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浅間山 (9月30日  軽井沢 矢ヶ崎公園より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2017年08月01日
戌の満水(いぬのまんすい)の墓参り1  佐久市田口地区と
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ここは父の生まれ故郷の佐久市田口・・・
この川は雨川(あまかわ)です。

父親の幼いころ遊んだ「小鮒つりしかの川」です。
私も釣りをしたことがありますが、一匹も連れませんでした。

この川も昔は自然の土手を持った川でしたが、護岸工事をして、直線的になり、今では魚はいそうもないですね。「国破れて山河在り」、今は山河も昔のままではありえないようです。

こんなことを書く気はなかったのですが・・・

先日の土曜日に、この川の奥にある祖先の墓参りをして来ました。


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青田が夏らしいですね。
建物は佐久市臼田出身の川村吾蔵記念館・・・

アメリカでの活躍が中心で、巨匠オーギュスト・ロダンから助手になってほしいといわれたが。ことわっている国際的な彫刻でアメリカでは「牛の吾蔵」として有名ですが。日本では無名に近いですが、数は少ないですが、見事な彫刻が収められています。

訪れる人が少ないのが残念です。佐久では、臼田の佐久総合病院野口英雄博士像、小諸の藤村記念館の島崎藤村像(入口前の野外でなく館内のものです。)などがあります。記念館にはこの二つのほか、有名となった牛の『マッカーサー元帥』『ヘレン・ケラー女史』『尾崎咢堂』など素敵な彫刻が並んでいます。それぞれ対象を知友実に再現するとともに気品のあるものとなっています。

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この道は田口峠を越えて、群馬への道・・・
この先には、日本で一番海から遠い地点があります。そんな場所です。

ここは佐久市田口・・・
小字は宮代か、山口か、墓地の林の中、民家がなくてはっきりしませんが・・・

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我が家の墓地はこの落葉松林の中・・・

この道は普段は草深いのですが、草刈りをしてありました。
毎年ありがとうございます・

林の前は野生動物の防護柵・・・

墓地は野生の住む山の中にあります。

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無事墓参りを終えました。

今年は北九州・秋田・新潟では、記録的な豪雨により、多くの家や田畑が被害を受け、貴い命が失われました。残念なことで、謹んで哀悼の意を示したいと思います。そして行方不明の方が一日も早く、家族の元に帰れますように祈っています。
こちら信州の佐久地方では8月1日に墓参りに行く風習があります。
一般的には、墓参りは彼岸やお盆に行うのが一般的ですが、佐久地方では寛保2年(1742)の「戌の満水(いぬのまんすい)」と呼ばれる大きな悲劇によります。

「イヌノマンスイ」などと言われも、他の人は何のことやら・・・
でも、地元でも「戌の満水」は、なかなか通じにくくなっているようです。しかし田口村ではあまかわ下流で3集落(3戸ではありません)が流出しています。
となりの佐久穂町の当時、上畑村では、村のすべてが流され、死者248名という大きな被害となっています。

「寛保二成年月未曾有の大洪水なり。七月二十九日より豪雨降続き、八月朔日夕より大暴風雨八月二日に至る。
為に山抜け地滑り郡内到る所に及び、千曲川を始め諸支流皆狂奔怒号し、唯に沿岸の決壊浸水等に止まらす、河床を更ふるもの多く、上畑村の如き全部の流失、其他現時傳ふる所によるも南牧村、田口村、臼田町、切原村、大澤村、中込村等の惨状言語に絶するものあり。
人畜の死傷夥しく、平地浸水の民、居るに家なく、食するにものなく、皆飢餓に哭せりと伝う。」(
南佐久郡誌より)

260年以上たった今でも、人々はこの日を忘れずに、このように墓掃除をして、墓参りをします。


場所は小諸にうつります。
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昨日の散歩は、思いついて戌の満水の地を歩いてみました。

我が家から市役所を通り抜けて、10分ほど歩いて旧北国街道小諸宿の中心地の本町へ来ました。本町と相生町を結ぶ小径の中ほどに松井川にかかる臼田橋があります。

松井川はこんな川・・・

この川が「戌の満水」で、小諸宿を襲いました。
「この川が・・・」という感じですね。

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小諸宿・本町に出ます。

一番奥は光岳寺・・・
この寺の前から濁流がこちらに向かってきました。

「戌の満水」についてほとんど説明してこなかったですね。

この洪水の起こった寛保2年(1742)は干支(えと)では壬戌(みずのえいぬ)で、戌年の洪水、つまり満水だとしてこう呼ばれます。

寛保二年に何があったのか、(壬戌)

旧暦 寛保2年7月27日(太陽暦8月26日)に大雨が降り始め、その後降りやまずに。翌日には中部地方で多くの河川が氾濫しています。
旧暦 寛保2年8月1日(太陽暦8月30日)には台風が江戸を襲い、大名屋敷を含めて水浸しになっていますが、これは寛保二年江戸洪水と呼ばれているのですが、戌の満水からすると小さな被害でした。

同じ8月1日千曲川流域では未曽有の大洪水が発生します。
洪水は千曲川本流に留らず、支流の多くも氾濫し、被害は長野県内流域全てに及び、死者は確認できただけで、2800人といわれます。
この時期の日本の人口は2600万人と現在の4分の一以下・・・
単純な比較は無理ですが。今なら1万人以上だったのだと思います。

そして、その翌日には 大風雨により利根川・荒川が大洪水になり、関八州全域に被害が及び、田畑の水没流出は80万石だったとか・・・
そして、それにとどまらず、9月6日 再び関東が洪水となっています。

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光岳寺の前は松井川が流れているはず・・・
ないですね。

町の中の川の宿命・・・
暗渠となって、小諸市民のほとんどが松井川と言われてもどこを流れているか知りません。中にはそんな川があるのかと・・・・

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ここは光岳寺に沿った道・・・
何処に川が・・・

道に格子の蓋がありますね。グレーチングというのですが。この下に松井が暗渠となって流れています。道が松井川なのです。
都市部では小さな川はこのように形が多いですね。

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道をたどっていくと・・・

松井川が現れます。

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松井川は浅間山麓へ・・・

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成就寺・・・

松井川の東にこの寺があります。

そして成就寺の西には中沢川が流れています。この寺は2つの川に挟まれています。

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松井川を遡ると谷川らしくなってきます。
小諸は浅間山の山麓の坂の町で、川も急傾斜で千曲川に注ぎぎます。

ここは成就寺のすぐ上です。

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上の写真あたりから、松井川から成就寺の裏山を見上げます。
上は国道18号線、アンダーパスがあります。アンダーパスを潜ると道は成就寺の西側の中沢川沿いの道です。。

「戌の満水」の史料の一つの「領内水害書留」に次のような記載があります。

「高津や(屋)と申す山の西の沢より大水出、成就寺の山打越東沢一面に大水となり六供・田町・本町 居家共押し潰して流す」

「高津や(屋)と申す山」は5月に雲之助が城主だったという伝説のある高津屋城のある山です。松井川は高津屋城の東の沢・・・
高津屋城の西の沢は中沢川です。

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その中沢川はアンダーバスのすぐ横にあります。

六供・田町を流れ下りますが、本町は流れていません。そのまま濁流が下れば本町は被害がなかったはずなのですが・・・

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松井川と中沢川の間の尾根・・・

この尾根は高津屋城から尾根の終焉・・・
この場所で松井川と中沢川の距離は50メートルくらいしかなく、鉄砲水の濁流は松井川に広がり、二手に分かれの葉間違いないようです。

「領内水害書留」の説明の「西の沢より大水出」は、多分そこで川が堰き止められて、その池が決壊して、鉄砲水となり、ここで隣の松井川に分流されて小諸宿を襲ったようです。

高津屋城の西の中沢大橋がありますが。谷底から50メートル位高いところにあります。この辺りに山崩れが起きて、一時的な湖ができて決壊・・・

この時の小諸藩の山崩れは661ヶ所、流された橋は269ヶ所と記録が残っています。

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中沢川はこんな流れ・・・

松井川とともに「こんな川が・・・」

小諸宿、本町を壊滅させたとは信じられないのですが、7月の水害の今までに経験のないということを聞きますが。人の経験や予知能力は小さなものなのかもしれません。

「戌の満水」の8月1日の墓参りは。そうしたことを忘れないということなのかもしれません。


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アップするような話ではないのですが・・・

墓参りから帰って、昼時、家の近くには、蕎麦屋やイタリアンレストランがあります。いずれも数分なのですが、そこについ最近に蓬莱閣という新しい台湾料理店が開店したばかりなので、寄ってみようかと・・・

どんなものかとこんな定食を頼みました。
高級ではないですね。一人前750円・・・

美味しかったのですが・・・
定食+ラーメンという感じ、半ライス、半ラーメンでなくてフルサイズ・・・

壁に「残さず食べよう!30・10(さんまる・いちまる)運動」のポスター・・・

この運動は当初、松本市実施してきた運動で。今は、長野県内外に広まっています。
もともとはだけでなく宴会の料理の食べ残しをなくそうということで、「宴会が始めの30分と最後の10分間は自分の席で料理を楽しみ、食べ残しを減らそうというものです。

がんばって完食・・・
妻はライスに手を付けませんでしたが・・・

年寄には多すぎますね。
夜になっても満腹状態・・・
夕食は無しとしました。今度行くことがあったら注文を加減しようと・・・
ほどほどというのは必要ですね。

[ 投稿者:オコジョ at 08:39 | その他 | コメント(4) ]

この記事へのコメント
こんにちは
248名・・尊い命が失われた災害、、「戌の満水」決して忘れてはいけないとても大事な日ですね。
最近も災害が多いですね。
護岸工事で堅牢になっていても自然の破壊力は凄まじくて怖いです。
まずは安全に行動したいと思います。
今は台風の進路が気になりますね。
投稿者: アメジスト at 2017-08-01 12:36:38
アメジストさんへ
こんにちは
一つの村で248名ですから凄いですね。
この頃の村は今の集落という感じですから、誹さんでしたね。
千曲川側に避難した人は助かって、山側に逃げた人は助からなかったとか・・・
避難するというのも難しいですね。
コンクリートの護岸工事は川が直線的になって大雨になってしまうと、流れが速くなって破壊力を増してしまうようです。確かに土手は崩れにくくなるのですが。良いことばかりで゜はないようです。
台風5号が九州に向かっていますね。
それてくれるといいのですが・・・
投稿者: オコジョ at 2017-08-01 14:01:16
お墓参り
こんばんは。
そちらのお墓参りは8月1日に行く風習があるのですね。そのような経緯なのですね。
こちらは8月13日~15日の一般に「お盆」と言われる日に行きます。
その前にお墓掃除。これは個々にします。

洪水、現代も未曾有の被害をもたらしていますが、その昔も人々は悩まされて来たのでしょうね。
今と違って堤防なんかは無く。。

台湾料理を召し上がられて、その夜は夕飯無しですか(笑)
確かに中華は満腹感大ですね!
投稿者: ハーモニー at 2017-08-04 19:20:57
ハーモニーさんへ
こんばんは
迎え盆に墓参りに行くのはこちらも同じですね。

こちらは墓掃除も兼ねて、8月1日に墓参りをするという感じです。

最近は、これまで経験のないような災害という言葉をよく聞きますが。大きな災害は、みんなそうなのでしょうね。いつ何が起こるかわからないと考えていた方がいいのかもしれません。。今は台風が心配ですね。

知らない店とは。こういうものかも・・・
朝になっても空腹感はありませんでした。
投稿者: オコジョ at 2017-08-04 21:00:06

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