
中門、釣屋、本殿
大町駅から南に約6キロの池田町近くに仁科神明宮があります。
平安時代後期に伊勢神宮の皇大神宮領だったこの地方の仁科御厨を守る宮として、伊勢の天照大神を祀っています。
注;御厨(みくりや)は、中世の天皇家や伊勢神宮などの有力神社の荘園を意味しています。
写真は国宝の中門、釣屋、本殿です。
左の建物が本殿、右が中門(一番右の一部だけ写っているのは拝殿)本殿と中門をつなぐ屋根が釣屋です。
釣屋は本殿と中門をつなぐもので、本殿と中門の屋根に組み合わされています。
切妻造で、屋根は檜皮葺です。中門は御門屋ともいうそうです。
本殿は日本最古の神明造りで建築の歴史的に貴重な建物です。

三本杉
境内は入ると樹齢数百年の三本杉が目をひきます。
他にも、杉や檜の大木が天高く聳え、何か荘厳な感じがします。
仁科神明宮の創始年代ははっきりしませんが、平安時代の後冷泉天皇(在位1045-1068)頃という説が有力です。
信濃で最も古いといわれる、古代・中世の信濃の豪族、仁科氏が、天正10年(1582)に滅びるまで、400年に渡りこの宮の、神事を司っています。
仁科氏は大町にあった伊勢神宮領の御厨(みくりや)を管理して、承久の乱や南北朝の争いで鎌倉・室町幕府に対抗した有力者でした。仁科氏はこの大町地方に京文化を積極的に取り入れ、昨日の若一王子神社など、優れた建造物や美術品を残し「仁科文化」を花開かせました。
江戸時代には、松本藩主代々の祈願所として、わが国7神明宮の一つにも数えられています。

参道のすすむと、拝殿になります。屋根の上の丸太と板の組合せが素朴ながら美しく落ちついた雰囲気があります。
拝殿も本殿と同じ切妻造で、正面は格子戸で仕切られていて、その奥に神鏡が安置されています。
拝殿の背後に隠れるように中門、釣屋、本殿が続きます。

神楽殿
この、神楽殿は9月15日の例祭では能を取り入れた神楽が奉納されます。剣の舞・岩戸神楽・水継・五行の舞・幣(ぬさ)の舞・竜神神楽・道祖神の七座からなる荘重典雅な舞だそうです。

仁科神明宮の大杉
拝殿の右に、かつて国の天然記念物だった「仁科神明宮の大杉」の切り株があります。根廻り一五m、目通り九mを超える巨木でしたが、昭和55年に枯れてしまったそうです。
それにしても見事な切り株です。

社殿は、伊勢内宮の様式にならった建物です。簡潔で無駄の無いすっきりとした外観は古代の息吹を感じさせます。
神明造は伊勢神宮の建築形式で、屋根は切妻で、壁と屋根は木材を使用し、掘立式の柱で床を高くしています。組物をもたず、直線的で、彩色をしません。こうした素朴なつくりが、単純ですが、すっきりとした美しさを生み出しています。

社殿は寛永13年(1636)松本藩主・松平直政が建替えさせたものと言われます。細かい部分は室町時代の様式なのですが、正確な最初の建築年代は不明です。
その後、 以降十数回の修理を受け、昭和11年保存法により解体修理が行われています。

仁科神明宮付近は、北アルプス対岸にあり安曇野の田園と高瀬川を隔て、美しい北アルプスを望めます。仁科神明宮からの民家越しの北アルプス蓮華岳です。

このあたりは、白壁の素敵な民家があります。
木を活かしたこの塀には、里人の心の優しさを感じます。

この仏様も、素朴ですてきでした。