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浅間山 (9月30日  軽井沢 矢ヶ崎公園より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2017年02月24日
新町(小諸)歴史的遺産散策ウォーキング1  北国街道小諸宿新町
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布引大橋から浅間山・・・

NHKの「ブラタモリ」ではよく河岸段丘が出てきますね。

小諸の千曲川の両岸はほとんど河岸段丘です。ここも見事な河岸段丘の崖となっています。

この河岸段丘の上が、小諸市の新町地区・・・
今回はここの散歩です。
もっとも新町地区はこの写真の河岸段丘の上の両側に広がっています。右側が小諸駅側で、そちらが新町の中心なのですが、写真には写っていません。浅間山と千曲側を撮影した写真なので・・・


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北国街道小諸宿の中心の本町を過ぎ、しなの鉄道の下を潜り抜けると道は桝形となって善光寺方向に向かいます。

突き当たりに天王社があります。

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天王社(てんのうしゃ)は、 牛頭天王・スサノオを祭神とする祇園信仰の神社、ただ京都の祇園の八坂神社ではなく、愛知県津島市にある津島神社の分社のこの名称が使われることが多く、ここもそうかもしれません。

江戸時代の城下図にはこの場所に十王堂(閻魔堂)があったことになっています。今は天王社だけです。天王社は東山道の清水駅付にありましたが住民と一緒にここに移ってきたそうです。昔は領主が移れと言ったら、有無を言わせずに移らなければならなかったようです。

この前に木戸があり、旅人をチェックしました。

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天王社からすぐ左に川へ下っていく道がありますが、江戸時代には柳町と言われ江戸時代の「小諸砂石鈔」には「京柳の馬場通りに似たる故、柳町と号す」と書かれた遊女町でした。昔は先で道は一緒になったそうですが。今は行き止まりです。
わずかで中沢川を渡ります。そして新町に入ります。柳町の対岸になります。

江戸時代は清水町と呼ばれ、城下のはずれで、旅籠のあった形跡は薄く農家が多いようです。伝馬の荷役の馬を飼っていた人々が暮らしていたようです。

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この辺りに「清水の祠」があるということなので、探してみます。
こんな道を探してみました。

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しかしみつからず、ジョウビタキが可笑しな奴が何をうろうろしているのかと・・・

この家は、隣の東御市出身でのちに小諸町長を務めた歌人・宮坂古梁さんの住んだ家、もう済む人が変わっていますが・・・

種田山頭火の「旅日記」には「二之丸阯に藤村庵がある、古梁庵主宮坂さんが管理してゐる、小諸文化春秋会といふ標札も出してある(藤村氏自身は藤村庵を深草亭と名づけた)。」とあります。

懐古園にある藤村の千曲川旅情の歌碑、牧水の歌碑や一師二友の歌碑の建設を進めた人です。牧水は失恋の悲しみと病を療養のために明治43年に小諸を訪れていますが。その時に宮坂古梁は牧水と浅間山丼を一緒にしています。
一師二友の碑は太田水穂が、小諸義塾での藤村の教え子と土屋残星と宮坂古梁の3人の歌を刻んだものですが、樹々の陰で判りにくいのが残念です。

一師二友の碑の宮坂古梁の句を記しておきます。
 
  しら雪にあけぼの匂う浅間山 けむりしずめて高くそびゆる


また小諸善光寺と呼ばれる大雄寺に宮坂古梁の、次の短歌と俳句の碑があります。

  夕日影わが仰ぐ山にさし添ひて 暮るゝを待てばしづかなるかも 

  ちゝ母の 菩提のしだれ 桜かな  


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仕方なく戻りながら探しますが見つかりません。探し方が悪いのでしょうね。

谷底にあるかと中沢川を覗いてみても、こんな寒々とした光景だけでした。

この中沢川は寛保2年(1742)に大洪水「戌の満水」をおこした中沢川です。
この道は昔、対岸の柳町への道が川を渡っていて、北国街道の本堂でしたが、この水害で流され新道が開かれたのが清水町で、新町はそうしたことからの名のようです。

戌の満水で、江戸も利根川・荒川・多摩川が氾濫、本所・浅草・下谷周辺だけで900人を越える溺死者が出たそうです。小諸では浅間山麓からの中沢川・松井川に土石流が発生し、その鉄砲水で、宿場の中心の本町は全滅、死者584人流家373戸・・・
ただ、北国街道の宿場町で、多くの旅人や、旅籠で働く下男下女も多く、死者の把握は困難で、土石流に埋もれて、行方不明になったものも多く、実際の死者は600人をはるかに越えたのではないかとも言われます。この狭い川がという感じなのですが。自然の力は凄いものがあるようです。

追記
このあと、もう一度清水の祠を探しに行って見つけました。
近いうちに紹介したいと思います。

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新町の北国街道を行く・・・

ここは「標高634mのそば屋です」・・・

スカイツリーと同じ高さ、それだけのことですが・・・


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臼田亜浪の生家のところに「社宮司平の祠」という案内がありました。
臼田亜浪については後日改めてアップする予定です。今日はこちらが優先します。見たことのない祠なので・・・

「社宮司平の祠」という案内が細い道にあって導いてくれます。

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こんな欅の木のある高台、ここが社宮司平のようです。

社宮司、又、その関係の神社は諏訪地方には多くあります。

社宮司は淫祠邪教と言われます。邪な神をまつり、人の心を惑わす宗教として、為政者からみると体制的な傾向の民間信仰ということになります。

社宮司のほかにも御社宮神、御社宮司、狭口神、左口、三社口神、左久神、御三宮神、座護神、射軍神、三社宮神、尺神、曲口、社雲神、社軍司、護神、左軍神、左口神、作神、おしゃも神、お杓子神、おしゃくしさん、おしゃもじさま等多彩です。
まとめてミシャグジと言われることが多いですね。
ここの神は誰なのでしょうね。ご神体は石棒だそうですが・・・

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裏に回ると石祠と石仏が祀られています。

ただ、神社によって祀られている神はおなじでは無く、サルタヒコ、アメノウズメ、保食神、お産神、産土神、役除神、諏訪明神御子神などと一定していないようです。
元は素朴な一つの神を祀ったのでしょうが、よく知っている神に変っていったようです。御神体は石棒・石皿・石臼・男根石・立石状自然石などの素朴なものが多く素朴な神です。

ミシャグジ柳田國男はこれを塞の神(さいのかみ)、つまり道祖神とし、大和民族が日本に渡って来る前から日本で古くから先住民の信仰、つまり縄文信仰としています。このほかにもいろいろな説があるようです。

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石仏は社宮司の神ではないですね。五智宝冠を被り。忍者の手の組み方に似ている智拳印、そして宝冠の「वं(バン vaṃ)」という梵字から宇宙の王、世の中を明るく照らし出す密教の本尊の大日如来ですね。ここは神仏共存ですね。日本は昔からですが・・・

諏訪では建御名方神に追放された石や樹木を依代とする古い神たちがミシャグチ神とも言われます。極端な説では諏訪大社の神は建御名方神でなくミシャグチ神だとも・・・
諏訪の土着の自然の神のミシャグジが徐々に日本神話に登場する建御名方神に変わっていったようです。 

こちらの佐久市の中山道岩村田宿近くに曲口神社と刻まれた石碑があります。神社といっても、鳥居や社殿はもちろん祠なく、昔からこの石碑ひとつだそうです。
地元では古くはミシャグッツアァといったそうです。ミシャグジですね。

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昔の清水町の終わりと道は左に曲がる枡形となります。
小諸は宿場町であるとともに城下町だったためか。街道は宿場中で7回直角に曲がっています。ここは江戸側の入口から7つ目の最後の桝形でここが善光寺側の宿場の入口となり

ここを曲がったところには木戸がありました。宿場に入る道にはすべて木戸がありました。
江戸時代は、日の出の明け六ツと共に木戸が開き日の入りの暮れ六ツに木戸が閉まり、夜間は宿場には入れませんでした。見張り番の小屋も有りました。見張りの小屋を見附といいます。
明け六ツは朝に星が見えなくなる時間で、暮れ六ツは星が見える時間です。今のように時計があったわけでなく、現実には顔が見えるかどうかというような感じて、木戸の開け閉めをしていたようです。木戸が開いている時間に間に合わなければ野宿です。昔の旅は大変だったようです。

東京の赤坂見附をはじめとして、あちこちに見附という地名がありますね。木戸(見附)と木戸(見附)の間が宿場です。東京の赤坂見附の場合は江戸城の城門の警護の番所です。江戸城には三十六の見附が有ったそうです。

木戸は宿場の入口だけでなく、があります。城内の武家屋敷などの入口にも木戸がありました。木戸には木戸番がいましたので、町民は簡単に武家屋敷を訪問できたわけではありません。今は良い時代です。

道の正面にはがあります。
鳥居の額にも「諏訪神社」とありますが、地元では「諏訪青木神社」、というより略して「青木神社」と呼びます。わたしも青木神社と呼ぶことにします。

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青木神社は古くはここの西方に東山道の清水駅近くの青木という所に、元文6年(1741)頃に、ここに移さされました。信州は諏訪神社ばかりで、小諸でも「諏訪神社」「諏訪社」と呼ばれる神社は10を越え、名前は違っても「建御名方命」を待っている神社もあります。他の諏訪神社と区別するために「青木」をつけています。前に鎮座していたあたりの地名の青木から「青木神社」としたようです。

「諏訪神社」の名のとおり、諏訪大社の「建御名方命」と「八坂刀売神」の夫婦の神を祀っています。

社の右の石碑には注連縄の下に「南」とあるのですが。なんなのか向いている方向は東なのですが・・・

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「新町区・歴史的遺産散策ウォーキングマップ」青木神社にこんな案内がありました。
地元の方が地区に残る歴史遺産をウォーキングして健康増進をはかろうということですね。良いことですね。活用してほしてものです。で

今回のアップの散歩は、この案内板を見つけて。その直後にもう一度と、2回訪れたものをまとめています。観光的には地味なものですが。生活に密着したこういうもの私は好きなのです。

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小諸宿を出て次の田中宿へ、すぐ分かれ道・・

真っ直ぐが善光寺、左へ行くと布引観音・・・

「布引観世音」の大きな石碑がありますが、江戸時代でなく大正時代のものです。
布引観音は「牛に引かれて善光寺参り」の伝説の発祥の地・・・
北国街道の旅人は善光寺への参拝者が多かったそうです。
「牛に引かれて善光寺参り」と善光寺と関係のある観音様へ参拝するために、布引観音に回り道を旅人は江戸時代には多かったようです。多分。今よりもはるかに参拝者は多かったかもしれません。

[ 投稿者:オコジョ at 07:49 | 小諸 風景 自然 | コメント(4) ]

この記事へのコメント
こんばんは
≪曲口神社と刻まれた石碑があります≫
これ、知ってます!
角新商店の近くですよね。
お正月になると、近所の何方かが、真新しい注連縄を回し、白い紙(名前は何と言うんでしょう)を垂らして、大事にされてるんだなぁと思っています。
ミシャグジというと、諏訪大社と関係あるんでしょうか。
オコジョさんの小諸の記事を読んで、地図を見るのが楽しみです。
中沢川、あんな狭い川が大洪水になったなんて、考えられないですよね。
投稿者: 万見仙千代 at 2017-02-24 20:51:36
万見仙千代さんへ
道の反対側をむいて目立たない碑なのですが、ご存知でしたね。
ここは正式には下曲口(しもしゃぐち)神社というそうです。江戸側から中山道を来ると岩村田宿の前に上曲口神社があるそうです。上曲口神社は私はまだかくにんしていないのですが・・・
どちらも、神社といっても、鳥居や社殿はもちろん祠なく、昔から石碑ひとつだそうです。

ミシャグッツアァといわれたそうですから、諏訪にかんけいがあるとかんがえていいようですね。
別な説では、曲口はここから岩村田の測量を始めたので「尺をいれた口」、「差し金(曲がり尺)をいれた」から曲口(しゃくぐち⇒しゃぐち)と言う説もあるそうです。要するに、この神社の詳しいことはよくわからないということのようです。
注連縄に下げる神は紙垂(しで)と言います。垂、四手とも書きます。
犬の満水は、中沢川が上で堰き止められて、一度的なダムができて決壊、鉄砲水となって椅子っ旬で小諸宿を飲み込み、三の門を押し流したようです。ただ大雨だけならあふれてもたかが知れているのですが。自然の力は怖いですね。
でも、浅間山や、千曲川があっても、東京よりは安全かなと・・・
大都会の地震は、浅間山より怖いような気がします。もっとも、日本のどこでも絶対安全な場所というのは存在しないようですが・・・
投稿者: オコジョ at 2017-02-24 21:38:06
おはようございます
ブラタモリ、我が家も楽しみで見ています。
視点が面白いですよね。
ジョウビタキ、先日我が家にも遊びに来ていました。
二羽一緒に飛んでいたのでツガイかなと思いましたが・・
今朝は凍り付いていましたが今は良い天気になりました^^
投稿者: アメジスト at 2017-02-25 10:24:04
アメジストさんへ
ブラタモリは、なぜこうなったのかという視点ですね。なるほどと、思う所と、はじめに結論有きで、強引なところが見られるのですが、それも、そう来たかと・・・
もっともテレビの番組は、そういうものですね。ためしてガッテンてぜも、とにかくこれは良いのだと・・・
そうかも知れないというのでは面白くないですね。
タモリ村の個性を楽しむ番組ですから、重箱の隅は突いては楽しめませんね。素直にそうかと・・・
ジョウビタキがツガイというのは良いですね。
こちらも朝は寒かったですが、晴れ渡った素敵な日になりました。やはり青空は気分が良くなります。
投稿者: オコジョ at 2017-02-25 13:16:48

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