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浅間山 (11月17日 佐久市御牧原より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2017年10月19日
南紀の旅 白浜と串本 プロローグ 白浜町綱不知(つなしらず)の夜明け
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白浜温泉の夜明け・・・

何処でも夜明けはそう違わないかもしれませんが、旅先で見るとどことなく違って見えます。


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色々ありまして、写真の整理が追い付かないので、朝の風景を並べてごまかします。

ホテルの部屋からの手抜き撮影です。

というより、ここは入江で、入江の奥の山から陽が登りそうなので、むしろホテルの5階の部屋からの方がいいかなと・・・

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日の当たるあたりに薄雲があり、茜色の東雲となっていました。

枕草子では「春はあけぼの」がよいとして、「秋は夕暮れ」としています。
でも「秋のあけぼの」も悪くないですね。

5
雲のためにスッキリと日は昇りませんが、むしろこうした日の出の方が好きです。

雲一つない青空に登る太陽は、あっけらかんとして絵になりません。

上空に薄雲が広がっても陽の出るところの雲がなくそこに陽が昇るのが最高なのですが、注文を付けてもそんな素敵な天気にはめったに会えません。

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大分、昇ってきたようです。

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今日はいい天気・・・
良い旅ができそうです。

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93歳の義父も起きてきて、消す体で写真を撮っていました。

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陽が昇って来たので、海岸に出てみました。

海岸はまだ山の影・・・
もう一度日の出となりました。

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穏やかな海ですね。

南紀白浜で泊まった宿は田辺湾の一番奥の綱不知(つなしらず)の入江に面していました。
綱不知は、湾の奥にあるために外海の波の影響がなく、舟を岸辺に着けても綱が必要ないと波静かな港いうことから名前が付けられたそうです。

見るとみんな綱は付けてありますが・・・

ここは家族連れからベテランまで人気の釣り場だそうです。
春はアオリイカ・チヌ・グレ、夏から晩秋にかけてはアジ・サバなどの小物からハマチなどの青物、晩秋から春はタチウオ・アオリイカ・アジ・イワシなど釣れるとか・・・。

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 白浜に宿りし朝の海の面(も)を旗なびかせて漁船(いさりぶね)行く  

平成10年の今上天皇が白浜にとまった時、朝の出漁の様子を詠った歌碑・・・

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歌をもうひとつ、こちらは万葉集から・・・

 風莫の浜の白波いたづらにここに寄せ来る見る人なしに  

風莫(かざなし)の浜は綱不知に面した浜辺と言われます。ただ同じ和歌山県海南市の黒江海岸という説もあります。

風莫の浜に白波がむなしく押し寄せてきます、見ている人もないのにという意味、歌と変わらないですね。風莫は風がないということです風、そこにも波が押し寄せていた時を詠ったようです。

作者の長意吉麻呂(ながのおきまろ)は柿本人麻呂と同時代の歌人だそうですが、14首短歌しか残っていないそうです。

[ 投稿者:オコジョ at 07:58 | 旅 (地域外) | コメント(2) ]

この記事へのコメント
こんにちは
綺麗な風景ですねぇ。
今上陛下のお歌
≪白浜に宿りし朝の海の面(も)を旗なびかせて漁船(いさりぶね)行く ≫
格調の高いお歌ですね。
こんな歌をスラスラとお詠みになるんでしょうか。
すごいなぁ。 
投稿者: 万見仙千代 at 2017-10-20 15:32:50
万見仙千代さんへ
素適てしょ・・・
素適なのは写真でなくて、この時の黎明の祭典なのですが・・・
昔から、皇室や貴族は、歌をたしなんできています。
この時は、天皇陛下に見せるために、漁師たちが一斉に旗をなびかせて出港していったようです。
地元は大変なのでしょうね。軽井沢のコンサートの時に凄い軽微だなと感じたのを思いだしました。
投稿者: オコジョ at 2017-10-20 19:56:17

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