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浅間山 (12月15日 小諸市東小諸より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習いの、にわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
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2017年01月11日
八日堂縁日  蘇民将来  
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信濃国分寺仁王門・・・

出店が並び賑やかでした。


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御田植祭の翌日1月7日午後から翌8日は、信濃国分寺の八日堂縁日が開催されました。
しなの鉄道の信濃国分寺駅から国分寺への国道18号線・・・

国分寺へ向かう車で大渋滞・・・
国分寺を過ぎた方向は車も少なく・・・

八日堂縁日は上田地方の代表的な祭りで、交通規制がひかれるなど大いに賑わいます。
信濃国分寺はしなの鉄道の信濃国分寺駅から歩いて5分ですので本当は電車の方が楽なのですが、車に慣れしまうと、わかっていても車をやめられないようです。

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この行列は本堂への参列者です。
私たちは午後2時半過ぎで列は境内の中までで30mくらいでした。この写真は帰りがけの40分くらい後でしたが、その4倍くらいになっていました。200mの参道いっぱいになるのは時間の問題のようでした。

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真田丸の赤い幟と「真田 徳川 会見の地」の碑・・・

こんなもの無かったなあ・・・

江戸時代に書かれた「信州 上田軍記」では、第二次上田合戦で、小諸城に本陣を張った徳川秀忠は、上田城に使いを出し降伏するか戦うかを問います。これにたいして真田昌幸は、使者を国分寺に待たせて、丁重に応対したことになっています。昌幸は翌日に徳川方についた嫡男・信之を通じて、助命懇願を行い秀忠は受け入れます。その翌日に態度を変えて挑発的になり、戦いとなります。こうした駆け引きは昌幸の籠城のための時間稼ぎだったというものです。

「真田 徳川 会見の地」、ここ国分寺という訳です。

たた、この話の信憑性は高くはないようです。
戦国時代に国分寺は三重塔を除く堂宇は戦火によって焼失して、関ヶ原のころは一番荒廃していたようです。
また、この話が出てくる「信州 上田軍記」は、江戸時代に真田側によって書かれたものです。秀忠が関が原に向かう途中。行きがけの駄賃に上田を降伏させようとしたが失敗して合戦に遅れて、家康に怒られたとなっています。実際は家康が、上田攻めに出陣させた秀忠を急遽関ヶ原に詠んだというのが本当です。

こうした話が本当として伝わってしまう。歴史の真実は本当に知るのは難しいと言えます。こうしたものが物語のほうが、真実より、はるかに面白いですから・・・

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本堂が近づいてきます。

地元では国分寺より八日堂のほうが通りがいいです。「国分寺に行ってきた」と言わずに「八日堂へ行ってきた」といいます。

信濃国分寺は毎月8日には金光明経 (こんこうみょうきょう)の読経が行なわれ、縁日の市が立ったことから八日堂とよばれました。
今でも縁日では7日より本堂では、護摩が焚かれ読経が行われます。

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信濃国分寺本堂は戦国時代に焼失して、33年の歳月をかけて再建しているそうですが、完成は幕末の万延元年(1860)だそうです。他の堂宇はもっと早く完成していたようなので。そうした堂宇を本堂としていたのでしょうね。

国分寺本堂の軒唐破風付きの向拝・・・
立派な彫刻ですね。
軒唐破風の鳳凰は、引き締まった力強さが感じられます。

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左は木鼻の唐獅子・象・・・
右の虹梁の龍も芽をランランと光らせてこちらを睨んでいます。

本堂建設の、大工棟梁が耳取村(小諸市)の田島喜平、彫工は上沢村(上田市)の竹内八十吉、瓦師は三河から招かれたそうです。大工棟梁のあたりはこの地方の大工・彫工の名工でした。

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この本堂はたくさんの寄進によって建てられました。そのために柱・梁・扉などいたるところに寄進した者の名前が刻まれています。尾根の瓦にもこの通り・・・(写真 左)
真ん中のお方はどなたでしょうか。鬼では無さそうですね。屋根にはよく鍾馗さんがいますから、ひげがありますので鍾馗さんかもしれませんね。

下は、昨日、新海三社神社の御田植祭の登場人物のひとり少名彦名(すくなひこな)です。
反対側にもう一里いらっしゃるのですが。そちらは神農像だそうです。

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本堂内で初詣で・・・

信濃国分寺は天平13年(741)聖武天皇の国家の繁栄を祈るという勅願で全国に建立に建立された国分寺の中のひとつです。ただ、全部の国分寺の完成したのは約30年後だったといいます。信濃国分寺の正確な完成はわかりませんが、寺の規模、信濃の財力などを考えるとかなりの歳月がかかったことと思います。しかし、国分寺は天慶2年(939)の平将門の乱で焼失し、約300m北方の現在の地に移転しました。
そして、武士の台頭により律令制度が崩壊して国分寺信仰は、漸次衰退に向かいます。鎌倉期以降は民衆によるに新しい仏教の復興が始ります。

この国分寺も本尊も釈迦から薬師となり天台宗の寺として生まれかわり現代に至っています。

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八日堂縁日でもっとも有名なものが蘓民将来符(そみんしょうらいふ)です。
蘓民将来符は八日堂縁日で参拝者たちに授ける招福除災を祈る護符です。

妻が選んだ2つを受けてきました。
一つは我が家へ、もう一つは毎年、八日堂縁日に来て蘓民将来符を受けていた義父のために・・・

17蘇民将来についていた由来・・・

蘓民将来符は、柔らかく加工しやすいドロヤナギの樹を六角形に削って、「大福長者蘓民将来子孫人也」を六面に大福・長者・蘓民・将来・子孫・人也と二字ずつ手書きで書き分けています。全て手作りの良さがあり、素敵な形と図柄は民芸的に格調が高く、地域色も豊かで、民俗学的にも貴重で蘇民将来符は昭和43年4月には上田市の民俗文化財に指定されました。また蘇民将来信仰の典例として平成12年12月に「八日堂の蘇民将来符頒布習俗」として、国選択の無形民俗文化財になっています。
蘇民将来符配布は全国各地にありますが、室町時代より500年以上続いています。。

蘇民将来
我が家にある蘓民将来符・・・

全部ではないですが・・・

大きいものから小さなものまで。7種類あります。

一番左のものはもう45年も昔でしょうか。割れていますね。
生木を使っていますので、割れるものも、ありますが、それも味です。

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境内の一角は福だるま市となっています。
他にも、招き猫や熊手などの縁起物が並びます。

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こちらは大黒堂・・・

行列ですね。こちらでダルマに目を入れてくれます。

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縁日の間は鐘楼が開放・・・

誰でも鐘をつけます。
素敵な音が響いていました。

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室町時代に建立された国の重要文化財の三重塔です。

出店が多くていい角度から撮影できません。
信州で一番大きな塔なのですが・・・
力強さを感じさせる塔です。

P1980509国分寺跡
昔の国分寺跡を通り抜けて帰ります。

300 (1) 300 (2)たくさんの出店この後、温泉によって、小諸に帰って、ささやかに食事・・・

駅前通りの和食処、花篭御膳といったかな・・・
昨日はラーメンでしたから、少し贅沢といっても。高いものではありません。
これにコーヒーがついて1300円ですから・・・

[ 投稿者:オコジョ at 08:09 | 千曲市・坂城 | コメント(6) ]

この記事へのコメント
真田
 郷土の出の 草刈正雄が 年取っていい味出して面白かった前半は テレビを見ていました。年末の審査員に出るよねと 嫁と言っておりましたら 出席これも前半少し見ました。池波正太郎の「忍者 丹波大介」 読んでいます。雪中のお参りでなくてよかったですね。
投稿者: 小紋 at 2017-01-11 09:20:17
こんにちは
縁日は楽しいものですね。
縁起物を求め今年一年の招福除災。無病息災を祈ると安心感がありますね。

五島に来たばかり
教会の見学の折鐘を鳴らしたらシスターが飛んできて叱られたことを思い出します。
島の人はこの音を聞いて時間や祈りをささげる目安にしていると聞き恥ずかしくなりました。
縁日の間の鐘を自由につけることはいいですね。
美味しいお食事をしていいなァ。

五島はお天気いいのですが寒い日でした。
投稿者: やぶ椿 at 2017-01-11 16:05:33
小紋さんへ
草刈正雄さんはそちらの出身でしたか、素敵な俳優さんですよね。
NHK 美の壺を良く楽しんでみています。
紅白は全く見ないで。息子と飲んでいました。毎度のことなのですが・・・

この時期の行事は雪があると考えてしまいます。おかげで素敵な神楽が見られました。
投稿者: オコジョ at 2017-01-11 20:42:18
やぶ椿さんへ
祭りはわくわくするものがありますね。
御利益は期待しないことにしていますが。気持ちの切り替えになりますね。
来週はダルマを毎年の縁日で受けてきます。

鐘は本来、「時の鐘」で時を告げるものでしたね。教会の鐘も、そうした役割があるのですね。

私の町にも、除夜は従に撞いてもいいところがあります。108は無視でずっと多く鳴ります。
たくさんの願いが響くことは良いことかもしれませんね。

こちらも寒い日でした。明日もソムいようですが。陶芸の会があるので出かけます。晴れるようなのでそれが一番です。
投稿者: オコジョ at 2017-01-11 20:50:07
無題
こんばんは。

蘇民将来
私、信州に来るまで全然知らなかったんです。
TVで必ず「八日堂縁日」のニュースをやりますよね。
縁日でお店がいっぱい並んで、楽しそうです。

ささやかなお食事。
美味しそうではないですか。
こういう、小鉢がたくさん並ぶ食事は、何となく得した気分になれますよね。
投稿者: 万見仙千代 at 2017-01-13 21:27:10
万見仙千代さんへ
こんばんは・・・

蘇民将来符は、手書きで手づくりの良さがあります。
鼻顔稲荷神社の初午、北向観音の初詣、この八日堂縁日は東信で一番賑わう、寺社の行事のようです。

ご馳走と言えませんが、年寄には程よい量です。
高いものや珍しいものはないのですが、美味しくて、リーズナブルなところがお気に入りです。
投稿者: オコジョ at 2017-01-13 21:46:56

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