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2016年08月12日
がさんざんてこ
 隊商は東ドラスニアの荒涼とした原野をゆっくりと曲がりくねって進んだ。らばの鈴の音がかれらの優思明後から悲しげについてきた。ようやく小さなピンク色のつぼみをつけ始めたまばらなヒースの茂みが、起伏の少ない丘を点々といろどっていた。空は陰うつな灰色におおわれ、冷たい風が北からたえまなく吹きつけた。
 ガリオンはいつのまにかまわりの原野と同じように憂うつなもの悲しい気分になっていた。いくら考えまいとしても避けようのない明白な事実がかれの前にあった。それはこう優悅 避孕している間にも着々とマロリーへ、トラクとの対決の瞬間に近づきつつあるということだった。かれの背中にくくりつけられた巨大な剣のつか[#「つか」に傍点]頭から間断なくささやきかける〈珠〉の歌も慰めにはならなかった。何といってもトラクは神なのだ--打ち勝ちがたい不死身の敵だった。そしてガリオンはまだ大人になってすらいないのに、神を探しだし、対決して死ぬためにマロリーへ向かっているのだ。ガリオンは死という言葉を心から締めだそうと必死になった。それはゼダーと〈珠〉の長い追跡行のときには一、二回の可能性に過ぎなかった。だが今回は動かぬ事実のように思えた。かれは一人ぼっちでトラクと対決しなければならないのだ。マンドラレンやバラクやヘターはその素晴らしい剣の腕前でかれを助けにこれないのだ。ベルガラスやポルおばさんも魔法を使って介入することはできないのだ。シルクとてうまく逃げおおせるようなうまい策略を考え出すことは不可能だ。猛り狂う無敵の暗黒の神はかれの血をもとめて襲いかかってくることだろう。ガリオンはしだいに眠ることが恐ろしくなってきた。眠りはいつまでも消えることなくつきまとう悪夢をもたらし、しかもそれは日いちにちと恐ろしいものになっていくのだった。
 かれは怖かった。刻一刻とつのりくる恐怖のせいで、口の中がいつも不快な味がした。何よりもかれは逃げ出したかった。だがそれが許されないことはガリオン自身がよく知っていた。第一逃げ出せるような場所がなかった。世界中広しといえども、かれの隠れられるような場所などありえない優思明のだ。万が一そんなことをしようものなら、たちまち神々が探しだし、ときの初めより定められていたあの恐ろしい対決へ容赦なくかれを連れ戻すことだろう。それゆえにガリオンはすっかり恐怖に怯えながら、かれ自身の死に着実に近づこうとしていたのである。
 一見鞍の上でまどろんでいるように見えて、そのじつ眠っていないベルガラスは、ガリオンの恐怖がその頂点に達するまで、鋭いまなざしで見守りながらも口出しはしなかった。そして鉛色の空が、まわりの風景と同じように陰うつに垂れこめたある朝、老人はガリオンのそばに自分の馬を寄せながら静かな声で言った。「あのことについて話したいか?」
「そんなことしたって何にもならないよ」
「少しは助けになるかもしれないぞ」
「ぼくを助けられるものなんて何ひとつないよ。ぼくはかれに殺されるんだ」
「もしそんなことになるとわかっていれば、はじめからおまえを旅立たせたりはしないぞ」
「そんなこと言ったって、いったいどうやって神と戦うんだ」
「勇気を出すことだ」不親切な答がかえってきた。「おまえはこれまでにもどうでもいいときにとんでもない勇気を出したじゃないか。あの頃と今とそんなに変わっているようには思えんがね」
「ぼくは怖いんだよ、おじいさん」ガリオンはついに告白した。その声は苦悩に満ちていた。
「今になってやっとマンドラレンの気持ちがわかったよ。恐怖がこれほどひどいものだとは思わなかった。とてもぼくには耐えられそうもない」
「おまえは自分で思っているよりはるかに強いんだぞ。必要ならどこまでも耐えられるさ」
 ガリオンはしばらく考えこんだ。だがあまり心の助けになったとは思えなかった。「かれはいったいどんなやつなんだい」ガリオンは突然病的な好奇心に駆られてたずねた。
「誰がだ」
「トラクだよ」
「傲慢のひとことにつきる。何としても虫の好かんやつだったな」
「たとえばクトゥーチクとか、アシャラクみたいなやつかい」
「違う。やつらはトラクのようになろうとしただけだ。むろん成功するわけがなかったが、それでもなろうと努めたのさ。もしおまえの助けになるなら言っておくが、トラクだって同じようにおまえを恐れているんだぞ。やつはおまえが誰なのかを知っている。やつと対決するのはしがないセンダリアの皿洗いガリオン少年などではない、リヴァ王ベルガリオンだ。かたわらにはトラクの血を求めてやまぬリヴァの剣がある。そしてやつは〈アルダーの珠〉を見るだろう。それこそトラクがもっとも恐れてやまないものなのだ」
「おじいさんが初めてトラクに会ったのはいつ頃のことなんだい」ガリオンは突然、老人の話を聞きたくなった--それもはるかかなたの昔のことを。昔話はこれまでもかれの救いになってきた。話にすっかり没頭しているあいだは、ほんのいっときだけでも嫌なことを忘れることができた。
 ベルガラスは短く刈りこんだ白い髭をかいた。「そうだな」老人はしばし考えこんだ。「初めてやつに会ったのはわたしがまだ〈谷〉にいた頃だったな。かなり大昔の話だぞ。そこにはベルゼダーやベルディンなどの仲間たちもいて、みなそれぞれの修業にはげんでおった。われわれの〈師〉は〈珠〉とともに塔へ引きこもり、一ヵ月以上姿を見せないこともしばしばだった。
 ある日のこと〈谷〉に見知らぬ客人が訪れた。身長はわしとさほど変わらないのに、歩くとまるで何千フィートもあるように見えたな。髪は真っ黒で、肌は抜けるように白く、瞳は覚えているかぎりでは緑色がかっていたような気がする。やつの顔は美男子といっていいほど整っていて、髪は何べんも櫛をいれているかのようにつややかだった。何というか、年がら年じゅう鏡をポケットに忍ばせてはしょっちゅう見ているような輩に見えたな」
「かれはおじいさんに何か言ったのかい」ガリオンはたずねた。
「ああ、言ったよ」ベルガラスは答えた。「やつはわれわれのところに来てこう言った。『わたしは兄、すなわちそなたらの〈師〉に話があって来たのだ』わしはそいつのしゃべり方がまったくもって気にくわなかった。まるでわれわれが召使いか何かのように見下げた口調でしゃべるんだ--まあ、それがやつの欠点だったんだがね。わしの場合は〈師〉ずった末に、最低限の礼儀をたたきこんでくれていたから、できるだけ礼儀正しく答えたのさ。
『おいでになったことを〈師〉に伝えてまいりましょう』とね。
 そうしたらやつは例の腹立たしいほど尊大な口調で言ったね。『その必要はない、ベルガラス。兄はわたしが来たことを先刻ご存じのはずだ』」
「どうしておじいさんの名前を知っていたんだろう」
[ 投稿者:づいたのは at 18:10 | づいたのは | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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