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浅間山初冠雪(11-3 小諸市平原)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習いの、にわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
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2010年12月10日
小牧山あたり(上田)1 大屋から丸子国際音楽村へ
1
しなの鉄道、大屋の大石橋からの千曲川です。

見えているのは300メートルばかり上流の大屋橋です。
今回は、この橋を渡ったほうが近いのですが、寄り道は私の常です。

背後の山で白い雪を被っているのは浅間山です。

2
北国街道沿いで、大屋橋の袂にある大屋神社です。

大屋神社の北国街道時代の本殿は火災で焼失して、明治34年の建物です。
本殿のほかにも神楽殿が会ったようですが、再建はされなかったそうです。
ここは何度か紹介していますので、詳しい説明は省いて先へいきます。

3
境内に猫石という石があります。
平成15年千曲川の大石橋架け替えのときに約180トンの大石(溶結凝灰岩)の猫
石は破砕されましたがその破片だそうです。

猫石にはこんな伝説があります。

平安時代に蝦夷征伐に征夷大将軍の坂上田村麻呂が出兵しました。しかし、田村
麻呂の軍は大屋でここまで来て千曲川を渡ろうとしたところ、橋はなく浅瀬の位
置もわからず困り果てました、
そこに伊豆区からとも無く猫があらわれ、川の浅瀬をわたって大石へ登って向こ
う岸に渡っていったそうです。田村麻呂たちは猫のわたったところをたどり無事
千曲川を越え、その後大岩を猫岩と呼ぶようになったというお話です。

境内には3匹の猫がのんびりと日向ぼっこをしていました。
昔の川をわたった猫の子孫でしょうか。(笑)

5昭和58年
双体道祖神がありました。
隣の東御市にはたくさんの双体道祖神があるのですが、上田に入ると道祖神の文
字碑ばかりです。別所の奥の野倉というところにすばらしい双体神があるのです
が、例外的といえます。こうした文化の境界がスッと引かれてしまう、なんとも
不思議なのですが当時はもっともな理由があったのかもしれません。

最近はそんな上田にも双体道祖神が増えてきました。
でも、戦後以降の神ばかり、この神も昭和58年のものでした。
でも可愛いですね。何百年も立てば貴重なみのになるかも知れません。

6
大石橋あたりの千曲川・・・
といっても、川の名前はどうでもいいような・・・(笑)

7
大石橋からの千曲川と通称、小牧山です。
今回はこの山を越えて上田までの予定です。

8
大石橋を渡り河原に降りてみました。
橋の下に岩が見えますね。
これが目的です。

9
近寄るとこんな何の変哲もない岩です。
大屋神社の猫石の破砕された残った一部です。

なんと言うことは無いのですが、こうしたものを見るのは嫌いではありません。

10
大石橋と大屋橋はわずか300メートルと書きました。
千曲川の車の通れる橋と橋の間隔としては一番短いようです。。
この橋は当初、道路橋ではなく、大正7年(1918)丸子鉄道(後の上田丸子電鉄
丸子線)の千曲川鉄橋として、大屋橋とならぶようにかけられました。昭和44年
(1968)に鉄道は廃止されましたが、橋は解体されずに道路橋として残りました。
この橋も昭和3年、平成13年と千曲川の増水で壊れました。一部に廃止という意
見も有ったようですが、架け替えられました。
橋に続くこの道は昔は電車か昭和44年の廃線まで走っていた軌道跡です。

11
秋の名残・・・

12
コンサートのあるときは谷沿いの田んぼの中の道を辿るのですが、今日は時間も
有るので遠回りして、ビュータウン茂沢という新しい団地近くを通る路を辿って
みました。古くからある道ではないので何も無いかなと・・・
でも知らない道は何かありそうで好きです。
左奥のきのこのような建物が、第一の目標の丸子国際音楽村です。

13
何かありました。井戸跡です。何も知りませんので案内板を読んで見ましょう。

下井戸の由来
この井戸は、文久三年(一八六三)浄源寺で百日間に亘って開かれた江湖會(僧侶の修行の会)の際、参会僧侶延べ四千二百七十人の飲用水のほとんどをまかなったと言われる。
また、泉源の井戸の中で、この井戸だけは水質もよく、どんな干天にも枯渇した事が無く、村中がこの井戸を利用したと伝えられる。
古道の傍らに在ったため延享(一七四六)の頃出来た「茂沢の渡し」の旅人も利用したことだろう。水神様も祭られている。
平成五年二月から北陸新幹線丸子トンネルの堀削残土が当地区に搬入されることになり、歴史的な遺構が埋没されるに忍びないので関係者のご協力により、ここに移動した。

15
左は案内板にある水神様と道祖神です。
少し上には、お地蔵様も祀られていました。

17
こんな景色が気に入りました。

18
千曲川からだいぶ登りました。
信州国際音楽村はもうすぐです。

19
今回は裏側から信州国際音楽村に登りました。
見慣れた路とは違って新鮮です。
こんなものがありました。

木の樽を使ったドラム・・・
そっと敲いてみましたがなかなか奥深い音がしました。

20
信州国際音楽村の木造野外ステージ「パノラマステージひびき」です。
信州の名物、落葉松による湾曲構造で日本一大きな純木造りの野外ホールです。
木の優しさと、自然の開放感・・・
たた、私はここで音楽を聴いたことはありません。

22
昭和62年3月に開設した信州国際音楽村「ホールこだま」です。落葉松を大き
くカットした湾曲集成材を採用したホールです。純木造の音楽ホールとしては
日本最大で、林野庁のモデル木造施設建築補助事業で建てられました。
国産の木を使おうという趣旨のようです。
客席数は長椅子で300席といっていますが、200人くらいが適当で、国際とい
うのが恥ずかしいような可愛いらしいですが、でも素適なホールです。

先日クリスマスコンサートが行われた友人の所属するピアニストの会の演奏会
が毎年行われ、屋根裏の録音照明場で録音を担当しましたが、もうそこに昇る
梯子を辿って録音しに行くのは私の体では無理です。

ほとんど天井に近い場所からステージを見下ろしたことを懐かしく思い出してい
ました。
[ 投稿者:オコジョ at 08:49 | 上田市・小県郡 | コメント(0) ]

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