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2017年05月27日
このぼやきで恐らく2割もない幸せな話の一つ
ここ暫く、どうにも気分がのらない。いや、はっきり言って不調だ。
まあ、季節的なものだろうと、半分は諦めていたのだが、スケジュール調整に支障をきたしそうなので、相も変わらずキリキリとした焦燥感を感じていた。
いっそ、予定等、なくしてしまうか。暫く筆を置くか。
そんな事さえ考えていた。
今更、見栄を張る必要もあるまい。認めよう。
僕は描く事からすら逃げたくなっていた。
しかし、見栄はなくとも意地はある。擦り減り、無くなりそうではあるが、確かに僕の心に突き刺さっている矜持だけが、画家であろうと踏みとどまらせていた。
それでもやはり、健康状態は良好とは言い難い。
これでは格好がつかんな。
そんな事を考えながら、怠惰に日々を過ごしていた。

そんな状態を妻も察していた様で、日常の中でさり気なく僕を気遣ってくれた。
先日、妻が、
良いものをやろう。
と、小さな木箱を渡してくれた。
暫く前から注文をしていた名前入りの特注の扇子が、そこに収まっていた。曰く、遅めの結婚記念日のお祝いだそうだ。
素直に嬉しかった。
いつも、消耗品程度に考え、無いよりはある方が格好がつくだろうと、安い扇子を持ち歩いていた僕には勿体無い逸品である。
しかし、こんなに良い品を貰ってしまえば、格好をつけねばなるまい。
あまり気乗りはしない以前に、気力さえ無いに等しいが、それでも、前に進もうという気持ちにさせてくれた。

そんな事もあり、幾分か穏やかな気分で仕事の合間に、アトリエで制作の前段階の下準備を進めていた。
実は今は妻と同じ職場に居る。つい前まで、絵の講師をやらせてやるとの約束で某所に居たのだが、どうやらそれは方便だったようで、その対偶の悪さに嫌気が指して転職してやった次第である。まあ、転職と言ってもバイトなのだけれども。
今日は、そのバイト先での仕事が一区切りついたので、打ち上げの飲み会が開かれていた。妻は生憎、風邪を引いて寝込んでおり、不参加だったのだが、僕は折角なのでと、参加してきた。

実は、数日前、妻と小さないざこざがあった。
僕はこの体質なので、フルタイムで働く事は今の段階では少々、無理がある。だが、妻としては社会復帰を果たし、バイトから契約社員程度にはなってほしいという願望があるようで、僕が社員を目指しているので、バックアップを頼みたい、と上司に相談してしまったようだ。
そうなると、それ相応の研修カリキュラムを受けねばならなくなるのだが、当然僕にそれをこなす能力は無い。
そんな事を勝手に決められても、僕にはそれに耐える力が無いのだから、精神的な負担が増えるだけで迷惑でしかないといった内容の事を明らさまに不機嫌な態度で伝えた。
その場は、もうこの事はお互いに掘り返さない事にしようという形で収まった。

そして今日、飲み会の席で、共通の親しい友人から妻の話を聞かされた。
「橋本さん、この前、ロックさんに悪い事してしまったって、頭、抱えてたで」
「え?なんかあったっけ?」
「いや、社員に推薦したけど、それが負担になってしまったって」
「そんな事、言ってたんや…」
「うん。やから、ロックにだけ頑張れって言うんじゃなくて、私も出来るだけ働こうと思ってんねん。て、言ってたで」
「…。全然、知らんかった…。そんな事があったんや…」
「あ、ごめん。言わんかった方が良かったかな」
「いや、知れて、少なくとも僕は嬉しかったで。
…。あれやな。ええ嫁やな…」
ぼんやりと、そんな言葉を口にした。何とも間抜けな表現ではあるが、心から湧き上がってきた言葉だった。
「うん。ほんま、ええ嫁やで」
この友人にも感謝せねばなるまい。

家に帰ると、妻に何かしてやりたいと思った。しかし、僕は、
「ありがとう」
と口にすることくらいしかできない。
実を言うと、僕は愛情表現が苦手なのだ。
「ありがとう」は何度も言った。「すまない」も日々、伝えている。しかし、「愛している」は滅多にどころか数える程も口にしていない。ジョン・マクレーンと真逆である。古い意味で軟派な奴だと、我ながら失笑を禁じえない。文学おたくらしい辛気くささである。
そんな体たらくなので、よく、
ロックは本当の気持ちを伝えてくれない。距離がある。冷たい。
と、言われるのだけれども。その度に、
おもっているからこそ、口にできない事もある。だからこそ、それは真実なんだ。まあ、察してくれ。
等と、はぐらかすのが常である。

結局、
好きだとか愛しているだとかいった気の利いた言葉は口にできなかった。
ただ、今が幸せな事、今日、とても嬉しい事があった事、そのお陰で、少し元気になれた事を何とはなしに話した。
そして何より、感謝の気持ちを心から込めて、いつも通り、「ありがとう」と伝えた。
恐らく、妻は察してくれただろう。優しく微笑んでくれたから。
[ 投稿者:Rock at 03:00 | ぼやき兼覚え書き ]

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