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浅間山(8-30 小諸市戻り橋より)

P8301507
---関連性希薄・営利目的・内容不適当と判断した、コメント、TBは、予告なく独断で削除いたします。---

ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、いずれも、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。六十の手習いの、にわか勉強の結果に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、間違いがあろうかと思います。誤りに気がつきましたらご指摘いただけると感謝です。内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。

2007年09月15日
中山道 長久保宿
長久保宿は中山道の日本橋から28番目の宿場として慶長7年(1602)にはじまっています。

1
こういう風景は好きなんです。
私の父の実家は農家で、囲炉裏がありました。もっともこんなきれいなものでなく、もっと荒削りで、まきを直接燃やし、鍋をかけるようなものでした。

この囲炉裏は中山道の長久保宿の濱屋という旅籠の囲炉裏です。
もっとも、ここは旅籠の人たちが使うもので客用ではありません。
2道しるべ
長久保宿は長窪宿ともいいます。
中山道となる前の戦国時代には、武田信玄の信濃攻略の道である、大門街道沿いにあります。大門街道は上田から善光寺への善光寺道でした。ここは分れ道、つまり追分に当たりました。
江戸から来て中山道が左に曲がります。右が善光寺です。
「中山道長久保宿 左ぜんこうじ」と道標がありました。
善光寺参りの人々は、感慨深く江戸に向かう人々と別れを惜しんだのでしょうか。

3釜鳴屋
現在ではどの宿場でも当時の面影を残す建物は少なくなっています。
ここも、宿場の雰囲気は薄れつつあります。
この釜鳴屋ははっきりした年代は不明ですが、江戸初期といわれ、現存する町屋としては長野県で最も古いそうです。
釜鳴屋は寛永の頃より昭和初期まで酒造業を営み、江戸時代には宿場の役職を務めた旧家です。長和町指定文化財されていますが、現在も現役で使われていて公開はされていません。
今は、瓦葺に変わっていますが、当時は、板葺きの屋根に石を載せていたようです。
信州では、風で飛ばされないように、わりと最近まで、板葺きの屋根に石を載せている家が多くありました。
地区に伝わる「長久保甚句」には次のように歌われています。
 
長久保よいとこ いつ来て見ても
嬶天下に屋根の石

長久保良いとこ 板屋根造り
変わら(瓦)ないから 来ておくれ
(長久保甚句)

5釜鳴屋本うだつ
この建物は母屋の屋根の端に妻壁を突出し、屋根のある「本うだつ(卯建)」があります。
「うだつ」は本来防火壁でしたが後世になると財力を誇示する為の装飾的意味合いが強くなりました。貧乏では当然うだつは作れず、そういう人たちを「うだつが上がらない」と言うようになりました。

6街道
長久保宿は、笠取峠に向かう急勾配のある宿です。
江戸時代の案内に「宿あしし」、「わびしき宿」などと記されているそうです。
しかし旅籠は四十三軒で、実際は、下諏訪、追分に次ぐ繁栄ぶりだったという。
しかし、笠取峠と和田峠の難所を控えて、旅人は遊ぶような精神的な余裕がなかったのかもしれません。

和田の峠が 海なら良かろ
可愛主さんと 船かせぎ

青葉がくれに 浅間が見ゆる
笠取り越えゆく 馬子の唄
(長久保甚句)

7本陣表門
すぐに江戸時代を通じて本陣だった石合家となります。
江戸時代初目に、ここに宿駅が設置されたとき、真田氏の配下でここの代官の石合家が本陣努め、石合家と小林家が半月ずつの交代で問屋場を務めました。
本陣時代の建物としては御殿と表門が残っています。

8本陣御殿
この家は現在も使われていて、見学は出来ません。
御殿の建てられたのは寛永年間(1624〜44)17世紀後半で、中山道の本陣で最も古いものです。
嘉永三(1850)年の絵図では上段之間、客室、茶之間、台所など22室のほかに、問屋場、代官詰所、高札場が記されています。今でも、上段之間、二之間、三之間、入側等が残っているそうです。
ここは、皇女和宮が関東下向の際の休憩所でもありました。

9『竪町』
長久保宿は、笠取峠への『竪町』と和田峠へ向かう『横町』がL字型になってた町並みになっています。
この宿場は幕府の正式の名は長窪村にあったため長窪宿が正式です。
しかし、宿場が栄え賑わうようになると、人気が沈むという「窪」の字は敬遠され、久しく保つ「久保」の字を充て通称として長久保が使われました。
江戸末期には名前の変更を代官所にも願い出ますが認められず、明治時代になって長久保となりました。

10一服処 濱屋
ここは明治初期の旅籠として建てたのですが、中山道が廃れて開業されませんでした。
しかし、そのために痛みも少なく幕末の宿の形が好く保存されたものとなっています。
現在は宿場の歴史、民俗資料の展示を兼ねた休憩所歴史資料館「一服処 濱屋」となっています。
山間部の旅籠に多い、出梁造りが特徴的で総二階の大きな建物となっています。

11一服処 濱屋
ここは、無料開放されて、セルフサービスですが、お茶を飲むことも出来ます。
長久保宿の歴史や生活文化を知る資料が展示されて興味深いものがあります。

12一服処 濱屋
こういう頑丈な梁を見ますと、今の家がいかに貧弱かをつくづく感じます。

建物は一階は荷車や牛馬が通り抜けられる広い通り土間になっています。
街道で荷物を運んだ馬方などの荷車や牛馬を裏にしまうためでした。
資料館として、復元された竈や,桶や樽,田畑や山仕事の道具などが展示してあります。
一番上の写真の囲炉裏もここのものです。

13一服処 濱屋 荷車
荷車
そんな展示品のひとつの荷車です。
[ 投稿者:オコジョ at 00:00 | 中山道 | コメント(18) | トラックバック(0) ]

この記事へのコメント
長久保宿
立派な卯建、頑丈な梁、今も昔の宿場町の雰囲気を残していますね。
ここも電線さえなければ、もっと素敵ですね。
海野宿のようには、なかなか難しいですね。
投稿者: えむり at 2007-09-15 07:36:30
長久保宿は
当時の面影を残す建物は少なくて
昔の様子があまり分かりませんね。
私も、一服処濱屋に行きましたが
桶や樽、田畑や山仕事の道具などが
展示されていて、昔の生活の様子を
垣間見ることが出来ました。
投稿者: 良さん at 2007-09-15 09:16:25
囲炉裏
私の父の実家にもありました。
小さい頃は、何度も足を突っ込んでしまい、靴下をよく焼いてしまいました。
やけどまでに至らなかったのが幸いです。
電線は、地中に埋め込むところも多くなりましたね。
景観をよくするにはいいですよね。
でも、生活の場だから・・・
投稿者: こむぎ at 2007-09-15 11:38:41
えむりさんへ
わざわざ、訪ねるほどではないにしても、お近くに行かれたら、よってみてください。
近くに日帰り温泉もあります。

ドイツに行ったときに、何か写真が撮り易く、不思議におもいました。
しばらくして、電線の無いことに気がつきました。
好きなアングルが選べますね。
日本では電線を以下にうつさないようにするかでアングルが
決まる場合が多いですね。
だから同じような写真ばかり見るようになりますね。
投稿者: オコジョ at 2007-09-15 12:06:26
良さんへ
確かに中山道で有数の宿場だったはずなのですが、
残っているものは少ないですね。
「一服処 濱屋」さんの写真ばかりとなってしまいました。
古いものを残すのは大変なことのようです。
投稿者: オコジョ at 2007-09-15 12:08:10
こむぎさんへ
囲炉裏は知っているものには懐かしいものですね。
冬など家族がまわりを囲んで、火を見ているとやすらぎを感じますね。
もっとも部屋は煤けて真っ黒でしたが、自在鉤、間違えて鍋を
火の中に突っ込んだり懐かしい思い出があります。
電線は、地中に埋め込むのは景観からもいいことですね。
ただ、費用の問題もありなかなか進まないようですね。
最近小諸城から電線が消えました。
投稿者: オコジョ at 2007-09-15 12:15:02
囲炉裏
田舎の祖母の家にあったものは正方形だった
ような記憶があります。
灰はこんなに白く綺麗ではありませんでした。
丸い藁座布団が囲炉裏をより引き立たせていますね。
近頃の住宅よりずっと近代的センスと美が
あります。
床も厚いむく材でしょうから重厚感がありますね。
昔も今も、九尺2間の棟割り長屋と、こうして
百年以上も残る富豪と二極化に変りは無いようですね。
投稿者: かおる at 2007-09-15 15:39:34
かおるさんへ
昔の長屋は狭いですね。
現在の、一般家庭は昔から較べると良くはなっているのでしょうが、
格差はなくなら無いようですね。
我が家も平屋4部屋の慎ましいものです。
もっとも子供のいなくなった今は、充分すぎますが・・・
贅沢を言うときりはありません。
投稿者: オコジョ at 2007-09-15 16:03:28
うらやましい
今夏、久しぶりにのんびりと一人旅をしました。 うらやましい生活をしているなぁ、と思いつつ、これだけ毎日更新するのを見て、そろそろのんびりしたら、とも思うのですが・・・。
余計なお節介ですよね。
期待しています。
投稿者: サトウ ツトム at 2007-09-16 00:14:18
無題
オコジョさん おはようございます。

明け方の徘徊をしています。笑)
このまま囲炉裏のそばで転寝でもしたいです。我慢してこのまま朝を迎えましょう。
投稿者: ひげ at 2007-09-16 03:00:22
サトウ ツトムさんへ
お久しぶりです。
いつも、もて頂いているようで感謝です。
東京に行った時はお世話になりました。素敵なひと時でした。
一人旅、どちらに行かれたてのでしょうか・・・のんびりしている結果が、このブログなのかもしれませんね。
始めたころはブログのために懸命に題材を探して、出かけましたが、
今は、日頃の中で無理をしないで続いています。
夏の花の多い時期など、早くアップしないと時期遅れ・・・
実際に、ボツにした原稿もあります。
この旅も、目的は妻と日帰り温泉に入るのが一番の目的でした。
また、会える日を楽しみにしています。
投稿者: オコジョ at 2007-09-16 06:32:01
ひげさんへ
おはようございます。
いつも早いですね。
オコジョはこれでも、早いのですが、

昨日は、そちらは雨、今日も雨でしょうか。
雨に濡れた、秋草も風情がありますね。
このまま囲炉裏のそばで転寝・・・・
テントも張らず、焚き火の傍で転寝して朝を迎えたことを思い出しました。
投稿者: オコジョ at 2007-09-16 06:38:19
無題
 何回も 泊まり、やすみをかさねながら 江戸までのたび 献上の菓子の再現を 婦人雑誌でみたことがあります。
投稿者: 水戸小紋 at 2007-09-17 05:41:35
水戸小紋さんへ
和宮さんは京都から江戸まで、24泊・・・
ここから江戸までまだ8泊ありました。
大変な時代だったようですね。
秋、紅葉の時期、どんな気持ちで紅葉を眺めたのでしょうね。
投稿者: オコジョ at 2007-09-17 07:15:33
薩摩から江戸へ
次の大河ドラマは(天障院) 篤姫
和宮の姑になるひとです。
宮の お嫁入りの場面があるでしょう。
楽しみです。
投稿者: 水戸小紋 at 2007-09-18 21:36:55
水戸小紋さんへ
宮崎あおいさんが演じますね。
幕末に、生きた女性たち、過酷な人生を生き抜いていますね。
降嫁の場面、期待できそうですね。
投稿者: オコジョ at 2007-09-18 22:31:46
配役
 このドラマのキャストをみましたら 山口祐一郎がでます。
 博多座で、「ローマの休日」の新聞記者の役のときみて いいなと。楽しみです。 
投稿者: 水戸小紋 at 2007-09-19 19:34:18
水戸小紋 さんへ
発表の時に宮崎あおいさんが挨拶したので覚えていたので(笑)・・・
後は覚えていませんでした。
ボケの始まりかな・・・
それとも男てやつは・・・
来年が楽しみですね。
投稿者: オコジョ at 2007-09-19 20:18:46

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