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浅間山 (2月4日 信濃追分駅より)
P2010618
ここでは、生き物たちや、自然、歴史など紹介していますが、、専門家ではなく、未熟な愛好家に過ぎません。一応は調べて、掲載していますが、六十の手習いの、にわか勉強の結果に過ぎません。間違いがあるかと思います。誤りに気がつきましたら、ご指摘いただけると嬉しく、おおいに感謝です。その内容を記事に反映させたいと思います。
また、ご意見、ご感想などをコメントをいただけると嬉しく思います。


営利目的や-記事に関係のないコメントTBは、予告なく独断で削除させていただきます。

2007年12月31日
中山道 望月宿  万治(まんじ)の石仏 ほか
PC269076万治の石仏 望月
万治の石仏という石仏が樹の間にチョコンと座ってこちらを見ていました。

万治の石仏といえば、岡本太郎が絶賛した諏訪大社春宮の脇の石仏が有名です。
佐久市望月宿の鹿間川近くの山裾の林の中にも、この万治の石仏があります。
「万治の石仏」と、言う響きは何か人名前のように聞こえますが、万治は、
江戸初期の元号で1658〜1660年の3年の短い期間です。
このときの将軍は4代の徳川家綱の頃です。
諏訪の石仏は万治3年、ここ望月は万治2年の作です。

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[ 投稿者:オコジョ at 00:00 | 中山道 | コメント(10) | トラックバック(0) ]

2007年12月30日
中山道 望月宿
0
中山道望月宿は真山(さなやま)家の二階の格子です。

望月宿は中山道の江戸日本橋から25番目の宿場です。
天保14年(1843年)の記録では本陣1、脇本陣1、旅籠9軒、人口360人信州の小さな宿場町です。
もっとも、宿場が賑わった文化元年には29軒の旅籠が軒を連ねたとあります。

望月とは満月のことです。信濃は奈良時代末に全部で16の牧(馬の牧場)が
置かれ、年間80頭の馬が朝廷に献上されました。
このうち御牧ヶ原の「望月の駒」の献上は20頭を数えました。
毎年旧暦8月15日の満月の夜に宮中での駒牽(こまひき)という行事があり
天皇が献上馬を見たと伝えられ、牧を管理していた大伴氏は望月と名を変え、
地名も望月となったといわれています。

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[ 投稿者:オコジョ at 08:22 | 中山道 | コメント(8) | トラックバック(0) ]

2007年12月29日
小諸城4 山本勘助と小諸城
P1250350鏡石小
遠近(おちこち)の深山隠れの秘事の縄 幾千代を経む城の松風

山本勘助が小諸城を築城したときに創ったとされる歌です。
小諸城の本丸跡には山本勘助が小諸城築城したときに磨き上げた「鏡石」があります。

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[ 投稿者:オコジョ at 00:11 | 小諸城 | コメント(10) | トラックバック(0) ]

2007年12月28日
摺鉢山 3  室賀の里
PC198890
室賀峠から上田市の室賀へ下ることにしました。
すぐ室賀峠史跡公園があります。
室賀峠は上田原合戦で武田信玄を破り、坂城に戻る時に村上義清が鎧をかけて
休んだという言い伝えの松があった跡地がこの公園です。

風越の峰の上にて見るときは雲はふもとのものにぞありける

このあたりは、昔は風越という地名で、信濃守だった藤原家経が長元五年
(一〇三二年)に、ここで詠んだといわれる歌です。

他にもたくさんの歌碑がありますが、一つだけ万葉集からの歌を紹介しておきます。

春はもえ夏はみどりにくれないのまだらに見ゆる秋のやまかも 作者不明 

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[ 投稿者:オコジョ at 00:22 | 山 上田盆地・更埴 | コメント(14) | トラックバック(0) ]

2007年12月27日
摺鉢山 2 摺鉢(すりばち)山から室賀峠へ
PC198807
摺鉢山へ向かいます。
千曲川の対岸の虚空蔵山と太郎山は霧氷で真っ白です。
こちらは山が低いために霧氷がないのが残念です。

背後の雪の山は烏帽子だけです。

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[ 投稿者:オコジョ at 00:05 | 山 上田盆地・更埴 | コメント(14) | トラックバック(0) ]

2007年12月26日
摺鉢山 1 狐落(こらく)城
PC058282
今月初めに「十六夜観月堂と びんぐし湯さん館」のアップで狐落城に触れました。
http://shinshu.fm/MHz/90.97/archives/0000218089.html
物好きは困ったもので、半月ほどして訪れてみました。
ついでに摺鉢山という小さな里山を目指しました。

この写真は半月前に千曲川岸から撮影したものです。
稜線の一番高い山が三水城跡で、右に下がって画面右から1/3のあたりの
平らな部分が狐落城になります。

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[ 投稿者:オコジョ at 00:23 | 山 上田盆地・更埴 | コメント(10) | トラックバック(0) ]

2007年12月25日
冬の日の幻想  (クリスマスによせて2)
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「冬の日の幻想」はチャイコフスキーの交響曲第1番の標題です。
「冬の日の幻想」からのイメージはやはり北国、そう雪国ですね。
私の小諸は、雪は多くはないですが・・・
消えてしまいましたが、先日雪も降りましたし、クリスマスですので、
手持ちの写真をちょっと並べて、ついでに、クリスマスについて少々・・・

幻想的にしたいのですが、それは幻想に終りそうです。

写真はクリスマスなので小諸の教会、ちょっとソフトを使い幻想的に・・・
なりませんね。

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[ 投稿者:オコジョ at 00:03 | その他 | コメント(23) | トラックバック(0) ]

2007年12月24日
クリスマスによせて
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キリスト教徒では無くても、日本中、今夜はクリスマスイブですね。
昔、合唱団の仲間が勤めていた軽井沢の幼稚園のある教会でイブを
迎えたことが、ありました。
この写真も、軽井沢の教会ですが、その教会は、観光とは無縁の小さな教会でした。
ミサを行い、グレゴリオ聖歌を歌い、ワインをたくさん頂きました。
何か、クリスチャンになったような錯覚がしました。

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[ 投稿者:オコジョ at 07:50 | その他 | コメント(18) | トラックバック(0) ]

2007年12月23日
双体道祖神 路傍の愛と神
13東御市
このところ隣の東御市に、4回ほど行きました。
ぶらっと散歩した路傍に幾つかの双体道祖神を見ました。

『古事記』では、神話における最初の夫婦神イザナギとイザナミは、妻のイザナミが
先に死んでしまいます。
神様も死ぬんです。
恋しいイザナギを追って黄泉の国に行くのですが、(ギリシャ神話にも似た話が・・・)
恐ろしい姿に変わり果てた妻の姿に百年の恋もさめ、驚き逃げますが、
妻はどこまでも、追いかけてきます。
仕方なく、石で道を塞ぎますが、この石を道反大神(みちかえしのおおかみ)、
その後に投げ捨てた杖で衝立をつくります。
これが船戸神(ふなどのかみ)・・・
道反大神とともに道祖神の祖先たちです。
こうした道祖神の助けをえて黄泉の国を脱出できました。

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[ 投稿者:オコジョ at 00:08 | その他 | コメント(6) | トラックバック(0) ]

2007年12月22日
冬の装い (冬の山で)
PC198733柏の葉
どこまでも、柏の葉が落ちた道を歩きました。
柏餅の葉・・・
どのくらいの柏餅ができるのか
食いしん坊は困ったものです。

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[ 投稿者:オコジョ at 00:02 | 花 植物 | コメント(14) | トラックバック(0) ]

2007年12月21日
旧 和(かのう)学校
和学校1
東御市和(かのう)の和小学校の脇に白壁の巨大な蔵のような風格のある建物が残されています。旧和学校校舎です。
この学校は、長野県では中込学校と松本の開智学校に次いで古く、明治12年(1879)に建てられています。
堂々とした和風のように見えますが、屋根は中込学校と同じ瓦ぶきの入母屋つくりで寺や神社によくある形です。しかし、ガラスの窓や、入口のアーチなど洋式の部分が入った、明治の和風と洋風を調和させた擬洋風の建物です。

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[ 投稿者:オコジョ at 00:30 | 東御市・立科町 | コメント(6) | トラックバック(0) ]

2007年12月20日
旧中込(なかごみ)学校
今日、明日と二つの明治の学校を紹介してみます。

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佐久市中込にある旧中込学校は、明治8年(1875年)に建てられた、現存する中では国内最古の洋風学校建築です 
設計はアメリカに留学し、建築を学んだ地元出身の市川代治郎でした。
白を基調とした壁は美しく、西洋風の窓を見ていると一見、洋風なのですが、瓦の屋根は和風です。白が基調となって清々しさを感じます。
明治初期の建物は、擬洋風(ぎようふう)と呼ばれています。

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[ 投稿者:オコジョ at 07:30 | 佐久市 | コメント(8) | トラックバック(0) ]