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2017年09月11日
牛乳瓶の想い出
近くの明治牛乳販売店
さんが、試供品の牛乳
を置いて行ったよ〜と
夫が言いました、へ〜

牛乳なんてスーパーで
手軽に買えるから宅配
してもらう必要はないし、

そんなお高いものを
買う余裕もありませ
んけど〜、でも、

瓶入り牛乳か〜懐かし
くて、ちょっと嬉しい
かも〜、そう言えば、

小学生の頃、給食に瓶
入り牛乳が出たんです
よね〜、低学年の頃は
確か脱脂粉乳だったと
思うけれど、いつから
瓶入りの本物の牛乳に
なったのか? 覚えも
ないですよ〜、でも、

あの記憶のお陰で、瓶
入り牛乳が給食に出て
いたことだけは確か〜

その頃、牛乳を飲んだ
後は、その空き瓶に
お湯を注いで飲むこと
になっていたのですが

  熱湯を瓶に一気に入れる
  と瓶が割れるから、少し
  ずつ入れるように

と、先生に言われて
いたのに、ドバーッ
と誰かがお湯を入れ
たとみえ、その場で
すぐは割れなかった
ものの、お湯を注ぎ
終わって、その子が
牛乳瓶を持ち上げた

その途端、瓶の底が
スポンッと抜けて、
中のお湯がジャバ
ジャババ〜〜ッ!!!

    うぉおおお〜っっ!!!

となったのでした〜〜、

周りの生徒もビックリ、

あ、本当に熱湯を急に
瓶に入れると割れるん
だ〜ということを、
実際に見て学んだので
した〜

それも粉々になるので
はなく、スパッと見事
に底だけキレイに割れ
たな〜と、瓶入り牛乳
を飲むたびに思い出し
て笑えてしまうのです

急激に瓶の温度が変わ
ると割れるけれど、

お湯を少しずつ入れて
瓶の温度の上昇が緩や
かなら、瓶にも熱湯が
入るということも同時
に皆が学んだあの日、

図らずも理科の実験室
になったのですよね〜

いや、本当、懐かしい


[ 投稿者:ヘムっちょ at 13:35 | 思い出 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2017年03月20日
タンゴ
ラ・クンパルシータ

レコードと言えば、

レコードプレーヤー
を初めて父が買って
きたのは私が中学生
の時、買い物など
したことのない父の
思い掛けない大きな
買い物は意外で、

さらに、選んできた
レコードは父には
そぐわないもので、
不思議な気がしまし
た、それが

ラ・クンパルシータ

音楽など興味もなさ
そうな父の選択に、
当時の私は、きっと
何でもいいから1つ
買おうと闇雲に選ん
できたのだろうと
思ったものでした

ところが、ずっと後
になって母に聞いた
ところによると、

父はダンスがとても
上手で、大恋愛した
相手もダンスが縁
だったようです

出稼ぎで外泊ばかり
していた父がいない
生活が普通になって
いた当時、たまに
父が家にいると、
私は何だか落ち着か
ない気分になって

そこは、父にとって
も居心地の悪い家
だったろうな〜と
思います

外ではいたずら好き
で、お喋りだった
らしい父も、家では
物静かな印象でした

こんな熱い情熱を内
に秘めた人だった
ことを子供たちは
誰も知らずに過ごし
ていたのですよね、

家族はそばにいても、
その内面は外の人の
方がきっとずっと
知っているのだろう
と思います

その情熱はきっと私
にも受け継がれて
いるのだろうな〜と
今頃になって思って
みたりしているのです


[ 投稿者:ヘムっちょ at 09:49 | 思い出 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2017年02月14日
子供の頃、
父に添い寝してもら
った時、父はいつも

  抱っこがいいか?
  それとも、おんぶ?

と聞いたものでした、

向き合って寝たいか
それとも、父の背中
にくっついて寝たい
かということなの
ですが、私は必ず、

  おんぶ

と、答えていました

父が気付いていたか
どうか知らないけれど
理由は至って単純、

向き合って寝ると
父の呼吸につられて、
苦しくなってしまう
からでした

大人の呼吸数と子供
の呼吸数は違うのに、
大人の呼吸に合わせ
ていたら、そりゃ、
苦しくなりますよね

何だか懐かしく、
そんなことを思い
出しています


[ 投稿者:ヘムっちょ at 18:58 | 思い出 | コメント(2) | トラックバック(0) ]

2016年01月30日
女は食べなければ!
桜咲く小径より2016.1.25.jpg☆

高校時代、友人と外食
する時に消化剤を持参
していた子がいた、

これを飲まないと消化
が間に合わないんだよ
・・と言って。

その子に対して、私は
  
  そんなのおかしいんじゃ
  ないの?消化できない程
  食べなければいいのに

・・と陰口を言った

それを聞いたその子は
とても悲しそうな顔を
して、一言も言い返さ
なかった、

本当は私の方がお腹の
調子最悪の高校時代を
送っていたのにね、

消化能力もないくせに
食べ過ぎていたのは
私の方、

消化剤でも飲めばいい
んじゃないの?と逆に
言われてもおかしく
ない状態だったのに、

その子は何も言い返さ
なかった、とてもいい
子だったんだな〜と
その時、私は分かって
自分の言ったことを
後悔した、実際、今は、

私も常に消化剤を飲み
ながら食べています〜

食べなければ、痩せて
老け込んでしまうので
消化剤頼みの毎日です

当時のあの子の気持ち
が今すごく分かり、今
どうしているだろう?
ととても気になります

その子に会って謝りた
いとずっと思っていた
けれど、もう何十年も
会う機会はありません、

一度口から発した言葉
は誰かを傷つけ、後悔
の念も自分の中にくす
ぶり続ける、自分中心
のものの見方しかでき
なかった若い頃の失敗

いや、今でも、きっと
自分では気づかず、
誰かを傷つけているか
もしれません、そして

知らないうちに誰かに
助けられていること
だってあるかも、心に
痛みを感じながら、
謙虚にならなければと
思っている、そんな
今日となりました


[ 投稿者:ヘムっちょ at 10:35 | 思い出 | コメント(2) | トラックバック(0) ]

2015年11月20日
コートの想い出
リサイクルコート2015.11月.jpg☆

朝晩は流石に寒く
なってはきたけれど、
日中は11月にして
は暖かい日が続きます

11月や12月の寒さ
などまだまだ序の口
ですもんね、本当の
寒さは1月から〜と
いうことを身に沁みて
知ったのは中3の冬〜

古いコートが着られ
なくなったので、

新しいコートを買お
うと母が言ってくれ
たのに、寒くない
から、コートなんか
いらないと断ったの
が12月、ところが、

年が明けてから、急
に凍みるような寒さ
が始まって、コート
なしの体には堪えて
そりゃ、もう〜(>_<)

それでも、コートな
どいらないと言い
張ったのは自分〜〜

今更やっぱりコート
がほしいとも言い
出せず、震えながら
通学し、卒業式の日
も寒そうな青い顔で
写真に納まった自分、

それを見るたびに、
いや〜、あの時は
本当に寒かった〜、

それに、我ながら
頑固だった〜と
いうことを思い
出してしまいます〜

その分、翌年には
上等なロングコート
を買ってもらって
颯爽と高校へ通学
したのでした〜が、

これにもまた情け
ない結末が・・

自転車通学だった
ので、裾が自転車
に擦れて、たった
一冬で擦り切れて
切れれなくなって
しまったのでした

母もガッカリした
ことと思うけれど、

あの時の素敵ロング
コート、勿体なかっ
たな〜と、今も思い
出してしまいます〜

そんな訳で、という
こともないのですが、
コートにはつい目が
留まってしまいます

そして、去年購入の
コートがあるという
のに、今年もつい
また買ってしまいま
した、これ2千円に
しては素敵でしょ〜♪

それに、何度も言い
ますが、リサイクル
店だからと言って、
着古しではないので
す、どう見てもこれ
は新品よね〜よね♪

今ショートコートと
ロングコート、それ
ぞれ2着ずつ持って
います〜、こんなに
生まれて初めての
服道楽ができるのも
リサイクルショップ
に出会ったお陰さま

寒くなってコートを
着るのが楽しみ〜♪

あ、でも、紳士服は
リサイクルショップ
でも少しも安くは
ないのですけれどね

オシャレな女の人達
が頻繁に買い替えて
くれるお陰さま様〜♪
[ 投稿者:ヘムっちょ at 22:17 | 思い出 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2015年09月09日
リチャード・グレーダーマン
リチャード・グレーダーマン

長男を出産したのは、
数十年前の3月で、

陣痛が起きたのは雪
が静かに降る夜でし
た、それでも、まだ

陣痛と陣痛との間隔
は病院で教わった程
には短くなっていな
いので、病院の指導
通りの息使いで痛み
をやり過ごしていた
のですが、その姿を
そばで見守っていた
父は、いたたまれな
い様子で、もう病院
に行った方がいいだ
ろうと言い出して、

ついに妹に車を出し
てもらって病院へ
向かうことになりま
した、その車の中で
妹が流してくれたの
がこれ、リチャード
・グレーダーマンの
ピアノ曲、その曲の
美しさと、しんしん
と降る雪の情景と、
陣痛の痛み、そして、
これから生まれ出よ
うとしている命への
感動が、全部一緒に
なって涙が止まらな
かったあの夜、

その想い出の曲は、
生涯忘れられない
曲となりました

結局陣痛は18時間
続いて、父は母と共
に何度も病院に足を
運んで心配していた
姿もまた忘れない、
懐かしい想い出です


[ 投稿者:ヘムっちょ at 14:00 | 思い出 | コメント(2) | トラックバック(0) ]

2015年07月25日
合宿の想い出
蓼科山の夕焼け2015.7.25.jpg☆

しばらくお休みと言い
ながら、すぐまた書い
てしまっていますが〜

学生時代テニスクラブ
では初めは体力作りと
ボール拾いばかりで、
嫌気が差して休みがち
になり、大して上達も
しないまま結局挫折〜

そんなクラブ生活では
あったけれど、一度
夏休みの合宿は良い
経験にはなりました〜

炎天下での練習のキツ
さもさることながら、
一日目の練習の後の
筋肉痛が大変なもので
階段を降りるのにまず
一苦労〜、それから
トイレでしゃがめない

こんな筋肉痛で翌日の
練習ができるのだろう
かと心配しながら朝を
迎え、それでも休む訳
にも行かないので、

言われるままに校庭の
ランニングに始まり、
前日と同様のトレーニ
ングが続いたのに、
なぜかできてしまった
自分にビックリ、人の
体とは不思議ですね〜

新しい仕事がキツくて
筋肉痛でぐったりして
いる次男を見ていたら、
そんなことを思い出し
話してみたという次第〜

さて、どうなることやら


[ 投稿者:ヘムっちょ at 23:29 | 思い出 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年12月21日
雪で遊ぶ母子
雪で遊ぶ母子〜☆

この2人の周りだけ
暖かくて優しい風が
吹いているようで、

遠い昔の子供たちと
私がタイムトラベル
してきたようにも見え
て、幸せな時間が
少しだけ蘇りました

[ 投稿者:ヘムっちょ at 22:15 | 思い出 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年12月13日
人のそばで鼻をかむということ
   恋のバカンス/ザ・ピーナッツ

食卓で咳やくしゃみを
する、はたまた鼻をかむ
ってどう思いますか?

お姑さんや夫のそんな
行動がもう気になって
気になってね〜、

実家では一人もそんな
ことをする家族がいな
かったから〜ビックリ

流石に、堪忍袋の緒が
切れて夫だけには何度
も文句を言っている
うちに、お姑さんにも
聞こえたのか、最近は
少なくなってきたよう
な気もしないでもなく?

それでも、相変わらず
感覚の違いというもの
はやっぱりあるもので。。

因みに、中学時代のこと
人の近くで鼻をかむこと
に遠慮があった私、後ろ
の壁までわざわざ行って
鼻をかんでいたような?
それってそんなに変〜?

食卓に向かって咳や
くしゃみをしたり、
鼻をかむ方がずっと
責められて然るべき
と私は思うけどね〜

それは私にとっては
自然なエチケット
だった訳で、それを
後で非難されようとは
思いもしなかったわ

担任が卒業に寄せて書い
た文章には、

   授業中に席を立ってしま
   うような生徒までいた
   このクラスがよくぞここ
   までになった、感無量だ

というような趣旨の
ことが〜・・、

え、そんな子いたっけ?
えっ、うそ、私ですか?
もうビックリ仰天よ〜〜

遅刻癖があったり給食を
いつも残したり、そんな
私は几帳面で完璧主義者
の先生には、許しがたい
生徒だったようで、何か
につけ目の敵にされてい
たのよね〜、特に遅刻は
カンカンに怒った先生に
立たされ長いお説教を
食らったものでしたはい

あ、そうそう、もう一つ

花好きな祖母が丹精込め
て育てた花を皆にも見て
ほしいからと、時々渡さ
れて学校に持って行って
いたけれど、その先生、
褒めるどころか、何日か
して枯れ始めた頃に、

    誰だ!こんな枯れて
    汚い花をいつまでも
    飾っておくのは!!

そう言ったのよね〜〜

商売で花を育てている
家の生徒が持ってくると

  素晴らしくキレイな花だな〜

と絶賛していたのにね〜

  皆、何て言っていた?  
  キレイだって言ってくれた?

と気にしていた祖母に
何と答えたかもう今は
覚えてもいませんが、

ちょっと嫌な想い出〜〜
でも、いつかは書いて
おきたいと思っていた
こと、夜中に目が覚めて
ついに書いてしまったわ

でも、ま〜、私も人の
ことを言っている場合
ではありません〜、
勝手な思い込みや、
何気ない一言で誰かを
傷つけたり、人知れず
恨まれているかもね、
気をつけないとね〜〜


[ 投稿者:ヘムっちょ at 01:24 | 思い出 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年10月31日
お下がり
昔、自由に使えるお金も
なかったし、おしゃれ心
もなくてダサい服ばかり
着ていた学生時代、ある
日なぜか忘れたけれど、

父と2人で東京の大叔父
の家に行ったことがある

その子供と母が従妹〜と
いう関係の人、その人の
お下がりがたくさんある
から着ないかと言われ、

試着してみたら、それは
馬子にも衣裳〜とはこの
ことかと言う程の似合い
よう、もう私は欲しくて
たまらなかったけれど、

自尊心の高い父はお下が
りなどもらわなくても
買ってやるからと断って
しまったその悲しさ。。。

あの時あの服を着ていた
ら私の人生も少し違って
いたかもしれないと思う
程に。女は服でこれ程、
印象が変わるのか〜と
我ながらビックリでした

都会でオシャレに慣れた
人の服は流石に違って
いたのですよ〜、上質で
オシャレで憧れで〜〜

ほとんど服など買わずに
きた人が、急に新しい服
を買おうと出掛けてみて
も、大した買い物など
できないのですよね〜、

今もふと思い出してしま
う、あの赤いコート、

その記憶がひょっとした
ら、今のリサイクル服
好きにつながっている?
ような気も〜〜?

センスを磨いてきた人が
買った服は、この辺りの
お店に並んでいる服より
ずっと素敵なのですよ〜

親というものは近くにい
るからといって、子供の
ことが分かっているとは
言えませんよね。却って
近くにいるから、失敗も
多いのだろうと思います。

私も我が子たちにどれ程
失敗してきたことか・・

男親なら尚更、女の子の
気持ちは分からないしね

たかが服、されど服〜、

そんな訳で、リサイクル
服への私のこだわりは

ただ安いからというだけ
のものではなく、これ
からもずっと続くのだ
ろうな〜と思います〜

そして、そんな他人が
着たものを・・という
両親のリサイクル服へ
の偏見も続くのだろう
とな思いますが、それ
はそれで良いのです〜

人それぞれで良いのです


[ 投稿者:ヘムっちょ at 00:59 | 思い出 | コメント(0) | トラックバック(0) ]