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浅間山 (4月12日 東御市滋野駅付近より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習いの、にわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
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2017年04月19日
東京湾を囲む旅4 外房 御宿 鴨川あたり・・・(千葉)
1
御宿 月の月の沙漠の砂浜・・・

ラクダに乗った王子と姫はいずこ・・・


2
上総一ノ宮の宿から外房を南下します・・・

短いけれどトンネルが3つ続いていました。

房総の海岸も山があって、トンネルがあるんだ、変なことに感心・・・
ほかの4人は損なこと思いもしないでしょうが・・・

3
御宿の海岸から勝浦東部漁港あたりの岩壁・・・

山が好きで、岩登り的なこともしたことがありこういう岩につい目が行きます、

5
ただ海が広がるというのは性格的に好みでないのかもしれません。

ハワイなんてどこがいいんだと・・・

6
でもこういう波には惹かれますね。

二度と同じ形にはならないのでしょうね。といって大きく変わった形になることもないのでしょうが・・・

8

   月の砂漠を はるばると
   旅のらくだが 行きました 


童謡『月の沙漠』は大正時代の詩人・抒情画家だった加藤まさをのこの曲は知らない人がないほど親しまれていますね。

この曲のイメージはこの御宿海岸だと加藤まさを自身が語っています。
加藤まさをは大正12年(1923)に関東大震災が起こるまでの数年間を毎年夏になると、結核の療養のために御宿海岸を訪れていてそのイメージだそうです。

加藤まさをの生まれたちかくの静岡県の焼津の吉永海岸、鳥取砂丘、伊豆大島の三原山などもイメージだという説もあります。

加藤まさをは昭和40年(1965)に当時、朝日新聞記者だった本多勝一のインタビューにたいして「動機って、ただ『少女倶楽部』から“何でもいいから”と注文されただけですよ。ぼくは沙漠どころか、外国へはどこも出たことはないけれど、沙漠にはなんとなくあこがれがありましてね。沙漠の歌でもって気になったんです」と答えています。
色々なイメージが一人の中でひとつになる。それをここでなくては決めつける必要はないのでしょうね。

9
ここには「月の沙漠記念館」があり、三日月とラクダに乗った王子とお姫様の銅像があるそうですが、この砂浜の遥か向こうのようです。

ラクダ像は彫刻家の竹田京一の作品ですが、監修したのは本多勝一です。初代の像は合成樹脂製ですが、「月の沙漠記念館」開館の時に青銅製になったそうです。
初代の像は、2001年に、御宿町の姉妹都市の信州の野沢温泉村に寄贈されて役場前にあるそうです。

10
この日は風が強くて、砂粒が飛んできて、早々と引き上げました。

そういえば本多勝一は、「アラビア遊牧民」という本を書いていて、私も持っています。アラビアの砂漠を良く知っていて、この詩は砂漠の描写としては空想的だといっているそうです。内容的には金と銀の甕では中の水が煮えてしまい、現地では皮袋を使うそうです。また、お供もなしに二人だけの旅は、たちまちベドウィンに襲われるし、乾燥した砂漠では月が「朧にけぶる」のは、猛烈な砂嵐が静まりかけるときぐらいだと行ってします。

本多勝一は私と同じ信州人で理屈っぽいですからね。

でも彼もこの曲の良さを認めて、「『月の沙漠』の歌は、当時の日本人の心の奥底にあった夢を、美しく、具象的に表現したのである。だからこそ、この歌はいつまでも人気があるのだ。私たちは、現実の沙漠を知ったあとでも、やはり『月の沙漠』の歌に心がひかれるだろう」と・・・

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そんな風が作った風紋(ふうもん)・・・

風が砂に刻んでいった足跡・・・

風と砂があれば風紋ができるというものではないそうです。
風によって砂が移動しますが、この時に荒い砂と細かい砂は分けられて、荒い砂は山を、細かい砂は谷に集まり、こうした漣のような文様を作るそうです。
ということは、同じ荒さの砂の浜では風紋にならないそうです。

13弱いとできませんし、強すぎると模様が壊されてしまいます。きれいな風紋ができるのは地上1メートルの高さで風速4〜8m/秒だそうです。風速が弱ければ砂が移動しないため模様はできず、強すぎると模様はすぐに乱れて美しくはならないそうです。
風の強さによって、風紋の形は変わるということですが。美しい風紋を生みだすのは風速5〜6m/秒だそうです。

風紋は砂紋(さもん)、風漣(ふうれん)、砂漣(されん)などとも呼ばれるそうです。

以上、理屈っぽい信州人の説明でした。
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月の沙漠の御宿をあとにドライブを続けます。

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山に入ったり・・・

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海辺を走ったり・・・

18鴨川潮騒市場
お腹が空いたので、道の駅でお買い物と、食事・・・

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回転寿司にしました。

あら汁と、地魚食べくらべ「まだい・ひらめ・すずき・さわら」・・・
私はこのくらいで充分でしたね。なにしろあら汁のボリュームがあって・・・
だいたい、我が家の昼は、量的にはこの程度です。朝のバイキングで田資産食べましたし・・・

皆が頼んだので、もう三巻くらい食べましたが・・・

回転寿司なんて何十年ぶりでしょうね。
車がないせいか、回転寿しのあるところに行かないせいでしょうか、我が町には回転寿司は今のところありませんし・・・

20
鴨川松島あたり・・・

21
少し見学していきたいところですが。まだ先は長いですので、車窓から・・・

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太海浜・・・

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千倉港・・・

次の目標は灯台ですが、もっと大きいはずです。
でも、だいぶ近くなってきたかなと・・・

[ 投稿者:オコジョ at 06:55 | その他 | コメント(2) ]

この記事へのコメント
こんばんは
千葉の海
海はやっぱり良いですよ~
いつまでも見飽きません。
岸壁を見ると登りたくなるんでしょうか。

月の砂漠、御宿なんですもんね。
千葉の海には良く行きましたが、内房がほとんどで御宿に行ったことはないんですよ。
私には、ただの砂浜にしか見えないんだけど、この風景で「月の砂漠」を思い浮かべる作詞家って凄いですよね。
あら汁と地魚のお寿司、羨ましいです。
投稿者: 万見仙千代 at 2017-04-19 19:25:32
万見仙千代さんへ
こんばんは
千葉には山がないので東京ディズニーランドくらいしか行ったことがなかったのです。

もう岩登りはできないのです、登りたいというよりも、懐かしさという方が本当かもしれません。
で実下は海という岩場は泳げない私にはもともと対象外ですが・・・

月の砂漠、御宿ということになっていますが、本当は作者の心象風景なんだろうと個人的には思っています。でも、この砂花もその心象スケッチの一枚なのでしょうね。
海の幸、美味しかったです。
次に回転寿司を食べる日があるかなと・・・
何十年も生きられないでしょうから・・・
いい思い出になりました。
投稿者: オコジョ at 2017-04-19 20:43:48

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