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浅間山 (11月26日 小諸市平原 三ツ子塚より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2017年03月07日
北国街道 海野宿1  田中宿から海野宿
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妻との温泉の前の散歩・・・
最近は温泉ばかりです。

しなの鉄道で小諸駅を出た直後の浅間山・・・

白いのは雲でなく、噴煙です。横に流れていますね。
この日の山麓は穏やかでしたが、浅間山はこういう日は風が強いのです。
何度か真冬に浅間山に登っていますが、独立峰的な山で、富士山と同じように秒速30メートルくらいの強風が吹き上げで、飛ばされないようにピッケルにしがみ付いても風か時々息をつくときに登るという感じでした。

外輪山の黒斑山は1メートルを越える雪があっても浅間山は雪は飛ばされて薄氷の張った砂礫の斜面を登るという感じでした。

この日もそんな天気だったようです。


2
しなの鉄道の小諸の次の重駅近くからの浅間山・・・

山は少し位置を変えると姿が大きく変わります。
小諸は外輪山の剣ヶ峰の後ろに浅間山という感じで、黒斑山と並んでいるという感じですが。ここは黒斑山と、剣ヶ峰の間に浅間山が挟まれています。

3
田中駅は耐震工事のためにリニューアル・・・

綺麗になりました。少しモダンになりました。

5
田中駅近くの北国街道・・・

田中駅近くには田中宿があったのですが、駅前の開発で広い道ができて、宿場の雰囲気は全く無くなりましたので、今回は割愛です。

次の海野宿をめざします。

7
途中の東御市立田中小学校からの浅間山・・・
噴煙が凄いですね。

また姿を変えていますね。
次の大屋駅あたりは黒斑山の陰に隠れてしまいます。

東御町のおらが山は三方ヶ峰です。

8
こちらは烏帽子岳・・・
上田盆地から一番立派に見える山です。

もっとも上田市民の山は上田市街の上に聳える身近な太郎山です。そして、別所のある塩田地区は独鈷山・・・

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田中小学校校庭の土俵・・・

今年は東御市出身の雷電為右衛門の生誕250年でした。

その成績は現在とは場所数、取組数が違って単純比較できませんが、寛政二年(1790)の初土俵から文化八年(1811)に引退するまでの江戸本場所在籍36場所中(大関在位27場所)の成績は、254勝10敗預かり21でした。
現役生活21年、勝率9割6分2厘という数値は信州が生んだ名力士というより、古今をつうじて史上最強の力士と言われています。

21年間で10回しか負けず。7年間の全ての場所で11場所連続優勝、他にも7および9場所連続優勝と、現役36場所中28回優勝というすごいものです。
白鵬は現在37回、他にも大鵬32回、千代の富士31回がこの記録を上回っていますが、雷電の時代は年2場所、現在の6場所との比較はカンタにはできませんが。7年間優勝を突けたというのは凄いことです。

地元ですから、ここと雷電の地元の滋野小学校にはこのような屋根付きの土俵があります。

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街道は狭いので。こんな遊歩道があります。
小学生の通学の安全のためでもあるようです。

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海野宿近くの万貫石・・・
とくに由来はないようですが・・・

万貫石は約37トンですが、少し足りないかな・・・・
そんなことはどうでもいいことですね。安山岩、かつてマグマだった火の山の痕跡です。

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海野宿の江戸側の入口に白鳥神社があります。

白鳥神社の名は、日本武尊は、東征の帰りに海野庄にこの地により滞在したとつたえられ、。日本武尊は、その後伊勢の国で亡くなった時にも白い鳥に変ったとされ、この地にも白い鳥が舞い降り、里人が祠を建てて日本武尊を祀ったとされています。
そして、仲哀天皇の二年、勅命により、白鳥大明神とよばれたと・・・

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白鳥神社の主神はもちろん日本武尊ですが、ここには、海野氏の祖と云われる貞元親王・善淵王・海野広道を合祀しています。

海野氏についてはいろいろな説があります、その中に清和天皇の第4皇子貞保(さだやす)親王が信濃国海野庄に移り、子孫が醍醐天皇より滋野姓を頂き、滋野氏となり、そこから滋野氏は海野・望月・禰津の滋野三家に別れたと・・・

しかし、貞保親王が海野庄にいたという確かな証拠はありません。また、滋野氏から別れたかどうかも確証はないようです。昔のことですからね。昔の豪族たちは、自分の家系の格を付けるために、系譜を作り上げたようです。
別な歴史学者は、ここの国牧の管理者である大伴氏の末流という説が、現在は可能性が高いようです。こちらもしても有力な家系のようです、

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白鳥神社本殿・・・

歴史的に見ると「保元物語」に、源義朝の配下に「宇野太郎(海野太郎)」が登場します。そして平家物語には木曾義仲の侍大将として海野幸親・幸広親子が、共に戦死したことが書かれています。その後、海野幸親の三男の幸氏は鎌倉の御家人となり、「吾妻鏡」に弓の名手として度々登場しています。中世に上田地方を中心に勢力を持った、この地方で最も勢力のあった豪族だったことは間違いありません。

真田信繁(幸村)の鎧のレプリカ・・・
というより、高校生の力作です。

真田氏は海野氏がわかれたと言われていますが、これも根拠がありません。先祖は有力な家系と・・・

政略結婚多くありましたし、狭い地域で、辿っていけば。そういうこともあり得ます。
ただ、どこかでつながっているということくらいのようです。そういうことよりも、今になると、徳川を二度破った戦国建て妙ということで充分なのかもしれません。
そして、それは真田信之が生き残り、真田家が続いていったことが、後世に名を残していったことによるのかも知れません。

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御神木の欅・・・

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境内の鯨石・・・

鯨の潮吹き石だったのですが・・・
冬は泊まった手いることが多いのですが、出ていました。
春なのでしょうか・・・

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海野氏は、木曽義仲と白鳥河原で挙兵し、平家討伐のため上洛します。
海野宿の入口あたりが、木曽義仲と挙兵の折、海野氏が決起した白鳥河原です。説明は現地の案内板から・・・

 木曽義仲挙兵の地(海野郷白鳥河原)
治承5年(1181年)義仲27歳の6月、後白河法皇の第二皇子高倉宮以仁王(もちひとおう)の令旨(りょうじ)に応じ、平家追討のため大豪族海野氏の根拠地であるここ海野郷「白鳥河原」に挙兵した。
馳せ参ずる者、地元滋野一族をはじめ、義仲の四天王樋口次郎兼光・今井四郎兼平・根井小弥太・楯六郎親忠の武将を中心に、信濃、西上州の将兵等約3千余騎が集結した。
白鳥河原で挙兵した義仲は、まず平家の先鋒越後国の城氏の大軍約6万余騎を横田河原にて撃破し、つづいて寿永2年(1183年)5月、越中と加賀の国境砺波山の戦で平家の大群を破り、北陸道・近江を制圧し、同年7月京都入りをはたした。
翌年の寿永3年(1184年)1月、征夷大将軍に任ぜられたが、その十数日後、宇治瀬田の戦で敗れ、近江粟津で戦死した。


しかし、その海野氏も戦国末期の武田信虎・諏訪頼重・村上義清の連合軍に敗れ、約600年
続いた東信濃の名族海野氏の嫡流は滅亡しました。

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白鳥神社は海野宿の入口・・・

海野宿の話はまた明日・・・

[ 投稿者:オコジョ at 19:24 | 北国街道 | コメント(4) ]

この記事へのコメント
こんばんは
海野宿ですね。
ここは初めて行った時に、普通の暮らしが営まれているのに、雰囲気はまさに宿場で大感激。
その後も、お客様がいらっしゃるたびに訪れています。
だんだ、お店も増えていき、どういう訳だか、絹のマフラーを買ったりしてしまいました(笑)

やっぱり白鳥神社の辺りで、義仲は挙兵したんですね。
そんなことを考えると、感慨も一入ですね。

オコジョさんのブログを拝見していて、いつも思うんですが、小諸って交通の便が良い所ですね。
新幹線の駅こそないけれど、普通列車が2つも通っているんですもんね。
軽井沢にも、安く簡単に行けるし。
羨ましいです。
投稿者: 万見仙千代 at 2017-03-07 20:58:36
万見仙千代さんへ
こんばんは
海野宿は歩き始めの田中駅まで、しなの鉄道から10分で行けますから温泉と結びつけて良く行きます。木曽の宿場は古いこのが残っているところが多いのですが。あまりに観光的で。昔の雰囲気を味わうには賑やかすぎますね。
ここも、昔はくらべると賑やかになりましたね。でも、まだ、宿場らしさが強く残っていますね。
妻も、ここに行くと帽子やバックを買ってくる店があります。今回はお休みでしたが・・・

源義仲の挙兵は白鳥神社と考えていいですね。
歴史の変換店の場所といっていいですね。義仲が居なかったらその後の歴史は大きく変わっていたでしょうね。

我が家は駅から歩いて10分余り・・・
厚生病院や市役所ツルヤも10分以内、おかげで、夫婦そろって免許なし、車無しでも暮らしていけます。
投稿者: オコジョ at 2017-03-07 21:42:26
海野宿
こんばんは。
田中宿や海野宿、初めて知りました。
太田宿や鵜沼宿は近くにあるので数年に1度ほどお邪魔してるのですが。
白鳥神社の謂れ、納得しました。
温泉巡り、良いものですね。
今朝はこちら雪が舞いました。まだまだ春遠からじ
と言ったところでしょうか。
投稿者: ハーモニー at 2017-03-08 20:06:23
ハーモニーさんへ
こんばんは
太田宿は一度、仕事で行ったときに寄ったことがあります。木曽川の岸辺にありましたね。時間があまりなくて、本陣当たりだけでしたが、宿場らしい味わいがありますね。
中津川はよく行ったのですが、こちらは宿場の雰囲気は薄いですね。
鵜沼はここから列車に乗って帰ったことがあるのですが、中山道の宿場ということはしりませんでした。よればよかったです。

白鳥神社という神社は長野の松代にもあります。全国的にもあちこちにあって、日本武尊の伝説によるものが多いようです。
寒い時期は温泉になってしまいます。
やはり運動をしないといけないので温泉の前に歩きました。
こちらも寒かったですね。昨日は雪が舞いました。
まだまだ春は足踏みばかりのようです。
やはり彼岸すぎでしょうか。
投稿者: オコジョ at 2017-03-08 21:23:47

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