浅間山(2-3 小諸市 八満より)
ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、いずれも、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習いの、にわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあろうかと思います。誤りに気がつきましたらご指摘いただけると感謝です。内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。
営利目的や-記事に関係のないコメントTBは、予告なく独断で削除させていただきます。
2007年05月06日
島崎藤村の小諸時代を「千曲川のスケッチ」を、引用しながら紹介します。
太字は「千曲川のスケッチ」より、引用しました。

島崎藤村銅像
「しかし七年間の小諸生活は私に取って一生忘れることの出来ないものだ。今でも私は千曲川の川上から川下までを生々と眼の前に見ることが出来る。あの浅間の麓の岩石の多い傾斜のところに身を置くような気がする。あの土のにおいを嗅ぐような気がする。私がつぎつぎに公けにした「破戒」、「緑葉集」、それから「藤村集」と「家」の一部、最近の短篇なぞ、私の書いたものをよく読んでいてくれる君は何程私があの山の上から深い感化を受けたかを知らるるであろうと思う。」

千曲川旅情の歌 碑
「私は昼の弁当を食った後、四五人の学生と一緒に懐古園へ行って見た。荒廃した、高い石垣の間は、新緑で埋れていた。(中略)懐古園内の藤、木蘭(もくれん)、躑躅(つつじ)、牡丹なぞは一時花と花とが映り合って盛んな香気を発したが、今では最早濃い新緑の香に変って了った。千曲川は天主台の上まで登らなければ見られない。谷の深さは、それだけでも想像されよう。」 
藤村記念館
小諸市の藤村記念館も懐古園の中に作られています。 藤村記念館には、藤村の小諸時代を中心とした作品・資料・遺品が多数展示されています。建物は日本最高峰の建築家谷口吉郎氏の設計によるものです。

木村熊二レリーフ
木村熊二は、明治初年アメリカに渡り12年の留学によって近代の西欧文化を吸収してきた進歩的なの教育者で、キリスト教の牧師でもありました。小山太郎は、小諸の近代史の中で、地元に生きた最も重要な人物の一人です。小諸義塾は、明治26年小山太郎が、木村熊二に依頼して発足した私塾です。小山太郎は、小諸の地域発展の為に、町政や地域の教育等に尽力した人物です。生徒は、新しい時代つくりに燃えた若者たちで、遠隔の者は寄宿舎で寝食を共にしたそうです。
島崎藤村を始め、水彩画家の三宅克己、丸山晩霞、東京物理学校(現東京理科大)の創設者の一人の鮫島 晋等の教師たちが、充実した教育を行ないました。
やがて、国家的な教育制度の制定により、明治39年、小諸義塾は、13年間の短い歴史を閉じます。
木村熊二は、洋桃や苺の栽培を指導、中棚鉱泉を発掘など、地域の発展にも、大きな業績を残しました。
木村熊二の別荘の水明楼と中棚鉱泉についてはこちら
http://shinshu.fm/MHz/90.97/archives/0000175969.html
小諸義塾記念碑
小諸駅の裏手に小諸義塾がありました。
後に小諸駅構内となり、今は記念碑が建っています。
「私達の教員室は旧士族の屋敷跡に近くて、松林を隔てて深い谷底を流れる千曲川の音を聞くことが出来る。その部屋はある教室の階上にあたって、一方に幹事室、一方に校長室と接して、二階の一隅を占めている。窓は四つある。その一方の窓からは、群立した松林、校長の家の草屋根などが見える。一方の窓からは、起伏した浅い谷、桑畠、竹藪などが見える。遠い山々の一部分も望まれる。」
小諸義塾記念館
小諸義塾跡と道をはさんで、小諸義塾記念館があります。小諸義塾の本館建物は閉鎖後、小諸商工学校や小諸幼稚園の校舎とて使われたあと、木村の友人の田村源一郎医師が移築して、病院病室として使われました。平成6年、市に寄贈され、ここに記念館として、復元移築されました。
アメリカ風のモダンさと和風の土蔵様式を組み合わせた、新しい教育に向かおうとする、息吹を感じさせる建物です。

日向吉次郎翁記念碑
「小諸はこの傾斜に添うて、北国街道の両側に細長く発達した町だ。本町、荒町は光岳寺を境にして左右に曲折した、主なる商家のあるところだが、その両端に市町、与良町が続いている。私は本町の裏手から停車場と共に開けた相生町の道路を横ぎり、古い士族屋敷の残った袋町を通りぬけて、田圃側の細道へ出た。そこまで行くと、荒町、与良町と続いた家々の屋根が町の全景の一部を望むように見られる。白壁、土壁は青葉に埋れていた。」この中にでてくる、光岳寺に日向吉次郎の碑があります。彼は江戸の喜多流の能楽者でしたが、明治維新で幕府の庇護を失い、旅役者となり、小諸で製糸会社の釜炊きなりました。とある機会で、その才能が知られ、謡曲の師匠として小諸に住みつきました。しかし、謡曲だけでは生活できず、光岳寺の成田山縁日で、飴菓子を売り、「千曲川のスケッチ」にも描かれています。
「社頭で飴菓子を売っている人に逢った。謡曲で一家を成した人物だとのことだが、最早長いことこの田舎に隠れている。本町の通には紅白の提灯が往来の人の顔に映った。その影で、私は鳩屋のI、紙店のKなぞの手を引き合って来るのに逢った。いずれも近所の快活な娘達だ。」日向吉次郎は小諸で没後、弟子たちにより、光岳寺に、「世に知られることも少なく、また、知られようともしなかった、すぐれた能楽師日向吉次郎翁のためにその弟子が集ってここに記念碑を建てる」と、藤村の記した記念碑が建立されています。

揚羽屋
島崎藤村が小諸で良く通っていた一膳飯屋がこの「揚羽屋」でした。
「私は外出した序に時々立寄って焚火にあてて貰う家がある。鹿島神社の横手に、一ぜんめし、御休処、揚羽屋とした看板の出してあるのがそれだ。」 注)鹿島神社は、懐古園のほうに移っていて、ここにはありません。

一ぜんめし 看板
「揚羽屋では豆腐を造るから、服装に関わず働く内儀さんがよく荷を担いで、襦袢の袖で顔の汗を拭き拭き町を売って歩く。……次第に心易くなってみれば、亭主が一ぜんめしの看板を張替えたからと言って、それを書くことなぞまで頼まれたりする。」藤村の書いた、看板は、今は店の中にあります。

一ぜんめし
これが、”一ぜんめし”です。一ぜんめしは、今で言う、ランチで、当時はもっと質素だったと思います。
現在は「鯉の洗い」が付くなど、観光客向きになっています。
しかし、揚げだし豆腐、豆腐汁など、島崎藤村の文にあるように、自家製の豆腐料理が楽しめます。しっかりした、田舎豆腐は、独特の味わいがあります。
一ぜんめしは1,450円です。
小諸
藤村の小諸時代、色々見所がありますね。
一ぜんめし、美味しそうですね。
小諸に行ったら食べてみたいです。
投稿者:
えむり
at 2007-05-06 08:14:16
藤村が
良く通っていた一膳飯屋の「揚羽屋」が
今も残っているのに、驚きました。
しかし、一ぜんめしが1,450円、
ちょっと高すぎますね(笑)
投稿者:
良さん
at 2007-05-06 08:44:17
えむりさんへ
小諸 は、藤村の香りが、残っています。
一ぜんめしは、素朴なメニューです。
小諸においでのときは、ぜひ御賞味ください。
行ったら食べてみたいです
投稿者:
オコジョ
at 2007-05-06 09:27:44
良さんへ
小諸のガイドブックには、必ずといってほど紹介されている
揚羽屋ですが、一ぜんめしは、珍しさはあるものの、
観光客が、藤村の作品にでて来る雰囲気を味わうためのものですね。
私も、この時が2回目でした。
投稿者:
オコジョ
at 2007-05-06 09:28:18
一ぜんめし
一膳飯とは情けなや
という歌がありましたが、これなら情けないことはありませんね(^_^)。
やはり観光客の記念のための食事ですか。
となると藤村を読んでいない人には、ありがたみは半減しそう。
高いのか安いのか。価値観の差が大きくあらわれぞうな感じがします。
投稿者:
謫仙
at 2007-05-06 10:28:37
小諸時代の島崎藤村 1
小諸と藤村、
オコジョさんには、どの部分をとっても思い描ける事、所、なのでしょうね。
よく思うのですが、志のある人物が、こうして若い人を育てて来たんだな~と!
小諸は、黒斑山へ行った時に通りかかっただけで、一度も降りた事がありませんが、興味深く読ませて頂きました。
投稿者:
Y&Y
at 2007-05-06 10:48:37
小諸
オコジョさんの思考の深さを思います。
一ぜんめし、観光客用なんでしょうね。
やっぱりチョットお高い感がありますね。
当地には村井弦斎が残した多くのレシピの中から「弦斎カレーパン」と言うのが売り出されています。
参考にして、」できるだけその味に・・・との思いはあるでしょうが、全く同じ味には出来ませんよね。
投稿者: こむぎ
at 2007-05-06 11:00:38
謫仙さんへ
千曲川のスケッチをたどろうとする藤村ファンには、
一ぜんめしは、値段ではないんでしょうね。
鯉の洗いは単品で700円位しますので、
特別高いというわけではありません。
でも、藤村時代の一ぜんめしより、ずっと贅沢になっていますね。
投稿者:
オコジョ
at 2007-05-06 11:36:58
Y&Yさんへ
小諸は、よくも、悪くも、小さな、田舎町です。
私にとっては、愛すべき街ですが、価値観も違いますので、
旅人にとっては、一人一人確認するしかないのでしょうね。
私にとっては平塚は、日産車体や、周辺の町工場の町でしてた。
湘南平、一度、歩いてみたいですね。
Y&Yさんも、是非、ゆっくりお越しください。
投稿者:
オコジョ
at 2007-05-06 11:37:31
こむぎさんへ
男がと、呆れられそうですが、村井弦斎の「食道楽」は本を持っています。
小説ですが、中にたくさんのレシピがあり、楽しい本ですね。
ただし、実践したことはありません。
「弦斎カレーパン」食べて見たいですね。
「食道楽」にはカレーのことは、あったような気がするのですが、
「カレーパン」はなかったですね。
「続 食道楽」に有るのかも・・・
でも、これも、村井弦斎をベースにして、アレンジしているのでしょうね。
そういうことを、気にしないほうが、本当は、楽しめるのでしょうね。
投稿者:
オコジョ
at 2007-05-06 11:39:53
小諸の食事
近頃よく小諸で食事します。揚羽屋は駅前の駐車場を覚えましたのでこれから時々行こうと思っています。4日は鰻の藤舟に行きましたが満員で中吉で花豆おこわを食べてきました。ゆっくりと落ち着いて食べるには小諸は良いですね、
小諸義塾の建物があんなところにあるのを知りませんでした。きのう陸橋を渡って行って初めて気がつきました。(懐古園の駐車場売店に友人から頼まれた山野草エンレイソウを買いに行ったのですがりませんでした)
投稿者: ヘンゼル
at 2007-05-06 12:12:33
弦斎カレー
カレーパンは、オリジナルではないようです。
『弦斎カレーからの派生的な再現料理で、厳密にいえば食道楽には登場しません。』との、記載がありました。
因みに・・・平塚の日産車体は今年閉鎖されました。
オコジョさんが平塚にいらしたら、案内できるブログ友達が多いのではないですか?
投稿者: こむぎ
at 2007-05-06 12:39:21
ヘンゼルさんへ
ヘンゼルさんの軽井沢と較べると、素朴な店がありますね。
地元の食事の店というのは、あまり入りませんね。
わざわざ、出かけることも、ないし、
夕方、帰ってきても、家で良いとなりますね。
むしろ、遊びにいった先で、夕飯を済ませることが多いですね。
小諸の耳取の玄江院の近くに、野草の栽培、販売をしているところがあります。
投稿者:
オコジョ
at 2007-05-06 13:41:16
こむぎ さんへ
弦斎カレーの情報ありがとうございました。
弦斎は晩年を平塚で過ごしているのですね。弦斎の住んだところは弦斎公園となっていて、弦斎祭りを行なうと書いてありました。
ほかに弦斎シラスなんていうのも、あって、最新のこむぎさんのアップを思い出しました。
投稿者:
オコジョ
at 2007-05-06 13:41:59
小諸義塾にまつわる人々
木村熊二牧師に関連して、登場する人々をひも解いて行くと、大変興味深い事々に出会えますね。藤村を招聘しますが、その縁で藤村は明治女学校の教師もしています。そこでの関係では、相馬国光がおり、その夫が萩原碌山。新宿中村屋創業、そこに集まる明治の文化人いろいろといった按配です。
投稿者:
信州小諸義塾
at 2007-05-06 17:23:12
ご無沙汰してしまいました・・・
連休は、是非そちらへと思っていたのですが、すみません。体調との兼ね合いで、実家に逗留いたしました。
でもこうして折に触れて小諸の魅力を知ることができます。いつか行こう、忘れずにそう思えるのです。ありがとうございます。(^^)
投稿者:
がっちょーん
at 2007-05-06 17:39:10
信州小諸通信さんへ
信州小諸通信さんへ
多分、思い違いだと思いますが、「その夫が萩原碌山。新宿中村屋創業・・・」は、筆が走っての書き違いましたね。正しくは「その夫が相馬愛蔵。新宿中村屋創業・・・」ですね。
相馬良子(国光)と、萩原守衛(碌山)の影響と愛情は興味深いものがありますが、守衛は、独身のまま、32歳出なくなっています。
旧穂高町の碌山美術館の作品の「女」「デスペア」の女性の作品は、そうした守衛の心情を、写しているのかもしれませんね。
藤村は、後は現、明治学院の後は仙台の現、東北学院大学で教えていますね。いずれも、ミッションスクールですね。
東北学院大学は息子の一人の母校で、訪れていますが、藤村の、足跡が消えているのは寂しいですね。
大都会の宿命でしょうか。
投稿者:
オコジョ
at 2007-05-06 20:13:45
がちょーんさんへ
お体は、大丈夫でしょうか、無理をしませんように・・・
でも、ご両親には、いい連休になったのでは・・・
小諸は、逃げませんので、ゆっくり、余裕のあるときにお尋ねください。
投稿者:
オコジョ
at 2007-05-06 20:14:30
揚羽屋
きょう行ってきました。揚げ豆腐がうまかったです。ぼくはかってこんなうまい揚げ豆腐を食った記憶はありません。車の運転をしなければならなかったので、酒を飲めませんでしたが、こんどは誰か運転手つきで行って、地酒を飲みながらの揚げ豆腐定食にしようと思っています。
映雪さんの美人画がかかっていました。
投稿者:
きこり
at 2007-05-06 20:58:05
きこりさんへ
ここの揚げだし豆腐は、こくがあって、おいしいてすね。美味しく頂いたと、聞くと嬉しくなります。
ブログというのも、自分は良いと思っても、人はどう思うか、気にかかります。
写真詩、早速、乗っていましたね。
確かに、お酒がほしい定食ですね。
投稿者:
オコジョ
at 2007-05-06 21:11:02
懐古園
オコジョさん、すみません、もうひとつあるんです。ぼくは藤村記念館に入ろうとして、入り口で入館を断られました。藤村の文学は日本人ぜんぶの共通文化遺産です、これに私権を設定して営利行為を営むことは間違っています、ましていわんや公共の自治体がです。ところが動物園はタダなんですね。ぼくにしてみれば、これらの動物こそ、アフリカやオーストラリアから拉致されて意に染まぬ生活を強いられているのです、いくばくかのギャラを支払って食事の足しにしてほしいですね。小諸市の行政官さま、こんなケチな小人の考えを持っていては小諸市の将来はありませんですよ。
投稿者:
きこり
at 2007-05-06 21:49:36
きこりさんへ
多分、散策券で入場されたのだと、思います。規定では、懐古園の散策のみで、藤村記念館、徴古館、郷土博物館、小山敬三美術館、動物園は有料なんです。実際には動物園は昔はゲートがあったのですが、経費節約の為廃止されて無料のように見えます。係員によっては、入場の再に「動物園には行きませんね」と聞かれる場合があります。
動物園の経費も、こうした中から捻出されています。
昔は、園内は自由に入れて、関連施設が有料でした。こうした、入場料は、色々な問題を含んでいます。全ての施設を見れば500円は安いといえます。散歩だけで300円は高いとか・・・
昔は、多かった観光客も減少していて、懐古園の経営も苦しいと聞いています。
現在は、電線の地価埋設工事が進んでいます。市の財政が、豊かならよいのですが、現実は、厳しいようです。
もっと、たくさんの人が訪れて、300円くらいで、全ての施設が見られると良いのですが、維持していくには、現状が最低限のようです。
投稿者:
オコジョ
at 2007-05-06 22:37:26
オコジョさんへ
オコジョさん、まぜっかえしてすみません。ご説明はすべてとくと理解してのぼくのコメントでした。文学とは何なのか、観光でも経済でも経営でもないのですね。子弟にこころの問題を教えることでもあります。そのことがいいたいために、あえて通りそうもない言説を述べました。(ま、ほどほどにしないといけませんね。)
投稿者: きこり
at 2007-05-06 23:05:49
きこりさんへ
行政は、もっと文化面に芽を向けるべきでしょうね。目立つようなイベントを行なうよりも、、地道な、基本に目を向けるべきなのですが、目立つことばかりに、目を向けて、ほかは、知らん顔といった面も、あります。市の文化財に指定したから、保存されるだろうでは・・・・
本当にお粗末ですね。
絶滅危惧朱もそうですね。毎年立派な本を出すだけでは・・どうにもなりません。
一つの動植物の保護や、ホタルの復活といった事でなく、もっと大きな立場からの自然保護が必要ですが、現状はその大きな自然を壊しているように思えます。
投稿者:
オコジョ
at 2007-05-06 23:31:50
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