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浅間山 (2月4日 信濃追分駅より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習いの、にわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


営利目的や-記事に関係のないコメントTBは、予告なく独断で削除させていただきます。

2017年02月23日
信仰の道 善光寺西街道 篠ノ井から桑原5 稲荷山宿から桑原宿へ
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桝形からは本八日町となります。八日に市が立ったのでしょうか・・・

2つ目の桝形の曲がり角を曲がらないで細い道を行くと
「たまち蔵町
本八日町(下田町)西浦野歴道 商都として発展し表通りより裏通りまでいろいろな建造物、土蔵の姿が見られる。往時の繁栄の様子がうかがえる景観です。」という案内板が立っていました。




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[ 投稿者:オコジョ at 07:42 | 千曲市・坂城 | コメント(0) ]

2017年02月22日
信仰の道 善光寺西街道 篠ノ井から桑原4 稲荷山宿
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北国街道と別れて善光寺西街道の最初の宿場の稲荷山宿・・・

善光寺西街道は北国西往還、北国西街道、善光寺西往還などいろいろの名前で呼ばれます。単に善光寺街道と呼ばれることが多いようです。北国西脇往還と呼ぶのが一番正しいのでしょうが。昔は、細かいことは言わないで。どれでもよかったようです。この道は善光寺参詣者が半分以上だったそうですから、善光寺道に相応しいようです。

ただ、善光寺街道、善光寺道と呼ばれた道は北国西脇往還だけではなく、いくつかの道が善光寺街道や善光寺道と呼ばれました。

江戸や北陸から善光寺へ参詣する中山道から別れた北国街道、上州から鳥居峠を越えてきた大笹街道、糸魚川から姫川を遡る上路(あげろ)越え、高山から野麦峠を越える野麦街道や安房峠越もみんな善光寺街道でした。

善光寺から遠く離れていますが、名古屋から中山道の槙ヶ根追分(岐阜県恵那市)を結ぶ下街道(したかいどう)も善光寺道と呼ばれました。もっとも、善光寺道のほかに釜戸筋、内津道、名古屋道、伊勢道とたくさんの名前があったようです。



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[ 投稿者:オコジョ at 07:44 | 千曲市・坂城 | コメント(2) ]

2017年02月17日
善光寺西往還 篠ノ井から桑原1 篠ノ井・御幣川あたり・・・
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まずは浅間山・・・

天気のいいのを見定めて・・・
そして、その少し前に暖かい日がありましたので、今ならいいだろうと・・・・

向うのは雪国北信濃の長野市の篠ノ井・・・
とはいっても北信濃の南側で、小諸と較べると雪は多いといっても豪雪地帯ではないのですが・・・



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[ 投稿者:オコジョ at 07:48 | 千曲市・坂城 | コメント(2) ]

2017年01月11日
八日堂縁日  蘇民将来  
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信濃国分寺仁王門・・・

出店が並び賑やかでした。



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[ 投稿者:オコジョ at 08:09 | 千曲市・坂城 | コメント(6) ]

2016年05月24日
烏帽子岳山麓散歩5 祢津城山 その2
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戦国時代は、ここに来る時は戦いのため・・・
「いい景色だな」と、のんびり椅子に腰かけて眺める余裕はなかったでしょうね。

この城の城主の祢津氏は平安時代からの信濃の名家の滋野氏の嫡流滋野重道の二男の直道が祢津(ねつ)を名乗った子孫と云われています。
滋野氏は嫡流とされる海野氏と望月氏、祢津氏に別れ、この三家を滋野三家と呼び平安末期には信濃の小県郡から上州の吾妻郡一帯を支配しました。また諏訪氏との婚姻関係に寄る結びつきも強かったそうです。



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[ 投稿者:オコジョ at 08:09 | 千曲市・坂城 | コメント(2) ]

2016年05月05日
神楽の帰り道・・・  昭和橋など
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自在神社から上平の集落へ・・・
4来る時はタクシーできましたが、帰りは3キロほどを運動のために歩いて帰ることにします。



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[ 投稿者:オコジョ at 07:17 | 千曲市・坂城 | コメント(2) ]

2016年05月04日
自在神社 太々神楽が伝わる神社
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太々神楽の行われた自在神社の奥宮です。

ここで祀られているのは
大己貴命(おほなむちのみこと)
大鷦鷯尊(おほさぎりのみこと)
豊宇氣毘賣大神(とようけひめのおおかみ)
建御名方命(たけみなかたのみこと)
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊弉冊尊(いざなみのみこと)
村上義光霊(むらかみよしてるのみこと)

たくさんの神様がならんでいますね。神様はみんな偉いのですが。自在神社ではこのうち最初は大己貴命と村上義光霊を合祀したことに始まるといわれます。

村上義光は信濃源氏の武将で、村上義清の先祖の一人です。
「太平記」では村上義光は後醍醐天皇を中心とした鎌倉幕府の倒幕への戦いの元弘の乱で護良(もりよし)親王の群に加わり、幕府軍と息子の義隆とともに吉野山で戦います。しかし、幕府軍の前に吉野山に落城がせまり、義光は護良親王を脱出させ親王の身代となって自決しています。た。元弘3年/正慶2年(1333)、この年に鎌倉幕府は滅亡します。「太平記」は、その最後を次のように描いています。

『只今自害するありさま見おいて、汝らが武運たちまちに尽きて、腹を切らんずる時の手本にせよ』(『太平記』より) 



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[ 投稿者:オコジョ at 08:19 | 千曲市・坂城 | コメント(2) ]

2016年05月03日
坂城 自在山 太々神楽3 大道の舞・岩戸開きの舞・撒供の舞
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5つ目は「大道の舞」・・・

また天狗様の登場・・・
天狗というと、お話などでは、里に出て悪事をしたり、反対に村人を助けてくれる空を飛ぶ妖怪か山神というような神通力の持ち主とされています。
でもここの天狗様は、猿田彦(サルタヒコ)大神だそうです。

神話では天孫降臨の際に案天孫の邇邇藝命(ににぎのみこと)は天照大神から授かった三種の神器持って高天原から日本に降りてきますが、それを迎えて案内したのが、猿田毘古(サルタヒコ)神です。
神話の猿田彦の背は七尺神の鼻の長さは七咫(あた)、目が八咫で、ホオズキのように照り輝いているとあり、天狗の原型とも言われます。


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[ 投稿者:オコジョ at 06:58 | 千曲市・坂城 | コメント(2) ]

2016年05月02日
坂城 自在神社 太々神楽2 榊の舞・鉾の舞・扇の舞・剣の舞
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「太々神楽」は、自在山の麓の上平の人々によって受け継がれ、春季大祭に奉納されています。かつては山腹の拝殿で行われていましたが、現在は里宮にある神楽殿で舞われています。

太々神楽とは出雲流神楽のひとつだそうです。出雲流神楽は出雲の佐太神社の神楽の様式によるもので中国・九州地方に多いですが、全国にあり、信州でも戸隠神社などにも伝わっています。出雲流神楽は神楽や神事で手に持つ道具をもって舞う「採物(とりもの)の舞」と神話などを脚色した「演劇風の舞」に別れます。



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[ 投稿者:オコジョ at 09:03 | 千曲市・坂城 | コメント(0) ]

2016年05月01日
坂城 自在神社 太々神楽1 自在神社へ 神への奉納の祭り・・・
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小さな集落の山の神社の祭りが始まります。



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[ 投稿者:オコジョ at 07:43 | 千曲市・坂城 | コメント(4) ]

2016年04月06日
あんずの里は花盛り・・・  千曲市森2  あんずの里スケッチパーク
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あんずの里スケッチパーク到着・・・



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[ 投稿者:オコジョ at 08:06 | 千曲市・坂城 | コメント(4) ]

2016年04月05日
あんずの里は花盛り・・・  千曲市森1  あんず畑の散策
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毎年の日本一のあんずの里へ・・・
今年も日本一の杏の里の千曲市曲市森に杏の花を見に行ってきました。

桜の花は気品を感じ皿ますが・・・
あんずの花は可愛らしい雰囲気の花です。



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[ 投稿者:オコジョ at 07:18 | 千曲市・坂城 | コメント(4) ]