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浅間山 (9月5日  小諸市久保より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2017年08月27日
霧の山 離山2 下り道・・・
離山2 (1)
昨日の続きのような写真ですね。

こういう風景は個人的には好みなのです。

若いころは、今と違って休みは日曜日だけ・・・
山に行く日はなかなか取れませんでした。


離山2 (2)
ここは風が左から右へといつも吹いているから、こんな枝ぶりになったのかなと・・・

今は、サンデー毎日ですから、地元で天気のいい日を狙って山に逝きますから、雨具をつかうことも少なくなりました。

若い頃の山は、少しくらいの雨でも山に行きました。雨天決行」は当たり前でした。
それでこんな山も多くて、それで、こうした風景が懐かしいのかもしれません。

離山2 (3)
指導票・・・

どちらに行っても、頂上は400m・・・

キツネやタヌキが化かしているわけではありません、どちらを行っても確かに山頂に行けます。

この山は公園化して、たくさんの遊歩道があります。み議の道を選びました。

離山2 (4)

下で別れた林道と出会いました。

離山2 (5)
山頂へ・・・

やはり霧の山です。

離山2 (6)
シシウドの花・・・

ここはイノシシはいるでしょうか・・・
熊はいますけど・・・
よく見かけた情報がありますが、それだけこの山に登る人が多いということでしょうね。

離山2 (7)
山頂は賑やかでした。

離山2 (9)
団体の方で楽しそうに話されていました。

霧で浅間山も見えず、ゆっくりしないで、山を見下ることにしました。

離山2 (8)
振り返ると、山頂は霧で霞んでいきます。

離山2 (10)
霧の中の林道に出て・・・

離山2 (11)
帰りは違う中軽井沢の南口登山道を下ります。

下り始めはこんなジグザクな木道・・・

霧でぬれていて滑りやすいです。

赤い四角いのが貼ってありますね。これは滑り止め・・・
ここがないところはツルツル・・・
慎重に下りました。

離山2 (12)
下っていくと、霧は晴れてきました。

やはり、離山は天気を分ける山のようです。

離山2 (13)
こんな邪魔ものも・・・

離山2 (14)
そしてこんなものも・・・

これも楽しみのうちです。

離山2 (16)
雨宮邸新座敷・・・。
雨宮敬二郎のは、明治時代の浅間山麓開発の土地事業や鉄道事業を始め、鉄鋼や貿易への投資など幅広く活躍した実業家の雨宮敬二郎の別荘で、雨宮御殿と呼ばれていました。
明治16年(1883)に現在の南が丘、軽井沢ゴルフ場、プリンスホテル、上の原から千ヶ滝付近までの広大な土地を購入して、まずは、ワイン用の葡萄栽培を始めました。しかし、軽井沢は寒すぎて葡萄栽培に向かず、開拓農家を目指しますが、これも失敗します。農業は無理と、林業に転向、七百万本の落葉松を植え成功しています。北原白秋の「落葉松」の詩は雨宮敬二郎のおかげで生まれたともいえそうです。

さびれた軽井沢というと、アレキサンダー・クロフト・ショーの名が出ますが、ショーがはじめて軽井沢を訪れたのは明治19年(1886)ですから、それ以前から、日本人により、軽井沢の開発は始まっていたようです。

離山2 (17)
雨宮邸新座敷の奥には市村記念館があります。

大正15年に元首相の近衛文麿が軽井沢第1号別荘として購入しました。
その後、軽井沢の南原の別荘地開発に尽力した市村今朝蔵・きよじ夫妻の別荘となり、平成9年軽井沢町に寄付されています。別荘は別な場所にあったものを、この地に移築しました。

今回は何度も見ていますし、山靴で脱ぐのが面倒と外から見るだけで駅へ・・・

離山2 (18)
軽井沢ですからサイクリングの人が次々と・・・

中軽井沢駅近くの老舗蕎麦屋『かぎもとや』で蕎麦を食べようかとも思いましたが、この時期は行列なので、小諸に戻り、馴染みの蕎麦屋に・・・

そんな小さな山歩きでした。

[ 投稿者:オコジョ at 07:36 | 山 浅間山周辺 | コメント(2) ]

この記事へのコメント
涼しそう^^
蒸し暑いこちらから拝見すると、ものすごく涼しそうで、羨ましいです。
青空で浅間がクッ霧で爽やかなのが一番良いのでしょうが、風情がありますね。
夏の軽井沢は、大賑わいで、うっかりスーパーに行っても駐車が大変とか聞きました。涼しく過ごせて良いでしょうね〜〜

先日TVで、ながらでいい加減に見ていたので、しっかりは聞いていないのですが、小海線の海の口とか海尻とか言う地名の由来に、すごく大きな湖があって、それが決壊したときに大被害もあったとか・・・・?

山なのに小海線て、不思議でしたが、それを頭に入れて、また訪れてみたいものと、思いました。
投稿者: われもこう at 2017-08-27 13:02:25
われもこうさんへ
こんばんは
東京は12年間過ごしましたから、そのすごさはわかります。
でも、こちらに住むと、夏はやはり暑いです。
夜はタオルケットと一枚で暑い、都会から来た人は寒くて眠れないと・・・
そういうものかもしれませんね。

夏の軽井沢は、人口は本来の人口の10倍になりますから、スーパーも道も身動きが取れなくなりますね。メイン道路は都会のラッシュ並みになります。

確かに平安時代に一時的に八ヶ岳の噴火により大きな湖ができて、決壊していますが。一年足らずで。決壊していますが、地名の由来となるかは難しいところですね。
確かに結びつけるのは面白い仮説でマスコミが気に入りそうですが、海のつく地名の範囲は湖の規模を越え、必ずしも地名と一致しません。
でももっと昔にそういうことが、繰り返されたていたかもしれませんね。
投稿者: オコジョ at 2017-08-27 20:48:34

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