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浅間山 (11月26日 小諸市平原 三ツ子塚より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2017年10月08日
千曲公園散歩(半過岩鼻の上)  上田市
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この上に登ります。この岩か登れるわけはなく、左右から登れる道があります。


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まず左側の道を・・・
国道のアンダーパスの下をくぐっていくと・・・
こんな立て札がありました。
上田は松茸の産地、松茸山ばかりです。秋は、この地区は山登りを避けているのですが、つい忘れていました。
こういう看板を無視して、警察に突き出された人間を知っていますので、潔く撤退します。

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しかし、折角なので、上に行きたいと岩鼻の下を通って右の道をめざします。

千曲川が削った岩穴・・・
溶岩が冷えたときにできる火山に多い柱状節理という岩の集まりです。

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何の神様か・・・・
もしかしたら大鼠かな・・・

半過岩鼻は、チョウゲンボウの集団繁殖地として、長野県の天然記念物に指定されています。しかし、岩鼻の下の道を通る車が多くなり、それを嫌ってか数が減っているようです。今は岩原の中をトンネルができたのでまたもどってくるといいのですが・・・
岩鼻の岩壁の岩の下で、チョウゲンボウ撮影している人がいました。私たちが登って降りてきても、この位置で撮影を続けていました。

良い写真を撮影するのも大変なことなのですね。私が、ろくな写真を撮れないのは無理もないですね。カメラをかまえて10秒くらいでシャッターを押していますから・・・

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岩鼻の下はコスモスの道でした。

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コスモスと岩鼻・・・

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こちらの道には立て札はなく、登ることができそうです。・・・

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半過岩鼻の山頂へはこんな道・・・
標高差は110メートルで、山登りといえるようなものではないのですが、岩壁の脇をジグザクに登るのですが、急です。高級では松茸の松はなく、立入禁止もないようです。

妻はずっと前に。歴史の会で来たことがあるのですが。もっと緩やかな道を登って降りたといっていました。

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登っていくと、千曲川の坂城側が見下ろせます。
塩尻岩鼻も見えています。こちらの山頂には和合城という城がありました。坂城の村上氏の烽火台で、後に武田の城となっています。何度も登っていますが、岩山の上なので展望が酔う所です。

その塩尻岩鼻の後の山は五里ヶ峰です。善光寺をめざした人たちはこの山の麓で善光寺まで五里なのでこの名が付いたとか、五里ヶ峰の尾根が千曲川に落ちていきますが、その真ん中あたりの山が村上義清の本城の葛尾城です。そして千曲川は、武田信玄と上杉謙信のたたかった川中島へ向かいます。ここはそんな戦国の歴史を秘めた場所です。

遠くビルが見えていますが。上山田の温泉街です。

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岩鼻の頂上に着きました。

展望台の東屋と祠があります。

下から見上げると岩鼻の岩の上は怖そうに見えますが、危険なところはフェンスで囲ってあります。ここは千曲公園という、公園で桜の時期には雪洞が付き地元の人たちの桜の名所です。夜桜と上田盆地の町の夜景がきれいだそうです。

ここまで狭い山道と最後は未舗装ですが、公園まで車で来られます。
ここは崖の上ですが、
もちろん100mを越える絶壁の上なので、フェンスで崖の上には出られないようにしてあります。

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千曲川を隔てて、塩尻の町、その上に虚空蔵山・・・

写真のほぼ中央が西上田駅あたり、そこから画面にはない上流の上田大橋を渡って。ここまで来ました。そして、そこまで帰るのですが・・・

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上田原・・・

天文10年(1541)、父・信虎を追放した武田信玄(晴信)は、翌天文11年、信濃の諏訪頼重を攻め、諏訪地方、その後も伊那・佐久地方をほぼ手にします。そして、全信濃を勢力範囲にしようと上田地方に手を伸ばします。上田を治めていたのは坂城の葛尾城主・村上義清です。

天文17年(1548)武田信玄が村上義清を攻めます。これが、上田戦いです。
村上軍は千曲公園と沢一つ隔てた隣の山の須々貴山城に本陣を置き、武田軍は、この画面の中の倉升山の山麓に本陣を構えます。画面の中を斜めに流れるのは浦野川ですが、その対岸の田畑が戦場となりました。つまり千曲公園から上田原の戦いの戦場跡を俯瞰しています。

武田の先鋒は重臣・板垣信方(のぶかた)でした。信方は敵の150以上の首をあげ、武田有利に運び、初戦は武田の勝利に始まります。勝利に油断をしたのか、村上軍の反撃により、により板垣信方は討死、信方軍は壊滅します。そして村上勢は、攻勢に転じ、以後の戦いは武田と善戦をします。その後、戦いは20日に渡りますが、決定的な勝敗はつきませんで
した。

記録によると死者は武田方700、村上方2900で村上、武田両軍の死者は両軍の全兵士の1/4に及びました。戦死者から見ると武田か勝利したように見えます。しかし、歴史的には上田原の戦いは、村上軍の勝利、生涯2度しか負けなかったといわれる信玄の最初の敗北と位置づけています。
しかし、戦死者の数よりも、多くの重臣を失い、信玄自身も負傷ということと、何の戦果も無く引き上げた武田軍にとっては屈辱的な敗北だったようです。

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山頂にはドコモの鉄塔があります。そして、こんな道を下ります。

登って来た道を妻は下りたくないそうです。私も同感です。距離的には4倍くらいありそうですが。安全第一です。

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秋らしくなった道を下ります。方向は千曲川と反対の山の方へ・・・
この山の名前は城山です。この城山の山頂近くに小泉上の城という山城がありました。鉄塔が見えていますが、左側の2つ目の鉄塔のあるところです。このあたりの、里山は山城でないところのほうがすくないというくらいたくさんの山城がありました。
城山は、昨年登りましたが、鉄塔が城主みたいでした。

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道脇に泉がありました。脇にあった説明には・・・

 滝の沢湧水(大口)水源
当湧水の背後には、室の内、梯子岩。つるべ落とし等の山があり。さらにその奥には川西地区の山が連なります。これらの保水力のある自然林を控えているので、『滝の沢湧水』は一年を通して涸れることのない恵み豊かな水源です。
村に水道が引かれるまでは区民の生活用水としても大切に守られてきました。国道18号線上田坂城バイパス開通式では『安全御神水』として使われました。


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まだ高い所にいますが・・・

上半過集落が近づいてきました。

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鴻嶽神社(こうがたけじんじゃ)の幟・・・
鴻嶽神社と葉珍しい名前ですね。どんな神様なのか興味はあったのですが、何処にあるかわからなかったのです。見えている古民家の裏側あたりに、あったようです。天神宮もあったようですが、いずれも、場所が分からず参拝できませんでした。
もともとここを下っているつもりではなかったので仕方ないですね。

右は如意輪観音・・・
地元では居眠り観音として親しまれているとか・・・

如意輪観音像は、このように右膝を立て立膝をした輪王座という姿勢で、右手を頬にあてた
思惟(しゆい)という独特な姿です。この姿勢は人々の苦しみを救う方法を考えているのですが、確かに居眠りをしているような姿ではありますね。軽井沢町 追分にある泉洞寺境内には堀辰雄 が愛した如意輪観音の石仏があるのですが、そちらの地元では、歯痛に堪えているようなことから、歯痛封じの石仏として、信仰されているそうです。見方は色々ですね。

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こんな素敵な家があります。でもこの前は通らず・・・

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上の民家の少し前に「上半過村内遊歩道」がありました。

こういうのは気になります。
竹藪の道でした。下り道で実っとも急な道でした。

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お地蔵様がいらっしゃいました。ここも地元の御内板より・・・

 「半過九日目(くんちめ)地蔵尊」
明治6年(1873)に開校した泉田小学校の敷地内に地蔵尊があります。その側の灯籠には完成10年戌午8月9日の刻時があります。村人の言い伝えでは。毎月9日19日29日を「おくんち」と言い、地蔵尊下の広場「九日市(くんちいち)」開かれていました。」


奥に見えているのは、千曲公園です。左端に岩鼻がストンと落ちています。千曲川から見ると岩壁ですが。こちらから見ると平らですね。東屋やドコモのアンテナも見えます。私の携帯にもあそこから電波を送っているようです。

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左から右へと、ずっと山奥まで歩いて、緩やかな道を降りてきました。

そして、千曲川の岸辺にたどり着いたところで、馬鹿バーガーを食べに行ったこの日の散歩は終りです。
[ 投稿者:オコジョ at 08:18 | 上田市・小県郡 | コメント(0) ]

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