければそれほどでもないのですが・・・

こういう場所は落石が怖いですね。

20ミヤマハンノキな青森県の最高峰標高1,625 mの岩木山山頂・・・

リフトを下りてから約一時間かけて到着しました。

[ 投稿者:オコジョ at 12:14 | 山 (地域外) | コメント(0) ]

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