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浅間山 (4月16丁目日 小諸市山浦より)
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このブログでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。
狭い地域のことで、日記的な意味合いもあり、同じ内容を何度も繰り返して、マンネリ化していて新鮮味に欠けています。
書いていることは、一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


営利目的や記事に関係のないコメント、英文のコメントは、予告なく独断で削除させていただきます。

2011年04月14日
御牧ヶ原(小諸)1 上の平から御牧ヶ原
1
上の平から御牧ヶ原へ登ってみました。もっとも大杭や久保を訪ねた日とは違います。

我が家から御牧ヶ原の台地が見えます。でも、わが家は御牧ヶ原より低く、千曲
川の対岸の山に見えます。

鳥なら人っとびなのですが・・・
2
我が家は標高670m、御牧ヶ原へはいったん千曲川に下ります。その千曲川を渡
る千曲川の戻り橋は標高580mです。そこから標高800mの御牧ヶ原台地へ断層
の崖の上へは230メートルの登りです。

3
わが家から直線なら2キロ、車のない、私には、でかけるにはなかなか勇気がい
ります。小人の勇気ですが・・・

でも、時おり、ママチャリを引っ張り出して、出かけます。

こんな山の畑や、棚田を見ながら道を登ります。

5
採石場の後・・・

表面は土のように見えてもその下にはこんな岩がつまっている場所はこの辺では
当たり前か知れません。

7
標高800m近くで御牧ヶ原の端にたどり着きます。

苦労して登ったところはこんな感じです。
苦労した割には平凡です。

6
登りきって、一息ついて、浅間山が素敵ですが、小諸の町を眼下に・・・

この町から千曲川へは100メートル下ります。
そして、そこからここまでママチャリをただひたすら押し上げました。(笑)

8
いつもこの寄り添う松林にホッとします。

車なら見向きもしないのでしょうが・・・
苦労は人のためならず・・・・
でも、素敵だと思いませんかと、皆様に押し付けます。

9
天国と地獄・・・それほどオーバーで歯ないのですが・・・
断層の絶壁の上はこんな原です。

名馬望月の栗毛の駒ものびのびと走れ回れそうです。

10
御牧ヶ原の大地の向こうの蓼科山・・・

昔々、もっと昔、蓼科山よりもっと高い山があの辺りにあって崩れて、土石流が
この大地を埋め尽くし、盛り上がり台地を作りました。

そんなことは、誰も知らなかった太古の夢の中のことです。
そこに今、人々は生活の場を見出しています。

東北の人たちも一日も早く、そうした日々が来ますように・・・・
原発には基本的には、私は反対ですが、それ以上に自然の力の凄さを感じます。

そして、原発以上に地球温暖化を憂います。
地球温暖化でオゾン層が破壊して、今回の原発よりも遥かに凄い放射線が宇宙か
ら降り注ぐ・・・

その中で、人類は生きていけるのかと・・・
私との答えは否定的なのです。
すべての生物はいつかは滅びる。
人もまた・・・

でも、自ら滅びの道を急いでほしくないと・・・・

12
御牧ヶ原にある茶廊 読書の森です。

店の近くの道は、滅多に車の通らない、小諸からの私の登って来た道です。
普通なら、知らずに通り過ぎます。
こんなところに珈琲を飲みに来る物好きがいるのかと・・・

でも、もう10年以上、ここで営業を続けています。

『信州・浅間山麓から』という素敵なブログを続けている蒼山庵さんは、ここの
常連です。蒼山庵さんは知らないでしょうが、私は彼と同じ会社で、同じ独身寮
で暮らし、同じ職場で仕事をしました。もっとも蒼山庵さんは課長、私は平でし
た。やがて、蒼山庵さんは私の会社を去り・・・・
どうでもいい話ですね。発想はユニーク、光を巧に使う写真は素敵でした。
そうした、素敵な人々が、この小さな茶廊を支えているようです。それは素敵な
ことです。お近くに着ましたら、ぜひ、お寄りください。

ここは、小諸の名水の「弁天の清水」の湧き水をつかって、そのたびに一杯ずつ
ネルのドリップで珈琲を入れてくれます。まろやかでお勧めです。

13
ここの人気者とロバの「ジグ」とヤギの「カノン」・・・
音楽好きの御主人の趣味が伺われます。

15
浅間山の前のこの素敵な木・・・
もっとも、もっと素敵な木も

でも、それぞれの木にそれぞれの個性・・・
そしてみるものにも、それぞれの思い・・・
この木もやはり素敵です。

19
この道の上は「遼太郎の丘」というそうです。
遼太郎は司馬遼太郎で、著書『街道を歩く』の表紙にこの道が使われたそうです。
しかし、私は司馬遼太郎の作品は呼んだ記憶がなく、どんな写真なのかも知りま
せん。調べれば直ぐわかりますが、知らないと言うのも夢がありそうです。

23
「空に至る道」という発想は素敵です。
この道も、「空に至る道」といっても良いかもしれません。

昔、絵と写真と文の「山の組曲」という本に幻想高原という写真がありました。
言葉という説明も写真を引き立てますが、私の写真ではどんな言葉も無理ですね。

17
浅間の雪は輝いて・・・

御牧ヶ原は春浅く・・・
そんな御牧ヶ原を明日、明後日と少し、散歩してみます。
[ 投稿者:オコジョ at 07:44 | 小諸 風景 自然 | コメント(4) ]

この記事へのコメント
無題
「空に至る道」春は名のみの・・歌が似合いそうな道ですね。
そこにある山も木も
お互いに引き立たせようとしているのではなく
そこにあるから素敵なのですね。
オコジョさんの写真を見ているだけで、思いは大きく膨らみます。時には、両親が田んぼから手を振っている姿までも見えてきます。畦道の小川のドジョウすくい、田螺の投げ合い・・・・も

御牧原と御牧ケ原は同じですか?
小中高の同級生で
印内の山の御牧原から通っていました。
すごく山の中だったらしいです。冬の間は親戚の家から通ってましたので。
懐かしい地名です。
投稿者: やぶ椿 at 2011-04-14 11:33:22
無題
小宮山量平さんの「千曲川四部作」に幼いころ御牧が原を通って望月の親戚に行く場面が出ています。幼い子どもが徒歩でこの坂を上がっていったのですが昔はみんなそうだったのでしょうね。
比高200m、自転車はきついでしょうね、もっとも自転車か徒歩でないと散策はできませんが。私の生まれたところは480mくらい、無人駅が630mでとうじは何の疑問もなく歩いていましたが。
投稿者: ヒキノ at 2011-04-14 17:59:21
やぶ椿さんへ
こちらの春は遅いですね。
でも、ウグイスも鳴いていますし、日々、緑が少しずつ増えてきています。

されぞれが、勝手に生きているようでつながっているのが、自然なのかもしれません。
そのどれかが崩れると連鎖的にいろいろな生物が減ったり、逆に増えたりします。
その引き金を引くのは、困ったことに人のことが多いようです。

いつも、同じような代わり映えのしない記事ばかりですが、
昔の故郷のことを思い出していただけるならうれしいことです。
小さな流れをせき止めて、ドジョウを採るという悪戯をしましたっけ・・(笑)

御牧原と御牧ヶ原は同じ台地の上ですが、地名の問題です。
小諸での地区名では御牧ヶ原、旧望月町、旧浅科村と旧北御牧村では御牧原を
使っています。今は、東御市と佐久市ですね。
やぶ椿さんのほうは御牧原ですね。
目には見えない小諸市の境を越えると名前が御牧ヶ原となります。

すごく山の中ですが、茂田井よりも平らかもしれません。
投稿者: オコジョ at 2011-04-14 21:10:50
ヒキノさんへ 御牧
「千曲川四部作」は名前は知っていますが、読んだことはありません。
御牧ヶ原を越えていくのですね。
昇って降りてですが、時間的には距離的に近く早かったのでしょうね。
昔の人は比高200mはなんとも無かったようです。
御牧ヶ原の子供たちは千曲か千曲川辺の小学校へ、中学生はそこから
100メートル登りなおし・・・
足が丈夫になるわけですね。
最近は親が送っていくケースが多いようですね。

この上に行くバスもありますが、確か平日2往復、散策には使えません。
でも登ってしまえば、下りは楽、でも昇り直しが(笑)

子供の頃は学校から比高150メートル近い千曲川に良く遊びに行きました。
そういうものでしたね。
投稿者: オコジョ at 2011-04-14 21:14:46

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