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浅間山 (11月17日 佐久市御牧原より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2017年08月20日
松原湖散歩4 長湖と神宮寺跡  ちょっとお盆のこと
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猪名湖を離れて、長湖の横を通り過ぎます。
猪名湖、長湖どちらも松原湖です。

松原湖は現在では猪名湖・長湖・大月湖の3つとされています。
そして、臼児池(うすごいけ)・鶉取池(うずらとりいけ)・桷木池(ずみのきいけ)・オシデノウミを加えて松原湖沼群というそうです。しかし、桷木池・オシデノウミは消滅してしまったようです。昔はもっとたくさんあったようですが、みんな失われて八那池のように地名にだけ痕跡だけ残している池もあります。

コンサート会場はこの長湖の湖畔にあります。ただこの湖は名前のように細長くて、おまけに真ん中で、尾根が張り出していて「ク」の字に曲がって、湖の全容は何処からも見ることができません。

この撮影は猪名湖側ですが、川と間違えそうです。


白樺の白い姿を湖面に映して・・・
猪名湖の雨は直ぐ止みました。

水鏡という言葉がありますね。逆さ富士というのもそうですね。

鏡は実像を、虚像として左右反対に再現するのですが、自然の水鏡は、そのままに映りません。その風でも、もしかしたら池の魚の動きで実、白樺の影を揺らします。
それがいいですね。

悠々と釣り糸を垂らす釣り人も、絵になっています。

それが絵にならないのは私の腕のなさです。

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コンサートホールのある側の長湖・・・

この辺りが一番広いのですが・・・

ここは、浅い為に、松原湖では一番早く、結氷して昔は、この地方で一番早くスケートが楽しめたそうです。今は、関東甲信で一番早く氷の上のワカサギ釣りができるそうです。
でも、一週間ほどで猪名湖が解禁になると、みんなそちらに行ってしまい、静かになってしまいます。

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コンサートのあとで・・・

雲間に、晴れ間が見えました。
見えているのは、南八ヶ岳ともいわれる八ヶ岳本峰と北八ヶ岳とを分ける夏沢峠あたりです。この峠もう20年以上行っていないなと・・・

そしてもう無いだろうと・・・
というより、行けるだけの体力の余裕がないかなと・・・
寂しいことですが、たくさんの思いでは残っています。

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左横岳・・・
雲の中ですが・・・

右が硫黄岳・・・
この時が、一番山が挨拶してくれました。
しかしすぐ、雲に閉ざされて、霧の中に消えていきました。

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コンサートが終って松原湖から小海へのバスに少し時間がありますので神光寺跡に寄ってみました。

長湖湖畔の神光寺の参道入り口の大円相・・
大円相は今年の春の小布施の岩松院にもありました。
大円相仏画で描かれた仏を神々しく見せる輪のことです。仏の頭のまわりの輪を頭光(ずこう)、体のまわりの輪を身光(しんこう)、そして、仏全体を円く包んでいる輪を大円相(だいえんそう)または円相光背(えんそうこうはい)といいます。
ここは脇の岩に輪の中に仏の顔が刻まれています。仏様も、今は訪れる人もなく寂しげです。

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神光寺跡・・・
長湖脇の高台にあった神光寺は松原諏訪神社の別当寺でした。
ここは本堂の礎石・・・

堂宇はもうありませんが・・・
礎石・宝篋印塔・無縫塔など残されたものをみると、神光寺はこの辺りとしては規模の大きな、立派な寺であったようです。
神光寺跡には、三重塔、本堂、諸堂の礎石、宝篋印塔・無縫塔・石仏等があり、三重塔・本堂址は町史蹟となっています。

詳しい寺暦は不詳ですが、明治の廃仏毀釈によって、本尊の薬師如来、本地仏は他に移され、廃寺となりました。

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こちらは三重塔の礎石・・・

三重塔は佐久市の貞祥寺に売られて現存しています。

9三重塔
貞祥寺の元神光寺県宝の三重塔です。
神仏分離で、貞祥寺が明治3年に金112両2分で買い取り、移築しました。
本来は、神光寺にあるのが一番なのでしょうが、こうして壊されるところを、今に残っているのは嬉しいことです。

この塔は幕末の名宮大工の小林源蔵作により嘉永2年(1849)頃完成と言いますから、幕末の比較的新しい三重塔です。
時代を反映してか一辺2.75m、高さ16m弱の可愛らしい塔です。繊細で周囲に良く調和した、美しい塔として残っています。

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元神光寺境内・・・

ここは民家になっています。神光寺と関係があるのかは知りませんが・・・

もう50年近く前には民宿でしたね。
私の会社の青年部の交流会を、ここて行なったことがありました。
ふと、そんな若い日を思いだしました。

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帰りのバスの中で。雨が・・・

今年の夏は夜になると雨ばかりでした。


話は変わります。 
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小さな手が線香花火を・・・

片隅に我が家での孫をすこし・・・

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一週間ほど小諸で、たくさん遊んで一昨日青森に帰っていきました。

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青森は町中のアパート・・・
線香花火もできないとか・・・
子どもは花火が大好きですね。
本当にうれしそうに楽しんでいました。

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来年も買っておいてあげようと、爺馬鹿は考えています。

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毎朝、「じいじプラレール作って」と起こしにきたり、「じいじ・じいじ」おと遊びをせがんだ孫がいなくなると寂しいですね。

大変ですが、それは楽しいことでもありました。

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孫から見て、曽祖父と大叔父夫婦との焼肉パーティのデザート・・・

この辺りでは有名なピータースのケーキ・・・・

一番最初にどれでもいいよと言われて・・・
どれにしようか、一生懸命に悩んでいました。

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92歳の大祖父ちゃんが育てたトウモロコシの皮むきのお手伝い・・・
御顔にひげが付きました。

青髭でした。

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シャボン玉・・・
そして、こちらでしかできない三輪車・・・

今度いつ会えるのか・・・
正月かな・・・

[ 投稿者:オコジョ at 08:23 | 南佐久・清里 | コメント(2) ]

この記事へのコメント
夏休み
一週間もあると、充実して遊べましたね〜〜それだけに、いなくなると寂しくなることでしょう。
一年前に比べて、かなり成長されたようですね〜〜子どもはあっという間に大きくなります。

お正月にはまたですが、その前にあちらにご旅行されるのもよろしいのでは? 小学生になると、夏休みと冬休みぐらいしか会えなくなりますものね。
投稿者: われもこう at 2017-08-21 17:39:31
われもこうさんへ
なかなか会えませんから一週間は貴重でした。
小学校になれば、そうは来られませんね。
親離れもして、自分のやりたいことも出てきますから・・・
もっともそうなってもらわないと困るのですが・・・
今は反抗期ですが、それも成長の証しのようです。

秋に青森に行けるといいのですが。今はその計画がないのが残念です。

投稿者: オコジョ at 2017-08-21 21:51:13

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