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浅間山 10月9日 (小諸市飯綱山より)
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 このブログでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。
狭い地域のことで、日記的な意味合いもあり、同じ内容を何度も繰り返して、マンネリ化していて新鮮味に欠けています。
書いていることは、一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


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2008年10月30日
御所平   尾崎喜八によせて
  「御所平」   (尾崎喜八「山の絵本」御所平と信州峠より)

一里むこうの大深山(おおみやま)はまだ華やかな夕陽(ひ)だが、
山陰はもうさむざむとたそがれた御所平。


10

山の詩人、尾崎喜八の本は何冊か手元にあります。
なかでも「山の絵本」は繰り返し読んだ本です。
その中に「御所平と信州峠」という一文があります。
この「御所平」は、その中に挿入されている詩です。
この詩は、尾崎喜八には、珍しく各節の終わりに「御所平」とリフレインがあり
リズミカルな中に山村の寂しさと、厳しさ、あたたかさを伝えています。

青字は尾崎喜八「御所平」の詩、緑字は「山の絵本」からの引用です。

尾崎喜八と義弟は昭和10年1月2日の夜行列車で新宿をたち、夜明け前の小淵
沢駅に降り立ちます。列車の中でさえ氷点下6度で、どうせ寒いのならと、ホー
ムで足踏みしながら山々を見ていました。ここから当時の小海南線の終点の清里
から、旅が始まります。
二人は40センチの雪の中、歩きにくい道だったとおもいますが、八ケ岳や南ア
ルプスの山の楽しみ植物のことや地元の人々との出会いを素敵な優しさをこめた
文章で綴っています。
二人は、念場ガ原(野辺山)を越えて御所平に入ります。
途中、私の好きな一節があります。

それならば、これが「さらば」だ。
思い出の中でのみ滅びないものよ、さらば!

2

四つ割りの薪を腰に巻いて、
注連縄(しめなわ)張った門松に雪がちらつく御所平。


ここは部落の外れの住吉神社です。正月には初詣の人が訪れそうです。
「御所平の部落に入れば鏡のように凍った往来の両側には
門松が立ち、女・子供が遊んでい、さすがは蕎麦の
名所の川上も正月らしかった。」

と、詩人は書いています。

4

海ノ口への最後のバスが
喇叭鳴らして空(から)で出て行った御所平。


当時の小海線は小海南線と小諸から海ノ口の小海北線があり、この歳に小海線は
全線開通となりました。
御所平は、今の信濃川上部落からほんの少し、千曲の川辺にあります。
八ヶ岳と奥秩父、南佐久とぐるりと山に囲まれた、谷沿いの部落です。

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腕組しておれをながめる往来の子供たちが
みんな小さい大人のようだった御所平。


近くの小学校の校庭で遊んでいた子供たち、腕組して往来の子供の子孫が
いるのかもしれません。

5

楢丸一俵十八銭の手どりと聴いて、
ご大層なルックサックが恥ずかしかった御所平。


今で、こそ、日本一のレタス産地で、豊かな自然を求めて、観光客、登山者、
釣り人が訪れますが、当時は信州でもっとも山奥の寒村で゜樵、炭焼き、そし
て、数少ない登山者や秩父からの山越えの人の宿などで慎ましく暮らしていた
ようです。楢丸一俵は楢の炭を打っても十八銭という厳しい生活に、遊びに来
ている己の後ろめたさを感じたようです。こうしたところに詩人の優しさが
感じられます。

6

それでも東京の正月を棒にふって、
よくも来なすったと迎えてくれた御所平。


そして温かく迎えてくれた人々への感謝の気持ちを忘れません。
最近の一部の中高年の登山者の山小屋での態度は、目に余るものがあります。
泊ってやる、客だという態度が鼻につきます。
あたりかまわず、部屋が汚い、風呂が無い、食事が粗末、挙句のあてに酒盛り。
東京の銀座にでも遊びに行けばいいのに・・
我が家の子供たちは、粗末な小屋に慣れっこで、いつも、そんな大人たちを
呆れてみていました。

7
ああ、こころざしの「千曲錦」の燗ばかりかは、
寒くても暖かだった信州川上の御所平・・・


「私たちはくたびれた足を丸正旅館の土間へ投げたした。ゲートルや靴についた
雪は硝子のように凍っていた」

この道の右側に「丸正旅館」という看板が見えますね。
詩人の泊まったという旅館です。
注意しないとわからないような小さな古びた宿です。

「千曲錦」はこちらの地酒です。我が家にも、現在あります。
今晩は燗をつけて、詩人を偲ぶことにしましょうか。

15
そのなつかしい御所平を、
味気ない東京の
夜の銀座でぼんやりおもう。


これは私の帰る列車です。

詩人たちは、翌日は雪の信州峠を越えます。
そして黒森集落の一軒のあばら家の囲炉裏場端で昼食の場を借ります。
そこの主婦の「死ぬまでには一度でいいから東京って所が見たいものだね」
いうことばに、「東京を見たらこの黒森のよさがはっきりわかるでしょう」
詩人はいっています。

21
この写真はひとつ奥の原の部落からの信州峠への道です。
詩人のたどった頃は、もっと細い道だったはずです。
左奥の山は高登谷山で、この山を登って、この道を下ってきたことがあります。
しかし、車の通る信州峠を歩いて、越えることは私にはなさそうです。

12
尊敬する尾崎喜八の詩をバラバラにして
つまらない蛇足をつけて、長々と書いてしまいました。
信濃川上駅のレールの上で、私を見ている猫も呆れ顔です。

1
最後は御所平から一番立派に見える男山です。

[ 投稿者:オコジョ at 07:30 | 南佐久・清里 | コメント(6) | トラックバック(0) ]

この記事へのコメント
無題
オコジョさん こんにちは・・・。昼下がりラジオを聴いているような気持ちで記事を読ませてもらいました。笑)
家の中でPCに向かっています・・・不健康な秋の一日です。
投稿者: ひげ at 2008-10-30 13:34:09
ひげさんへ
こんにちは
お粗末でした。
多分、尾崎喜八先生の詩がいいんですね。

ここは、田舎の小さな部落、何処にもあるような
小さな部落です。
詩人の手にかかると、いってみたなと・・・
投稿者: オコジョ at 2008-10-30 14:47:08
猫の目
尾崎喜八という詩人は知りませんでした。素敵な詩ですね。線路の猫ちゃんは大丈夫でしょうか。いえ、なんかメタボ気味に見えます。この猫ちゃんは東京を一度も見ずに終えるのでしょうか。それでも幸せそうです。
投稿者: 朝顔 at 2008-10-30 17:31:20
朝顔さんへ
尾崎喜八は山の詩をたくさん書いています。
そしてたくさんの随想をかいています。
人間味のある素敵な人です。
線路の猫ちゃんは、だいぶおっとりとし感じでした。
カメラを構えると、やがて、ゆったリと去って行きました。
そうかなり重そうでしたね。
でも、レールの上にこうして坐れるのですからバランスはいいようです。
投稿者: オコジョ at 2008-10-30 18:38:26
地図を片手に
 読んでいます。信州峠はわかりますが 家の地図では 御所平はわかりません。目が悪くなって みえないのかも・・・・ざんねんです。千曲錦 おいしそうですね。
投稿者: 小紋 at 2008-10-31 21:15:10
小紋さんへ
御所平は小海線の信濃川上駅、近くの集落です。
尾崎喜八の歩いた、このコースはいま、全て、車で、走り抜けられます。
寂しいというか、味気ないというか。
千曲に式はなかなかの味です(笑)
投稿者: オコジョ at 2008-11-01 07:45:48

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