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浅間山 (11月17日 佐久市御牧原より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2017年10月21日
南紀の旅 白浜と串本   潮岬灯台・潮御崎神社
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潮岬(しおのみさき)灯台2年ほど前から義父と義弟夫婦と旅をしています。
佐渡、伊豆、房総と海辺の旅が続いていますが。いずれも灯台を見ています。
日本に島国で大小合わせると3000以上の灯台があるそうですから、珍しいことではないのですが。いずれも見上げるような大型の灯台でした。
今回も潮岬灯台が入りました。
次の旅もあるかなと・・・


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灯台への道・・・

葉の表面の照りある樹の中の道、樹木照葉樹林といっていいのでしょうか・・・
信州では絶対見られない明るくはないですけど潤いを感じる林です。もののけ姫の森もこんな盛だったようです。

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この日は穏やかな凪の海でした。

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義父と義弟はトイレに寄っていくというので、義妹と妻と三人で一足先に灯台にむかいました。

灯台の近くに潮御崎(しおのみさき)神社があるので、一人で、さっと見てこようと向かうと義妹と妻もついてきました。

この集まりの旅行は、行先は義父、宿と交通は義弟夫婦で決めて、それによって、私が刊行する場所を決めるというパターンになっています。
私の方針としては、みんなが興味を持ちそうなところを選ぶようにしています。私以外はあまり神社仏閣に興味がないようなので、特に有名なところ以外の寺社は極力避けるようにしています。今回も予定には寺社は含めなかったのですが、なんとなく面白そうな神社に出会えそうです。

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迎えてくれたのは・・・

この猫ちゃんどこに住んでいるのかなと・・・
神社には人は住んでいる気配はないのですが・・・
宮司さんが、ご飯を運んであげているのかな、海までいって魚を取っているなんて言うことはないとは思うのですが・・・

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鳥居をくぐり石段を登ると境内に入る前に鯨山見への道があるというので行って見ることにしました。

左の写真の狭い尾根を行きますか。両側に手すりがありますが・・・
手摺の向こうを見ると、こんな岩、手すりの下は急な崖のようです。
そういう今年は気にしないで行くことにしましょう。

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ここが潮岬の鯨山見跡・・・

でも鯨山見とは・・・
串本から那智の滝のあるある勝浦に向かう途中に太地町という小さな町があります。歩いても端から端まで1時間もかからない小さな町ですが、「鯨の太地」というと思い当たる方もいると思います。
慶長11年(1606)この地の豪族和田頼元が人々を組織して組織的な産業として捕鯨をはじめたのが日本における捕鯨発祥だそうです。

そうした捕鯨は山見(やまみ)と呼ばれる探鯨台から見はって、鯨が来るのを確認、旗や狼煙により、鯨の来たのを伝えて、鯨の捕鯨をしたそうです。こうした様子を描いた捕鯨絵図が残っているそうです。

ここはそうした紀州藩が直轄で経営した古座鯨方(こざくじらかた)の「潮岬の鯨山見」のあったところだそうです。

多々いつも見張っていたわけではなく、冬の「下りクジラ」という鯨の移動を監視して、串本の西海岸の「網代(あじろ)」にクジラを追い込み、狩りをしたそうです。反対に、秋から冬にかけて太地方面から南下する「上りクジラ」を見張ったのは紀伊大島の樫野埼だったそうです。

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ここは岩壁の上、海を見るには最適の場所で素敵な絶景が広がっていました。
ここからは空気が澄んでいると四国がみえるとか・・・

ここなら鯨が通るのがよく見えそうですね。

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上の右役の島というか、岩礁には釣り人がいました。

釣り船で行くのでしょうが、天候が急変したら大変だなと・・・
趣味というのは凝るとこうしたことになるのでしょうが・・・

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本州最南端の神社、潮御崎神社の境内に戻りました。

この神社は当初は潮岬灯台のある潮見の端にあったそうですが、明治三年(1870)に灯台設置されることになり、こちらに移ったそうです。

日本神話によると大国主(おおくにぬし)命の国造りを一緒に行った少彦名(すくなひこな)命は熊野の御﨑から常世の国へ渡っていったそうです。また日本書紀には仁徳天皇の皇后の磐之媛命が紀伊国の熊野岬を訪れていますが、この2つの岬は潮岬であるとも言われます。

そして、景行天皇28年(98)、御崎の「静之窟」内に少彦名命を勧請し、その後、潮崎安磨「静之峯」に遷座したのがこの神社の創立と言いますから、歴史の古い神社のようです。
貞観12(871)年に、潮崎安磨はさらに、現在の灯台のある「潮見の端」へ遷座したと言われます。

御崎は潮岬の中でさらに細かく分けたこの神社と鯨山見跡のある岬のことです。

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この神社は少彦名命の伝承から、主祭神は少彦名命です。そして金山彦命 高皇産霊神 天照大神 大国主命 猿田彦命を一緒に祀っているそうです。

江戸時代は、御崎大明神社とか御崎明神と呼ばれこの辺りの18ヵ浦の総産土神として崇敬されていたそうです。明治になり、員物分離により現在の潮御崎神社となり、灯台建設のために創建の地といわれるこの地に遷宮しています・

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本命の潮岬灯台(しおのみさきとうだい)・・・

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私たちが寄り道している間に、義父と義弟は68段の螺旋階段を上り灯台の外に出ていました。

この灯台は春に訪れた房総半島の最南端の野島崎(のじまさき)灯台とともに、明治初期の江戸条約によって建設された8基の洋式灯台(条約灯台)の一つで、歴史的・文化的価値が高いとして「日本の灯台50選」にも選ばれています。

しかし義父は元気ですね。

スカイツリーができると、昇ってみたいと登りに行きました。
高いところは好きなのと、何より好奇心が旺盛のよう手す。ですから。長生きできるのかもしれません。この旅行も、南紀と言い出したのは義父ですから・・・

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私たちも登ってみることにします。

途中までは螺旋階段ですが、最後は右のような梯子、93歳の義父は義弟のサポートがあるとはいえ良く登ったなと・・・

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ここは、内部を一般公開されている参観灯台(さんかんとうだい)で灯台の一つです。参観灯台は全国15あり、今年の春には今回のメンバーで房総の野島埼灯台にも登りました。

でも、こうして内部を登れる灯台は少なく貴重なのだそうです。

灯火のところは登れませんが、塔の周りの展望台から素敵な海の眺望が楽しめます。
こちらは本州最南端潮岬の碑のあるあたり・・・

一番奥の岬から突きでている岩の部分はクレ崎といい、地図上ではこの本端が本州最南端になります。

灯台を見学したら、そちらに向かいます。

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潮御崎神社のある御崎方面・・・
神社の社殿が見えています。

社殿の左側に岬が少し小高くなっているところが、少し前にいた鯨山見です。

その向こうに白浜からの枯木灘の海が広がっています。今日やって来た海岸線です。

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御神は、広々とした太平洋の風景・・・

地球が丸く見えるでしょうか・・・

丸いかなと思えば丸く、平らだと思うと平らに見えるようです。(笑)

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義父は、気に入ったようで長い間、海を見ていました。

下を見るとこんな感じ・・・

小学生が書いた「スイミー 小さなかしこいさかなのはなし」・・・
我が家にも、息子たちが小さい頃に、谷川俊太郎さん訳のこの絵本がありました。

正午を過ぎました。そろそろ、下に降りてクレ崎の方に行くことにしましょうか・・・

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スッキリとした白亜の灯台ですね。

幕末の慶応2年(1866)にアメリカ、イギリス、フランス、オランダの4ヶ国と結んだ「改税条約」(別名・江戸条約)は8ヶ所の灯台(観音埼、野島埼、樫野埼、神子元島、剱埼、伊王島、佐多岬、潮岬)を作ることを約束していて、別名「条約灯台」ともいうそうです。

潮岬は古くから海上交通の要衝でけあるとともに、また沖合は流れが速く、風も強いため、航海の難所としても灯台の設置が急がれたようです。

野島埼の灯台は八角形でしたが、ここも初点灯の当初の明治3年(1870)の当初の灯台は、八角形の木造で、我か国最初の洋式木造灯台でした。
設計はリチャード・H・ブラントンというスコットランド人、明治時代に来日したお雇い外国人でした。彼は技師と勤務していた7年6ヶ月の間に灯台26と、小型の灯台の灯竿(とうかん)などをを設計して「日本の灯台の父」と言われています。

現在の灯台は明治11年(1878)に作られた石造灯台です。

灯台下には資料館があり、灯台の歴史、機能・役割などを学べ、2代目潮岬灯台レンズ(第2等フレネル不動レンズ)をはじめ、貴重な資料が多数展示されています。
[ 投稿者:オコジョ at 08:35 | 旅 (地域外) | コメント(2) ]

この記事へのコメント
増えすぎた鯨が 沢山の魚を食べて いつかは魚がいなくなるのではないかと心配しています。盛んだった 鯨漁 日本は四海 海に囲まれているので 魚天国です。 白浜は 一度行ったのですが 全く覚えていません。機会があったら 訪問してみたいものです。
投稿者: 小紋 at 2017-10-23 20:29:32
小紋さんへ
おはようございます。
増えすぎた鯨が 沢山の魚を食べて いつかは魚がいなくなるのではないかと心配しています。盛んだった 鯨漁 日本は四海 海に囲まれているので 魚天国です。 白浜は 一度行ったのですが 全く覚えていません。機会があったら 訪問してみたいものです。

プランクトンが主食の鯨もいますが、魚を食べる鯨もいますね。いずれにしても特定の生き物が増え過ぎると自然環境のバランスが崩れますね。人も増え過ぎて、海の魚を取り過ぎないようにしないと行けないのかもしれません。
今回は海辺、魚美味しかったです。
白浜は、高校時代の多感のころだったので、わりと覚えています。
でも、意外と最近のことを忘れていくのが困ったことです。
投稿者: オコジョ at 2017-10-24 09:08:32

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