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浅間山 (6月3日 浅間山外輪山黒斑山より)
P1360610 ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2018年06月10日
浅間山麓 菱野2  道祖神と棚田と
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菱野の板沢地区の「日本の棚田百選の宇坪入の棚田」の奥の高峰山・・・


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菱野の中之久保に入っていきます。中之久保は菱野の中心部です。ここはかなり上のほうですが・・・

ここは上の棚田とはちかう集落にある棚田です。

浅間山麓はこんな棚田ばかりです。
田だけでなく町全体が傾斜地で平らなところなどないといってもいいですね。

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中之久保は入村、中村、下村などの小字に分かれています。標高の高いほうから入村、中村、下村です。集落の入口が入村でなく下村・・・
入村は山に入るという意味なのかもしれません。

ここは中村・・・
中之久保の真ん中です。

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左に大きめな如意輪観音・・・
右膝を立て立膝をした輪王座という姿勢で、右手を頬にあて、女性の苦しみを救
う方法を考えています。如意輪観音は十九夜さまと呼ばれる女性、子供の守り仏です。安産、子宝を願う女性だけの十九夜講の守り仏です。そうした十九夜講が行われていたようです。

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右側に二つ並んでいる双体道祖神は中村道祖神というそうです。

左は文化12年(1815)と刻まれています。さりげなく手を握りあう慎ましやかなものでほのぼのとした味わいがあって良いですね。

右の小型の双体道祖神は磨耗が激しいですが、やはり江戸時代のものです。
双体道祖神は立像がほとんどですが、この双体道祖神は珍しい坐像です。細かいことはよくわかりませんが、女神が男神の盃に徳利で酒を注いでいるように思われます。

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中之久保の一番上あたりの入村・・・

安永三年(1774)建立の「入村の道祖神」・・・

道祖神は各集落の入口に他から悪神が入らないよう道祖神に守ってもらいます。
私は菱野に4つの双体道祖神があるのを知っていますが、まだあるのかもしれません

ここは1月14日には、当番が灯明を上げ、幟を立てて女神と男神の顔に小麦粉で、白く化粧を施して、家内安全、無病息災を祈願します。翌15日は道祖神の前で、どんど焼きを行い、繭玉といわれる米粉で作った団子を木の枝にさしたものを焼いて食べる道祖神祭りが行われル双体道祖です。

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民家が終って少し登ると・・・

道脇に馬頭観音・・・
優しい御顔の観音様でした。

観音様はやさしいのが普通ですが、馬頭観音は憤怒の形相が本来です。でも、このように優しい御顔を見るとホッとしますね。

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馬頭観音さんに導かれたわけではないのですが・・・
道をなお辿ると・・・
こんな山の中・・・

この先、集落はないはずですが、電信柱が、そして、このための工事中・・・
この奥にソーラーパネルを設置するのかなと・・・

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下は筒井澤の棚田です。
下に道があるのですが、そこに下る道はありません。

電信柱の近くから引き返しました。

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中之久保から板沢の集落へ・・・

板沢集落へ下る道は観音坂というそうです。観音堂か、観音像があるかと・・・
その途中に石尊大権現、そして御嶽信仰と大日如来の石碑がありました。
ここは地元では石尊さんと呼ばれる石尊堂でした。

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かつての石尊堂・・・

段々古いものは失われていくようです。

神奈川県の丹沢山塊の大山は、古くから山岳信仰の山として知られてきました。
この大山の山頂の阿夫利神社には石尊権現を祀っています。阿夫利山「あふりやま」、つまり「雨降山」で、雨乞いの神でした。

信州でも石尊権現は水の恵みの神として信仰されました。
そうしたことにより、あちこちで石尊権現の石碑を見かけます。

軽井沢には石尊山という山があります。
この石尊山と言う名は関東には数多くあります。今年の三月は群馬の安中の小さな「石尊山」に登ってきました。いくつもの石祠のある山でした。

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板沢集落と棚田・・・

ここの棚田は「宇坪入(うつぼいり)の棚田」という日本の棚田百選に選ばれています。
「日本の棚田百選」は農水省によって1999年に制定されています。
百選といっていますが、実際には117市町村の134か所にあります。
山国、信州はそのうち16ヶ所あります。

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こちらも電気をひくための工事中・・・
仕方なく、違う方から回り込みます。

棚田というと山の斜面の段々の田圃です。それに間違いはないのですが、棚田と呼ぶにはそのための基準があるそうです。それは傾斜1/20の田圃だそうです。これは20m山に向かって高くなっていく1m以上高くなる急斜面の階段状の水田だそうです。

山国日本で棚田は意外と多く日本の水田の8%が棚田だそうです。浅間山麓の水田はほとんど棚田です。棚田でない田のほうが少ないです。

もっとも、市の南部は佐久平の一角となり、棚田は少なくなります。

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少し上から棚田に入りました。かなり上部からの写真です。

石垣が見事ですね。

ここは、傾斜が急で、土の土手では土が流れてしまうために、石を積んで棚田を作っています。
宇坪入の棚田が開発されたのは戦国〜江戸時代と言われていますそんな昔に人々は、この石垣が詰んで棚田を守ってきました。

里山は、本来の自然でなく、人間の作り出した自然ですが、棚田も人間の作り出した里山の素敵な風景です。

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見下ろすとこんな感じです。

「日本の棚田百選」を選んだ目的として、「国土保全、動植物の生息空間、文化財的な地域景観といった、農地以外の機能や価値があることへの理解も深めてほしい」ということもあるそうです。

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棚田の一つ一つは小さくても、浅間山麓に降った雨の水瓶として、自然災害から、
私の住む小諸の街を守ってくれているのかもしれません。

そうした棚田がみんなソーラーパネルになったら、土石流の原因になりかねません。バランスは大切です。この美しい景観が何時までも残ることを祈っています。

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棚田を見下ろす尾根に神社があります。「山の神社」です。「やまのじんじゃ」ではな「山の神」を祀る「やまのかみしゃ」です。

「山の神社」は大山祇神(おおやまづみのかみ)を祭神として祀る神社です。
山の神大山祇神は日本の全ての山を統括する神様で、その娘は、富士山の木花咲耶姫(このはなさくやひめ)と、木花知流比売(このはなちるひめ)、浅間山の岩長姫(いわながひめ)神です。そうした一族の山の神の王です。

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こうしたみると段差の割に幅の狭い田圃ですね。

農民たちは、山の神は農作業が始まる春になると、山から降りてきて田の神となって農民たちを見守り、秋の収穫を見届けると山に帰って行くと信じられていました。
山の神と田の神は同じなのです。今はこの社の中から棚田を見守っていることと思います。

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こちらは宇坪入の棚田より下の棚田・・・

こんな里山風景の中を家にむかいました。
あとはほとんど自転車をこがなくても自然に家に向かっていきます。
す。そうした一族の山の神の王です。

[ 投稿者:オコジョ at 08:35 | 小諸 風景 自然 | コメント(4) ]

この記事へのコメント
無題
おはようございます。菱野の紹介ありがとうございます。筒井沢にある電柱は上水道の深井戸ポンプのための電源のためのものです。引き返さず進むと宇坪入にも山の神の方にも行けます。今年から土地改良区の役員になり毎月荒堰、女堰の点検で歩いています。そんなコースをご一緒できたらいいと思います。
投稿者: 小諸の風 at 2018-06-12 05:36:48
小諸の風さんへ
おはようございます。
菱野の上水道は筒井沢から引いているのですね。あちこちで工事をしていましたので、邪魔をしてはいけないと、引き返しました。気ままな散歩ですのですから・・・
何時か、こちらから宇坪入に入ってみたいと思います。
土地改良区の役員、ご苦労様です。
荒堰、女堰沿いのコースは気持ちのいい道ですね。
投稿者: オコジョ at 2018-06-12 09:31:52
道祖神の数
道祖神は私が把握してるのは、板沢、下村、中村、入村、西久保の5か所です。まだあるかもしれません。
投稿者: 小諸の風 at 2018-06-13 00:33:01
小諸の風さんへ
おはようございます。
道祖神の情報ありがとうございました。
私が見た記憶のあるのは、中村、入村、板沢、長泉寺です。
板沢の宇坪入道の上から二人仲良く見下ろすような双体道祖神はいいですね。
投稿者: オコジョ at 2018-06-13 08:35:57

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