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2010年11月27日
Max Bruch
Screamer Radio から流れてきていたので、取り急ぎメモ。






[ 投稿者:chun at 21:07 | 音楽 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

外付けHD
節操なく適当にいろいろとぶちこんでいるものだから、160GBがいっぱいいっぱいになってきたので、熟慮(?)の末(雲(cloud)の上に対比させようとも考えた)、外付けHDを購入しました。とりあえず320GB。マニュアルは全然ダメで、結局試行錯誤。最初は繋ぎ方さえわからず。これ(Silicon Power USB2.0/1.1対応 耐衝撃 Armor A50 ポータブルHDD 320GB Gold SP320GBPHDA50S2G)、USBポートを2つ使っちゃうんですね。昔(大昔?)使っていたのは、1つでよかったのに。付属のツールも使いづらいので、BunBackupのお世話になっております。ありがたいですね。パーティションを切れなかったので(昔のヤツの付属ツールはやれた。ま、今回のもやりようはありそうだが、面倒なので)、フォルダを作成してごまかした。あ、フォーマットがFATになっていたので、NTFSに変えた(論理フォーマットだけで済んだので一瞬で終わったが)。で、現在結構快適に動いていますよ。パーティションが1つ増えた感覚ですね。ま、160GBをコピーするのには結構時間がかかったが、昔に比べれば夢のように(?)速い。5000円弱なので、何かの機会(あまりあってほしくないが)には、また購入してもいいかな。



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[ 投稿者:chun at 07:24 | あ痛て~私史 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2010年11月16日
出てこなかったり、出てきたり
他の本を探していたら、クワイン著「論理学の方法」、何か出てきちゃいました。1961年第1刷発行の1975年第11刷版なので、やはり大学時代はこれを使っていた、あるいは、前に見つけたやつと両方使っていたのかも。ま、何となくほっとしましたよ。しかし、訳者の1人は大森荘蔵だったんですね。

あ、探していた本は「子供の領分」(最近ちょっとドビュッシーを眺め始めていて思い出したのだが)というやつなのだが、誰が書いたものかも内容も記憶にない。検索してみると同じ名前の本が何冊かあるんですね。多分、モニック・ウィティッグのではないかと思うが、検索に引っ掛かったの(画像)が新装復刻版だからなのか、記憶にある表紙とは違っている。こっちはちょっとすっきりしませんね。



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[ 投稿者:chun at 13:08 | | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2010年11月13日
再開ハノン(10) [1~31+α]
ちょっと思うところがあって、スピードダウン。で、130→120。
[ 投稿者:chun at 23:15 | 音楽謀茶修行 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2010年11月12日
ランガージュ
チョムスキーは、すべての人間は言語を可能にする生得的能力を持っていると主張したが、これは正しい主張であると思われる。しかし彼は、その生得的能力とは、文法構造に関する知識であると考えた。ここに疑問がある。ある特定の文法構造が人類普遍的な生得的知識であるとすると、それとは別様な構造は登場しえない。すべての言語の文法が、幼児の頭の中にあらかじめ備え付けの「二者択一のスイッチ」のオンオフの組み合わせによって作られるとするなら、そこに「創造」はない。他方、ソシュールもまた、言語は人間の生得的な能力によって実現されると考えていたのであるが、彼の考える生得的能力であるランガージュとは、「人間のもつ普遍的な言語能力・抽象能力・カテゴリー化の能力およびその諸活動」なのであった。これは、具体的な知識そのものではなく、具体的な知識を創造する前提となる能力であると言い換えてよいだろう。{山口裕之著「人間科学の哲学」より}

確か、ゲシュタルト心理学(あれ、生成文法だったかな)の本を探していた時に偶然目にしてつい(?)購入してしまったこの本、昨日から読み始めているのだが、かなり当たり(?)だったようだ。おかげで、コンディヤック(この人、全く知らなかった)まで、手を伸ばしそうになっていますが……。

(追記)
読み進めると、一応目につくところに置いたまま(読むこともなく)、10数年(気が長いのかずぼらなのか)過ぎてしまった、スティープン・ピンカー著「言語を生みだす本能」への言及があり、やはり(なのか?)いろいろと興味深い内容だったのだな、とちょっと取り出してみた。さらに、小林 春美 佐々木 正人著「子どもたちの言語獲得」も追加発注してしまった。そして、そして、さらに、スティープン・ピンカー著「思考する言語」も追加発注。う〜ん。



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[ 投稿者:chun at 12:49 | 哲が学して… | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2010年11月08日
タイヤ
タイヤ交換。エンジンオイル、フィルター、バッテリー交換。なお、車検時に、クーラント、ブレーキオイル交換を忘れずに。この時期だとまだ、さほど混んではいなかったな。去年まで、4時間近くかかったからね。本日は、1時間半弱。とりあえず、メモ、ということで。
[ 投稿者:chun at 23:37 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2010年11月07日
再開ハノン[1~31] (9)
昨日から、128→130。今年中に140超えは可能か(?)。
[ 投稿者:chun at 11:08 | 音楽謀茶修行 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2010年11月04日
作品
 ここに一冊の書物がある。たとえば、それは『文学空間』(Maurice Blanchot, L'espace littéraire)という書物である。しかし、この書物はそれが読まれることがなければ、たかだか一冊の「書物」(un livre)であるにすぎぬ。つまり、紙とインクのしみとの総体、あるいは物質存在と化したエクリチュールであるにすぎない。それが「作品」(l'oeuvre)にまで変貌し、世界のただなかに驚嘆すべき一つの出来事として現われ、『文学空間』が真に文学空間の中に定着され得るためには、それは読まれなげばならない。「書物」から「作品」への移行には、レクチュール(lecture 読解、読むこと、読書)の契機が不可欠である。

 このように語ることによって、わたしたちはすでにブランショの『文学空間』の読解(レクチュール)にとりかかっている。とりわけ、そこにおける読解(レクチュール)理論のレクチュールに。「書物はまだ作品ではない。作品は、それがそれを書く人と読む人との親密な関係(intimité)である場合に果たされる出来事である」(L'espace littéraire, Gallimard, Livre de poche, p. 11 『文学空間』粟津、出口訳、現代思潮社、十二ページ)
{足立和浩著「知への散策」より}


2,3日前、他の本を検索していて、たまたま見つけたこの本、さっき読んでみると、まさにど真ん中(?)。私が卒論で最も(直接的に)影響を受けたのは、もちろん、原点はソシュールにあるとはいえ、結局、ブランショだったのだな、と改めて思い出させられる。



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[ 投稿者:chun at 21:45 | 哲が学して… | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2010年11月03日
変?
blog2010110301

上の画像、ハノンを弾いているときの私の視線の先。最近、メトロノーム(左下に見える青っぽいヤツね)のスピードの確認は、音ではなく視覚(振り子の揺れ)でやっている(聴覚は自分の弾く音に集中させている)のだが、今日、改めて見ると、本棚に並んでいる本の統一性のなさに苦笑いさせられる。まあ、音楽用語辞典関連は分かる(楽譜の表記に不明なところがあった時には非常に役立っている)だが、左の方の2冊、「スーパーインポーズCP/M」と「PROLOG入門」(アマゾンで確認したら、とりあえずあるね。当然中古ですが。CP/Mの方は1冊だけですか)、は、ちょっとこの場所には異様だよな。だが、ちょっと懐かしくなり、今、ぱらぱらめくってみている。発行が1985年だから、X1turboの発売の次の年か。しかし、X1の時代(?)に使ったのかもしれないな。特に「CP/M」のまえがきを読むと「シャープのパソコンテレビX1を最大限に活用した……」とあるし。本のタイトル自体、「スーパーインポーズ」ですからね。そういえば、よくパソコンの画面に映したテレビを見ながらプログラミングしていたな。さらに、「Z80ニーモニックのアセンブラ」とか「FORTHコンパイラ」(FORTHもPROROGも本当にわくわくしながらいじっていたよ)とか書かれているのをみると、今と比べると何もなかったが、いろいろと夢を生み出す装置だけはあった(それとそれを担う人々がいた)時代だったことを、改めて感じるな。もちろん、今も、さらに多くの人々がいることは理解しているが、規模が大きくなりすぎて、手が出しにくくなっているきらいはあるような気がしてね。



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[ 投稿者:chun at 12:32 | 雑感 | コメント(0) | トラックバック(0) ]