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浅間山 5月08日 小諸市耳取より)
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このブログでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。
狭い地域のことで、日記的な意味合いもあり、同じ内容を何度も繰り返して、マンネリ化していて新鮮味に欠けています。
書いていることは、一応は調べて、掲載していますが、六十の手習い・・・
もう70過ぎていますが、年寄のにわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
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2007年10月15日
鎌倉 寿福寺と英勝寺
寿福寺
1寿福寺1寿福寺総門
寿福寺は鎌倉五山の第三位のお寺です。
五山は、禅宗で最高の格づけの五大寺です。
中国の南宋の五山十刹制度にならい、鎌倉時代に鎌倉の禅寺に定められました。
その後、室町初期には京都に京五山が生まれています。
京五山は天竜寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺で、五山の上に南禅寺がおかれました。
鎌倉五山は第一位建長寺・第二位円覚寺・第三位寿福寺・第四位浄智寺・第五位浄妙寺となっています。
北条時代の禅宗の面影を今に伝えている寺たちです。
総門はそんな歴史を感じる重厚さに満ちていました。
寿福寺参道
寿福寺は臨済宗建長寺派の寺です。
寿福寺は、奥州征伐に向かう河内源氏2代目の源頼義が勝利を祈願したといわれる源氏山を背にした源氏家父祖伝来の地です。
源頼朝の父・義朝の居館がここにありました。
1180年(治承4年)に初めて鎌倉入りした頼朝は、ここに幕府を置こうしましたが、頼朝の御家人の岡崎義実の堂宇があり義朝の菩提を弔っていたためと、土地が狭くて諦めたといわれます。
源頼朝は源頼義の子孫で6代目になります。
総門から中門へは木立のなかの石畳の静けさに満ちた参道をたどります。
身が引きしまる想いがあります。

1寿福寺2寿福寺仏殿
寿福寺は、頼朝の没後、北条政子が夫の菩提を弔い、正治二年(1200)に明庵栄西を招いて創建しています。

境内は非公開で入ることは出来ませんが、中門から仏殿を見ることが出来ます。
質素ですが、屋根の緩やかな曲線が優雅で、鎌倉武士の気概を感じさせる力強さがあります。

1寿福寺3寿福寺鐘楼
創建当時は七堂伽藍の14の塔頭を有する大寺院だったそうですが、1258年(正嘉2年)の火災で全てを焼失南北朝時代の頃にと思われる。
寿福寺には、多くの名僧が入寺し、鎌倉の禅宗文化の上で、重要な存在だそうです。

英勝寺(えいしょうじ)
2-1英勝寺英勝寺仏殿
浄土宗の英勝寺は大田道灌の父の道真以来の居館があったところです。
また、鎌倉唯一の尼寺として知られています。

この建物は仏殿です。仏殿は、棟札によれば、寛永十三年(1636)に英勝院が建立していますが、現在、仏殿の梁牌(りょうはい)には寛永二十年に徳川頼房が建立したという銘があります。これは最初英勝院が建立した仏殿を徳川頼房が現在見られるような立派な仏殿に改築したものと思われます

2-2英勝寺英勝寺鐘楼
大田道灌の曾孫・進六郎康資の娘の、お梶の方は天正18年に家康の側室でした。
家康の亡き後、お梶の方は出家して寛永13年(1636)にこの地に念仏堂を建てました。

2-3英勝寺
お梶の方は徳川家康の十一男で御三家の水戸徳川家の藩祖水戸頼房の准母でした。
准母(じゅんぼ)とは、本来は母が崩御した後に即位した天皇の母に准ずる女性を作りました。即位する時に母がいないと不吉とされたためだそうです。

境内には彼岸花が綺麗でした。

2-4英勝寺
水戸頼房はお梶の方のためにこの寺を作り、お梶の法名をとって英勝寺としました。
た。昔は水戸御殿と呼ばれた程の格式の高い寺だったそうです。

2-5英勝寺英勝寺阿弥陀如来
英勝寺の三代将軍の徳川家光寄進の本尊の阿弥陀三尊像です。
中央が阿弥陀如来で、右は観音菩薩と左は勢至菩薩の合わせて三体が本尊として祀られています。

2-6英勝寺英勝寺
境内には見事な竹林がありました。
大きな栗鼠もいました。

阿仏尼(あぶつに)のやぐら
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英勝寺のそばの崖をくりぬいた中に「十六(いざよい)日記」の著者で知られる阿仏尼の墓があります。
阿仏尼は藤原定家の子・為家の後妻でした。
為家の所領をめぐる直訴のため京都から鎌倉への16日間の日記が「十六日記」です。
しかし、元寇の最中で、訴訟は放置されたまま、阿仏尼は鎌倉で亡りました。
阿仏尼の子の為相はのちに分家して冷泉家を起こしました。
子・為相は線路向かいの淨光明寺に眠っています。
[ 投稿者:オコジョ at 07:39 | 旅 (地域外) | コメント(10) | トラックバック(0) ]

この記事へのコメント
鎌倉
連日のお役目、お疲れ様。
そして、ブログのアップもありがとうございます。
私にとっては近場なのに、オコジョさんのブログで認識を新たにしたところもたくさんありました。
今日の鎌倉も、流石オコジョさん。
目の付け所が違います。
オコジョさんの観光コースを辿るのもいいな~と思ったところです。
投稿者: こむぎ at 2007-10-15 07:58:50
鎌倉には
歴史と由緒のある寺院が多く
一日では、全てをゆっくりと
拝観するのは難しいですね。
オコジョさんは、のんびりと秋の鎌倉散歩、
良い一日をお過ごしになりましたね。
投稿者: 良さん at 2007-10-15 08:38:08
寿福寺
参道が素敵ですね。
好きな道です。
仏殿の横の大きな木が、天然記念物ビャクシンです。
英勝寺には、最近、行っていませんので、秋の庭を拝見できました。
ありがとうございました。
投稿者: えむり at 2007-10-15 08:58:43
こむぎさんへ
近いと、細かく見ないものなのかもしれません。
何度もいっていると、何となく知っているような・・・
わたしたちにとっては、今回の旅はほとんど初めてといっていい
すてきな場所で、新鮮な気持ちで見るせいもあったようです。
視点を変えるということは、いいことのようです。
自分の近くも、そういう目でみないといけないのかもしれません。
投稿者: オコジョ at 2007-10-15 10:40:16
良さんへ
鎌倉のお寺はたくさんあって、
選ぶのに苦労しました。
歴史の重みを感じる町ですね。
この日は雨でしたが・・・
またシットリとした味わいがありました。
投稿者: オコジョ at 2007-10-15 10:40:21
えむりさんへ
寿福寺の参道は幽玄の世界を感じました。
雨に濡れていて、薄暗い感じが余計そう感じさせました。
天然記念物ビャクシンは素敵な木ですね。
英勝寺は、寿福寺のそばでついでに・・・
寿福寺以上に見るものがありました。
竹林の道は日常を忘れさせてくれました。
でも時々、電車の音が・・・(笑)
投稿者: オコジョ at 2007-10-15 10:40:39
英勝寺
 准母 ということをしらなかったです。
 ここは あるきにくい母のために 人力車で回りました。スケッチの方が みどりしたたる境内を かかれてました。中には はいっておりませんので 次回 竹林が楽しみです。栗鼠も?
 
投稿者: 水戸小紋 at 2007-10-17 05:51:45
水戸小紋さんへ
実は准母は私も知りませんでした。
お寺でもらったパンフレットに准母とあって調べて見ました。
今回まわったお寺はみんな林の中で素敵なお寺でした。
山道でも栗鼠に会いましたがこちらも丸々として立派でした。
信州の栗鼠はスマートですが、
食べ物が豊富みたいです。
投稿者: オコジョ at 2007-10-17 09:19:50
 東慶寺  有名な駆け込み寺ですね。
かすかな記憶しかありませんが 作家のお墓があったような・・・明月院 だったっけ
 食事どころの お漬物の入った 蕪の器 大きくて 白くて面白いです。何種類もの おいしそうなおつけものです!
投稿者: 水戸小紋 at 2007-10-18 04:50:11
水戸小紋さんへ
東慶寺には作家では高見順、田村俊子、思想家として
和辻哲郎、西田幾多郎、鈴木大拙、評論家の小林秀雄、
バレーの大松博文監督など有名な人たちが眠っているそうです。
食事どころは、素敵な器を使っていることでも知られているそうです。
食事も美味しかったのですが、焼き物も楽しんできました。
漬物主体なのですが、どの漬物も美味しくて・・・
投稿者: オコジョ at 2007-10-18 07:39:47

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