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浅間山 (8月20日 浅間山 小諸市耳取地区より)
999 ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2017年12月29日
田口村にて  父の墓参り・・・
1
小海線・龍岡城駅からの浅間山・・・

山の上は雪雲の中・・・
山は雪かなと・・・

あの日も雪だったなと・・・


2
竹箒とスキーを持った案山子さん・・・
服装はスキーに近いかな・・・
早く大掃除をして、スキーに行こうかなという所でしょうか・・・

15年前の平成14年は、こちらは雪が多かったですね。そのころ父親は浅間山麓の御代田の病院に入院していました。
寝た切りで、人工透析が必要で、母親も介護が必要で。自宅での生活は無理でした。
11月の終わりから、雪は消えそうになると降って、いつも雪道を父の病院に通いました。

3
八ヶ岳は雲のなかでした。

クリスマスのころから、父親は意識がなくなり、ただ寝ているだけでした。
12月28日に危篤状態というので夜駆け付けました。しかし、持ち直して、医師は、今夜は持ちそうだから、帰って明日の朝に、又来たらと言われたのですが、そのまま見守ることにしました。

夕食も取らずに来たので、近くの店に買い物に行きましたが、長靴が埋まるくらいの世来て、津々と降っていました。

5
JAXAの臼田宇宙空間観測所の日本最大のパラボナアンテナ・・・
迷子になった小惑星探査機「はやぶさ」の超微弱電波を奇跡的にとらえ、地球青函を果たしたことで知られています。
ただ建設後32年たち老朽化して、ここから北西約1・5キロの蓼科スカイライン沿いにある尾根筋の緩やかな標高1580メートルの場所に2019年完成予定の54メートルのアンテナを建設中です。現在の64メートルより小さいですが、現行より高い通信周波数を備え、性能は向上するそうです。

話を元に戻します。
父親は朝まで持たずに、12月29日の真夜中にこの世から旅立ちました。

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道祖神の板碑・・・

「戌年男」とありました。何歳の時でしょうね。
私も戌年、新しい年は年男、といっても何もする気はないですが・・・

10
山の上は田口城という山城のあったところ、一度訪れましたが。静かな山のなかでした。

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田口地区を行きます。
ここは父親の生まれ育った村、そのころは田口村で、後に田口青沼村、臼田町、さして今は佐久市になっています。父か暮らしたころは田口村でした。

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ここは龍岡藩の城下町でしたが、城持ちではなく陣屋の大名で、おまけに幕末のほんの数年だけで、城下町の痕跡は希薄です。もっとも、陣屋は日本で2つしかない、洋式の五稜郭ですが・・・

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上の塀と、この門は龍岡城のものだそうです。

ここにあったのではなく明治維新に払い下げられたものだそうですが・・・
通用門ですが、城の門としてはささやかですね。

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父の育った村と臼田方面・・・

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父の実家のあたり・・・

ここに水車がありました。
そのころの道は舗装でなく土道で、用水も土の土手の道でした。この川で、洗い物をしたり顔を洗いました。

今は綺麗になりましたがなんとなく味わいが薄くなっているようです。

23 (1) 23 (2)
父が釣りをした雨川・・・

ここも土手はコンクリート・・・
仕方がないのですが、葦が茂ってしまいました。

凍っているところもありました。冬ですから・・・

父の実家はもう住む人もなく・・・

我が家の先祖は新海三社神社の神官でしたので神道です。
このブロクでは良く六道輪廻のことを書いています。善い行いをすると天道・人道・修羅 道の三善趣。行いが良くないと畜生道・餓鬼道・地獄道に十王の裁判により、いずれかにより生まれかわるという仏教思想です。

神道の死生観はこれと異なります。
神道では、亡くなると霊は家の近くにとどまり、先祖の霊と共に家の守り神(氏神:うじがみ)になると言われています。

住む人のいなくなった家を祖霊たちはどう見ているのでしょうか・・・

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落葉松のはやし・・・
墓のあるあたり・・・
両親は落葉松の林の中の墓地に眠っています。

神道では法事ではなく「神霊祭」または「祖霊祭」と言います。
故人は神ですので、神を慰め祭るために行われるため祭りです。仏式の「四十九日」は「五十日祭」となります。

今年は母の一年祭と父の十五祭を行いましたが、神霊祭・祖霊祭では仏教のように精進料理という制約はありません。
精進料理というのは仏教の「不殺生戒」「不偸盗戒」「不邪婬戒」「不妄語戒」「不飲酒戒」という5つの戒めの五戒の一つの「不殺生」によるものです。
ただ「不殺生」は単に肉気、魚を食べなければいけないというのではなく、植物でも生きていて、人はそうした命を奪わなければ生きることが出来ません。そうしたことを知って、感謝して食事をするという意味が精進料理に込められています。

我が家の今年の一年祭は普通の懐石料理でした。

故人様が好きだったもの、故人様を偲べるもの、故人様と食べたかったものなどを採り入れたお料理などが良いかと思います。

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上州へと続く道・・・

旧田口村は日本で一番海から遠い村でした。
この道の奥には日本で一番海から遠い地点があります。二度ほど行ったことがありますが。そこも落葉松の林の中でした。
もっともそこから100mも行くと群馬県との県境ですが・・・

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帰りは浅間山が見えるかなと・・・

反対に雲は山麓へと勢力を広げていました。
冬は頑張っているようです。

33
こんな道を臼田駅へ・・・

明日は息子夫婦と孫がやって賑やかになり、3年ぶりの喪中でない、賑やかな正月となります。

[ 投稿者:オコジョ at 08:05 | 佐久市 | コメント(2) ]

この記事へのコメント
こんばんは
ご先祖様は新海三社神社の神官さんだったんですものね。
由緒のある御家柄なんですね。
≪亡くなると霊は家の近くにとどまり、先祖の霊と共に家の守り神(氏神:うじがみ)になると言われています≫
我が家のように、転々としていると霊はどうなってるんでしょう。
一緒に来ているのかな。


投稿者: 万見仙千代 at 2017-12-30 22:59:10
万見仙千代さんへ
こんにちは
幕末の安政年間の史料には新海三社神社の神官は6名の名前があります。
佐久一宮といっても、山の中ですから、神官兼農民だったようです。寺は葬儀がありますが、神前結婚というのは明治以降のもので、江戸時代に新郎の自宅で行われていて、例大祭や必要な時に神官を勤めたといっていいようです。それほど大した家系ではないようです。

≪亡くなると霊は家の近くにとどまり、先祖の霊と共に家の守り神(氏神:うじがみ)になると言われています≫ という話は新海三社神社の神官の井出さんから伺いました。
霊は置き去りにされると寂しいから、一緒に引越していて、家の近くの空から、万見家を見守っていると思います。

明日は新年・・・
良いお年をお迎えください。
投稿者: オコジョ at 2017-12-31 15:39:44

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