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浅間山 (4月12日 東御市滋野駅付近より)
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ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習いの、にわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


営利目的や-記事に関係のないコメントTBは、予告なく独断で削除させていただきます。

2009年11月30日
北国街道  小諸市郊外から東御市へ4  牧家(ぼくや)と加沢
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雲とともに旅行く・・・
いいえ、雲のほうがずっと早いです。
でも、気持は雲と一緒です。

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[ 投稿者:オコジョ at 08:17 | 北国街道 | コメント(10) ]

2009年11月29日
滋野地区(東御市) 脇道へ
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北国街道、片羽から滋野駅のほうに脇道へ続きます。
片羽で、予定を打ち切ったときのことです。

我家から100メートル離れた所に標高675.9メートルの三角点があります。
この山茶花は標高580メートルくらいでしたでしょうか。
たかが100メートルなのですが、小諸には皆無ではないのですが、山茶花はないといっていい花です。軽井沢には露地植えの山茶花の花はないと断言していいようです。
特別に好きな花というわけではないのですが、冬に群馬の妙義山を登りに行くと出会うのがこの花で、眩しく感じます。

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[ 投稿者:オコジョ at 07:42 | 東御市・立科町 | コメント(8) ]

2009年11月28日
北国街道  小諸市郊外から東御市へ3 片羽集落
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片羽の北国街道です。
落ちついた家並みが並びます。

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[ 投稿者:オコジョ at 08:10 | 北国街道 | コメント(2) ]

2009年11月27日
山浦真雄(やまうらまさお )宅跡  長野県史跡
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北国街道の赤岩と片羽の集落の間、眼鏡橋のところに山浦真雄宅跡へという道標を見つけました。
早速、寄り道です。
眼鏡橋のかかる大石川沿いにくだります。
この紅葉はその敷地内にあったものです。

山浦真雄といっても御存知ない方がほとんどでしょうね。
私も優れた刀工というくらいしか知りません。
入口にあった案内文を読んでみます。

 「長野県史跡 山浦真雄宅跡」

山浦真雄は文化元年(西暦1804年)この地に生れ若くして剣の道に志し、自分で刀剣を製作しようとした。
二十五才のとき、江戸の水心子秀世の手ほどきを受け上田藩工河村壽隆について鍛刀の修業をはじめ、家業のかたわら弟の清麿と作刀につとめ、古い鍛法をきわめようとした。
天保十一年(37才)小諸藩主牧野氏に招かれてからもっぱら刀鍛治として身をたてた。
嘉永元年(45才)から五年間、松平氏の上田城下に移った。
嘉永六年(50才)松代藩主真田幸貫に用いられてから十五年間、同藩士として多くの名作を残した。
また、四十年余年間にわたる作刀生活の間にすぐれた弟子を育てた。
家督を子の景虎に譲ってから故郷に帰り随想「老の寝ざめ」をしたため、明治七年五月、七十一才でここでなくなった。
遺構として、石燈籠、兄弟が刀を鍛えた跡をはじめ弟子の祐虎と最初、刀を鍛えた作業場などがある。
清麿は相州正宗の風を学び四谷正宗とたたえられた名工である。

       昭和三十九年三月三十日      長野県教育委員会




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[ 投稿者:オコジョ at 08:07 | 東御市・立科町 | コメント(8) ]

2009年11月26日
北国街道  小諸市郊外から東御市へ2 芝生田から東御市赤岩新田
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柿の木が気になって一枚・・・

街道歩きが趣味の人は一日、20キロから30キロ歩くそうですが、私は寄り道専門です。街道歩きをしても10キロも歩きません。困ったことです。
アップも一日、一集落か二集落・・・
何時になったら田中宿につくのか・・・

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[ 投稿者:オコジョ at 06:52 | その他 | コメント(8) ]

2009年11月25日
北国街道  小諸市郊外から東御市へ1 芝生田(しぼうだ)
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鍵が具合が悪くて、ここ東漸寺を訪ねたのは9月、あれから2ヶ月・・・
こんどは、水道の蛇口が折れて・・・
ホームセンターはここ芝生田という集落にあって、片道4キロの道を丘を越えて、ママチャリで・・・
でも、それではもったいなくて、近くを散歩です。

集落の東漸寺の桜紅葉は見頃でした。
でも、10日前のことですが・・・

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[ 投稿者:オコジョ at 07:59 | 北国街道 | コメント(8) | トラックバック(0) ]

2009年11月24日
赤岩神社と赤岩本郷あたり
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一寸、買い物のついでに、いったことのない小諸市内の赤岩本郷の神社あたりをサイクリングしてみました。
遠く荒船山辺りを見ています。
でもここは、隣の押出という地籍です。

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[ 投稿者:オコジョ at 08:00 | 小諸 風景 自然 | コメント(10) ]

2009年11月23日
諸と東山道
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先日登った独鈷山を小諸の諸集落からみています。

その山の裏に松本に抜ける保福寺峠があります。古くは東山道が越えていた峠です。江戸時代の京都から関東への道として中山道が知られていますが、それ以前は「官道」として東山道がありました。

日本を統一したヤマト王権の成立は4世紀はじめとされていますが、日本全国を統治したわけではなく、西は岡山県、東は濃尾平野までといわれます。
有名な、出雲の国譲りは西への勢力拡大に伴った伝説です。日本武尊の熊襲退治や東国平定の伝説も、そうした歴史を物語っています。そして、4世紀半ばには山口、信州と広がりました。

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[ 投稿者:オコジョ at 08:46 | 小諸 町 祭り | コメント(4) ]

2009年11月22日
岩村田 ブラリ散歩
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眼鏡が駄目になって、野沢菜をつけるのを手伝い行くついで、佐久平の眼鏡屋で作ることにしました。その後、のんびり歩きながら佐久市、岩村田の妻の実家を目指しました。

旧中山道をたどり、先ずはこのあたりでは有名な相生の松・・・
相生の松は日本中にありますね。
長寿、縁結び、夫婦和合の縁起の良い木ですね。そのため結婚のため江戸に向かう姫たちは、ここ「相生の松」で休む習わしがあったようです。
なかでも有名なのは文久元年(1861)の皇女和宮降嫁で、のおり、休憩し野点を楽しんだそうです。この日は八幡宿をでて、午前の休憩がここ、昼食を小田井宿、沓掛宿に泊まったそうです。一日22kmのゆっくりとした旅です。

残念ながら、和宮の休んだ松ではなく。現在の松は三代目だとか、手前に二代目の松の切り株が残されています。和宮の休んだのはこの松でしょうか。

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[ 投稿者:オコジョ at 08:12 | 佐久市 | コメント(12) ]

2009年11月21日
えびす講  与良蛭子神社
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11月19日と20日は「与良蛭子神社」の秋恵比寿大祭縁日、通称、えびす講です。
北国街道小諸宿に赤い幟が目立ちます。

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[ 投稿者:オコジョ at 08:16 | 小諸 町 祭り | コメント(4) ]

2009年11月20日
秋の華やかな木の実たち
イチイ(一位、櫟、  イチイ科イチイ属)
イチイ1
永年親しんだ、お札の聖徳太子が姿を消して久しいですね。聖徳太子がが持っている棒が、「笏(しゃく)」です。神主さんも持っていますね。仁徳天皇がイチイで笏をつくり、それで正一位の官位を授けたから「一位」と伝えられています。

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[ 投稿者:オコジョ at 08:49 | 花 植物 | コメント(16) ]

2009年11月19日
二つの虚空蔵堂
01西前山虚空蔵
中禅寺から独鈷山に向かうと山裾に虚空蔵堂があります。正面に2間、奥行き3間、
の小さなお堂です。

元は萱葺きだったようです。
素朴ながら力強さを感じます。

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[ 投稿者:オコジョ at 07:57 | 上田市・小県郡 | コメント(8) ]