
七苦離地蔵堂
別所温泉は昔から七つの苦しみから離れられる"七苦離(ななくり)の湯"(七久里の湯とも)と呼ばれました。平安時代の和歌にも歌われているようですので、古くから知られた温泉でした。
別所温泉駅から歩いてすぐの温泉入口に七苦離地蔵堂があります。常楽寺伝来の六道能化の地蔵菩薩を安置しています。
ここから温泉街になります。

別所を代表する北向観音への参道です。この時は早朝でした。日中は土産物店が並びます。別所温泉は塩田平の西に聳える夫神岳のふもとに、古い歴史を秘めている、出湯です。遊楽的な要素が無く、敬遠される傾向が、あったのですが、最近では、自然と、歴史、そして松茸などの山の幸などが魅力となって再認識されています。
別所は庶民の湯治や憩いの場所とともに、温泉の効能と医薬信仰がむすびついて、北向観音堂への信仰になったいったのでしょう。

北向観音のあたりには別所三楽寺(長楽・安楽・常楽)の一つの北向山長楽寺がありました。北向観音堂は長楽寺のお堂でした。しかし、長楽寺は廃寺となり、観音堂は1694年(元禄7年)から 現在、常楽寺が管理しています。観音堂の地を「院内」と呼びますが、「院内」から、鎌倉から室町にかけての歴史的にも重要な、多くの見事な石塔群が発掘されています。観音堂をはじめ伽藍の並ぶ、立派な寺だったようです。
北向観音の本尊は千手観音菩薩です。長野の善光寺の南向きの本堂と、向きあっていることより「北向」と名づけました。善光寺は「未来往生」で、北向観音では「現世利益」を願います。善光寺と北向観音を両方を詣でて、現世と、未来両方にご利益があり、片方だけでは"片詣り"と言われています。

温泉薬師瑠璃殿
観音堂の西の崖の上に見事な懸崖作りの「医王尊瑠璃殿」があります。
「瑠璃殿」は薬師如来を瑠璃光如未と呼ぶ事から、薬師堂のことです。
火災の後1809年(文化6年)に地元の薬師講の人たちにより再建されています。
温泉の効用をより病気を治すと言う温泉薬師信仰によるものです。
この建物は、あまり注目を浴びませんが、私は好きです。

鐘楼の奥に、この地方には珍しい桂の大木があります。上田市指定文化財で愛染桂と呼ばれています。高さ22m、目通り5.5m、枝張り14mで北向観音の霊木です。
「花も、嵐も踏み越えて・・・」の歌でで有名な、川口松太郎の名作「愛染桂」はこの木がモデルとも、言われています。

近年境内にある愛染堂です。愛染明王を祭っています。
「愛染桂」の帰途結びつけ、縁結びの仏さまとして、人気があります。
恋人岬よりはご利益がありそうです。
もっとも、二人の努力が縁結び無しにはどうにもなりませんが・・・

大湯薬師堂です。ここは大湯薬師堂歌碑公園
大湯薬師堂の開創は、弘安四年(1281)の開基だそうです。江戸時代の建物で、薬師如来を本尊とし脇侍の日光菩薩、十二神将などが祀られています。ここも、医王尊瑠璃殿同様、温泉の薬効は薬師如来信仰のもとに別所温泉泉源の大湯の地に建っています。
北向き観音にも、白秋や芭蕉などの碑がありますが、ここは大湯薬師堂歌碑公園となっていて、与謝野晶子、大町桂月、タカクラテルなどの6つの碑と、素敵な石仏さんも並んでいます。

別所の温泉は鎌倉時代には塩田、北条氏の居館から北条一族、その後、真田雪村の一族、上田藩などが愛した温泉でした。
現在石湯・大師湯・大湯の、昔から由緒のある名湯が共同浴場として、人々に親しまれています。足湯 ななくり もありますので、色々な温泉が楽しめます。
150円と安いのですが、シャンプー、ソープはありませんので、ご注意を

七苦離地蔵堂の道の反対側辺りに平惟茂将軍塚があり石造多層塔がたっています。
平惟茂は北向観音堂の加護により、戸隠山の鬼女紅葉を退治したといわれる平安時代の武将です。別所に住み、北向観音の信仰が厚かったと伝えられますが、その生涯は不詳です。
なお、北向観音堂には、狩野派の流れをくむ木村春洞画の「鬼女紅葉退治絵馬」が奉納されています。