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浅間山 (5月7日 信濃追分駅より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習いの、にわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
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2017年05月09日
あんずの里を見下ろす山2  有明山と有明将軍塚古墳
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鏡台山はまた雪がありました。


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大月峰からは緩やかなアップダウンが続きます。
のんびりと気持ちの良い、春の山歩きです。

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途中の6340.9mの三角点のある峰・・・
ここは久保山の東の峰・・・

久保は地名なのでしょうね。

右は高度計・・・
標高はあっているかなと・・・

高度計というのは、実際には気圧計なので、気圧が変化すると標高も変わります。
標高がはっきりしているところでは合わせることにしています。
今回は調整する必要はありませんでした。

もっとも、プラスマエナス20mは誤差範囲と思っています。

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こんな岩があるところもあります。

この先でカモシカに会いました。
カモシカ君は紹介済みですね。

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ケルン・・・

誰が積んだのでしょうね。

ケルンは道標べ・・・
迷うような場所ではないのですが・・・

   霧深き ケルンに触るる さびしさよ  石橋辰之助

こんな句を思い浮かべます。ケルン以外、似ても似ていない状況ですね。
私の持っている「石橋辰之助 句集」の中で一番好きな句です。
これは私が、山好きで。こういう風景に数えきれないほどであっているためなのでしょうね。

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鏡台山・・・

樹林の山ですが。ここは山が見えました。
冒頭の写真もここからです。

何度か登った山・・・
この山でもカモシカ君に会いましたっけ・・・

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里へ下る道・・・

通ったことのない道・・・
未知への誘惑・・・
下りたくなります。

でも、有明山がすぐ・・・

今度来るときは有明山を登って、ここを下ろうと決めました。覚えていればですがね。

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松の木があちこちで、途中で折れています。
台風、それとも大雪・・・

いいえ松くい虫ですね。
右の写真の松も枯れています。この木もやがて折れてしまいそうです。

なんとかしたいのですが、この山の上まで人の手が回らないようです。

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森の集落を見下ろします。

あんずの里とはこの右側の山奥です。森の入口あたりです。

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有明山山頂651.8m・・・

我が家に近いですね。我が家はここより20メートル位高いのですが・・・

有明山という山は北アルプスに同じ名前の山があります。
安曇節に「何か思案の 有明山に 小首かしげて 出たわらび」という一節があります。といっても、北アルプスのなかで最も低い山々の一つといって良い山です。この山に似ているかなと・・・

私が恥じて登ったのは15年近く前だったと思います。その時は三角点のほか何もありませんでした。今は山名板などの案内もあり、ついて登る人も増えたようです。

有明山は「新ハイキング」というハイキング雑誌の2004年の11月号に市販の雑誌としては、多分初めて別な山と組み合わせて私が紹介した山なのですが、少しは登る人が増えているようでうれしいことです。といってもこの碑も、誰にも会いませんでしたが・・・

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北信濃では一番有名な大型の前方後円墳の森将軍塚古墳へ降りる道が分かれます。森将軍塚古墳は4世紀末に築かれたといわれる、全長約100mの前方後円墳で、信州最大の古墳です。でも何度も訪れているのと、今回は静かな山歩きを楽しみたいので有明山将軍塚へとむかいます。

この鉄塔の先が有明山将軍塚古墳です。山の中ですね。

古墳は、ご存知のように古代の有力者の墓です。その中で規模の大きいものを将軍塚といいます。その地方の王の墓といっても良いでしょうか。

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有明山将軍塚古墳到着・・・

有明山が前方部です・
奥の木の前が後円部となります。
後円部径30m高さ7m、前方部幅10m長さ16.5m高さ1mだそうです。

有明山将軍塚古墳は埴科古墳群(はにしなこふんぐん)のひとつです。森将軍塚・倉科将軍塚・土口将軍塚とともに国の史跡に指定されています。この4つの将軍塚はいずれもみんな前方後円墳です。

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後円部から見るとこんな感じです。

埴科古墳群の4つの将軍塚はみんな見ていますが、その中では一番小さく、半分以下でかわいらしく見えます。有明山将軍塚は埴科古墳群では一番新しく前方後円墳としては善光寺平で最後に作られた古墳と考えられています。小さいのはそのためかもしれません。もちろん比較の話で、ほかの3つに比べてです。

平成11年(1999)に発掘調査が行われ、その姿を現したそうですが、調査後に埋め戻されたそうです。調査では主体部からは、長さ6m幅1.1mの古墳の大きさから見て、大きな竪穴式石室が確認されたそうです。残念ながら、盗掘でほとんど破壊され、副葬品もほとんど見つからなかったようです。
ただ、石室は森将軍塚級で、ここの王も大きな権力を持っていたようです。

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横から見るとこんな感じです。

この古墳の標高は544mメートルです。屋代駅からの、比高は約180m、森将軍塚古墳から54m高いところにあります。このような場所で工事は大変だったでしょう。それを吊ることも元力の象徴だったのかもしれませんが・・・

今では、眠っている王の名は誰も知りません。

4つの将軍塚の中で一番小さいと書きましたが、古墳は時代が遅くなるに従って小さくなっていきます。大きな権力が分かれて小さな権力になっていき、古墳も小さくなっていったようです。ここは信濃の国の最後の王だったのかもしれません。

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こんな山道を屋代駅に降りました。

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地元の小学生はこの道を有明山に登るようです。
知られていなくても、地元にとってはふるさとの山であるようです。

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東山神社・・・

梶の木の紋・・・
諏訪野神を祀る神社ですね。

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屋代の街へ見下ろしながら、町へ下っていきます。

誰にも会わない山歩きでした。
会う方が珍しい山ではありますが・・・

そうそうカモシカ君には逢いましたっけ・・・

[ 投稿者:オコジョ at 07:39 | 山 上田盆地・更埴 | コメント(2) ]

この記事へのコメント
こんばんは
カモシカ君に会ってみたいものです。
将軍塚古墳、多いんですね。
中曽根古墳、だったかな?は見たことがあります。
登りはしなかったけど。
結構、j傾斜がキツイですよね。
誰にも会わない、カモシカ君だけに会う山歩き、してみたいものです。
投稿者: 万見仙千代 at 2017-05-09 21:22:45
万見仙千代さんへ
おはようございます。中曽根親王塚古墳大屋近くの国道わきの古墳ですね
東信州では円墳ここは方墳なのが゜珍しいですね。方墳だけなら将軍塚古墳の方墳部クラスですね。
良い気持ちで泥風呂に入っていたのにじゃをするなと椅子ん地でしょうか。カモシカ君はこの辺りは多いですね。布引にも住んでいます。
投稿者: オコジョ at 2017-05-10 08:28:03

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