2018年05月07日
大平宿2018.5
まさに五月晴れの大平宿
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今回は、他のメンバーとは一日遅れで参加しました。
ちょっと慌ただしかったかな
テキトー喫茶店ではあるけれど、一応サービス業なわけでGWに4連休するのはいかがなものか・・・
応援してくれている常連さんもいるわけで、その人たちに「その程度の気持ちなのか」と思われるのも気がかりでね。



そんな話はさておき、大平宿は江戸時代に山田屋新七と大蔵五平治が大平街道を通して作った宿場です。

んで、その山田屋新七の功績をたたえて宿場の入り口に当時の石碑(墓)があると言うことですが・・・・

当時の宿場の入り口は一番南側。諏訪神社側です。
と言うことは、宿場の入り口は八丁屋と言うことになります。

ちなみに今の大平街道は、荷車(木材搬出のため)を通すために明治になって一部変更されたものです。

んで八丁屋の隣に石碑があります・・・つーか、前からあるのは知ってたんですが、気に留めてませんでした(^^;



石碑は3つ。大きい物は背丈ほどあります。

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見た目、一番古そうなのはコレ
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残念ながら読みとり困難。
クリーニングしたい気に駆られましたが、タワシなどで掃除しても良い物なのか?



三界萬霊(すべての精霊の供養塔?) 諏訪神社に関連するのかも
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漢字が難しくて読めませんが、どうもコレが山田屋新七の墓の様です。
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左上に開発元祖と刻まれているのでほぼ間違いないかと思われます。

ちなみに山田屋は孫の代までこの地に暮らしたそうです。
(孫の名前が「新七郎」だっけ? なんだかそんな紛らわしい名前だったような気がします)


その後の大平の歴史も、失業中にちょこちょこ調べたのですが、ここでは割愛。記憶も曖昧になってきてるしね・・・(^^;;




私たちのグループで、大平の守人と言えば、故 羽場崎清人さん。飯田市内で、主に登山に関するスポーツ店(アルススポーツ)を営んでおり、通称「アルスのオヤジ」と呼んでいました。

そんな羽場崎さんの功績をたたえた石碑があるとネットで見つけたのですが、残念ながら見つけられませんでした。

↓ネットより拝借した羽場崎さんの石碑の写真。
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ここに生きる!
まさにその通り。
いつまでも大平に居てくれている気がします。
[ 投稿者:matsu at 12:01 | アウトドア | コメント(2) | トラックバック(0) ]