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2009年11月04日
クロード・レヴィ=ストロース
ご逝去とのこと。(この言葉は貴方に対しては何か違和感があるような気もしますが)ご冥福を。そして、いろいろなことを気づかせてくれて、今までありがとうございました。
[ 投稿者:chun at 08:37 | 原風景 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2005年02月19日
サルトルと現象学
レーモン・アロンはその年をベルリンのフランス学院で送り、歴史の論文を準備しながらフッサールを研究していた。アロンがバリに来た時、サルトルにその話をした。私たちは彼とモンパルナス街のベック・ド・ギャーズで一夕を過ごした。その店のスペシャルティーであるあんずのカクテルを注文した。アロンは自分のコップを指して、
 《ほらね、君が現象学者だったらこのカクテルについて語れるんだよ、そしてそれは哲学なんだ!》
 サルトルは感動で青ざめた。ほとんど青ざめた、といってよい。それは彼が長いあいだ望んでいたこととぴったりしていた。つまり事物について語ること、彼が触れるままの事物を……そしてそれが哲学であることを彼は望んでいたのである。アロンは、現象学はサルトルが終始考えている問題に正確に答えるものだといってサルトルを説き伏せた。つまりそれは彼の観念論とレアリスムとの対立を超越すること、それから、意識の絶対性とわれわれに示されるままの世界の現存とを両方同時に肯定するという彼の関心をみたすのだとアロンは説得したのであった。[シモーヌ・ド・ボーヴォワール「女ざかり 上」朝吹登水子訳、紀伊國屋書店、昭和40年8月10日第6刷発行]

やっと見つけたぞ(笑){ランボーじゃないって}。あまりにも有名な上記のフレーズ、様々な書物に引用されているのだが、出典がなかなか見つけられなかったものです。「女ざかり」で述べているのだろう、という予想はつけていたのだが、肝心の本が手元にない、と思いこんでいたのだ。で、今、小峰元の本の何が手元にあるのかを調べるために書棚を検索していたら、「女ざかり」発見。上下共、手に入れていたのですねえ、全く。

本の整理を急がなければいけないのだが、時も体力もいまいち。「そのうちに…」というのは、結局「やらない」と同意語らしいよね。サルトルに関しては、書きたいことが山ほどあり、何から始めていいか、まだ決めかねているのだが、このエピソードに関しては、その後の私の思考の志向性を考えると、とにかくまず記しておきたいことだったのだ。

まあ、見つかってめでたいよ。
[ 投稿者:chun at 13:18 | 原風景 | コメント(4) | トラックバック(1) ]

2005年01月31日
プルースト(その2)
そうしてまもなく、陰鬱な今日の一日、うら悲しい明日の日の見透し、そんな屈託に耐えかねて、私は、そのマドレーヌの一片を浸けてほとびさせたお茶を一匙、機械的に、唇にもっていった。ところが、菓子の細かいかけらのまじった一口のお茶が、口うらにふれた瞬間、私は身震いした、何か異常なものが身内に生じているのに気づいて。なんとも言えぬ快感が、孤立して、どこからともなくわきだし、私を浸してしまっているのだ。その快感はあたかも恋のはたらきと同じように、高貴なエッセンスで私を満たし、たちまち、私をして人生の有為転変に無関心にし、人生の災厄に平然たらしめ、人生のはかなさを迷妄と悟らしめたのであった。というよりもむしろ、そのエッセンスは私のうちにあるのではなく、私そのものだった。私はもう自分を凡庸にして偶然な、命数に限りあるものとは感じなくなっていた。いったいどこからこんなに力強い喜びが私にやって来たのか?その喜びは茶と菓子の味につながっているのではあろうが、そんなものを無限に凌駕していて、とうてい同じ性質のはずのものではないように感じられる。どこからこの喜びは来ているのか?何を意味しているのか?どこで把握するのか?私は二口目を飲む。そこには一口目のとき以上の何ものも見出されない。三口目は二口目よりも少々劣ったものしかもたらせない。やめたほうがいい、飲物の効力は減ってゆくようだ。…………精神がそれ自身の能力をこえた領域に踏みこんだと感ずるたびごとの、そして、探求者自体である精神がすっかりまっくらな世界となって、そんななかで探求しなければならなかったり、既知の全知識を無にされたりするようなときの深刻な不安定感。探求する?それだけではない、創造するのだ。精神は、まだ存在するに至らぬ何ものかに直面しているのだ。精神のみがそれを現実に存在させ、やがてそれをおのが明るみに入れることができるのだ。
[新潮社「失われた時を求めてⅠ」淀野隆三・井上究一郎訳(1974/5/30刊)]


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[ 投稿者:chun at 23:46 | 原風景 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2005年01月24日
プルースト
ルネ・ブルームに-
……この書物はきわめて現実的な書物です、しかも、無意識的記憶の現象を描くために、突然の回想というものによってささえられています(無意識的記憶は、ベルグソンはそんな区別を立てていませんが、私によれば、それこそが唯一の真実なので、意志的記憶、理知の記憶、目による記憶は、過去の不正確な描写をもたらすにすぎません。そんな記憶は、下手な絵が春に似ていないように、似もつかぬ過去を再現するのです……)。
私の書物の一部分は、私の忘れ去った生活の部分であり、そんな部分を、私はお茶に浸したマドレーヌのかけらをたべながら、突然思い出すのですが、その菓子は、昔それを毎朝たべたことに気づき、それと同じ菓子であることを私が認める以前に私を喜びで満たします。
そしてたちまち当時の私の全生活が再生し、書物のなかで私が語っているように、水鉢に浸された紙きれが人物や花となって開くあの日本の遊びさながらに、私の当時の生活をめぐる人たちや庭が、茶碗のなかからでてくたのです。……[新潮社「失われた時を求めてⅠ」淀野隆三・井上究一郎訳(1974/5/30刊)の「あとがき」より]


プルーストのプチ・マドレーヌ

大学時代、友人との会話を思い出す。「我々だと、あのみそ汁、夕方どこの家からともなく漂ってくるあのにおい、だよな」

私は確か、プルーストの研究をしたくて大学に入ったはずなのだが、そして確かに全7巻の「失われた時を求めて」(翻訳本だが)も何とか手にしたのだが、未だに読破していないというていたらく。でもね。何しろ最初にとった(確か)「近代フランス文学史」の講義が、なぜか「人類学」の内容で、「骨の話」なぞをやっていて、他の「フランス文学」の講義では、ソシュールの「一般言語学」をやっていて、私の興味はどんどんそちらの方へ向かっていく。ま、今ではそのことに大変感謝していますがね。
[ 投稿者:chun at 08:54 | 原風景 | コメント(0) | トラックバック(2) ]

2005年01月10日
エポケー
「フッサールの現象学」の用語で、
「判断中止」とか「保留」とか訳語が充てられている。
が、
大学時代の我々は、何かちょっと考えて分からないことがあると、

エポケー

といって逃げの手に使わせていただいた。
最も、授業であてられた時に、全く何も考えず、一瞬で
「分かりませ〜ん」と宣ふやうな学生もどきの方々とは全く違って、
その分からないことは、その後も、大げさに言えば一生考え続けている、
と思いたい、いや、そうしているはずだ。
私は断固そうしている、はずだよね。(汗汗……)
[ 投稿者:chun at 20:38 | 原風景 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2005年01月03日
ポール・ニザン
ぼくは二十歳だった。それが人生でもっともすばらしい年齢だなどと、ぼくはだれにも言わせはしない。
[角川文庫「アデン・アラビア」花輪莞爾訳(S48/8/10刊)より]

いつ、どこで、この言葉、この作家と出会ったのか、とんと思い出せない。
が、
人生の折りのふれ、ふと、この言葉が蘇る。

なぜだろう。


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[ 投稿者:chun at 16:09 | 原風景 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

ニーチェ
高校時代、倫理の先生から教わったのが最初だと思う。
「まず、強くなければならぬ」ということで、筋肉隆々でしたね、彼は。
ウェイト・リフティング(weight lifting)部の顧問もやっていて、
「腰が痛いやつはウェイト・リフティング部に来い。治るぞ」と宣わっていた。

たぶん、「哲学者」なるものとの最初の遭遇だった。
[ 投稿者:chun at 00:20 | 原風景 | コメント(0) | トラックバック(0) ]