掲示板お問い合わせランダムジャンプ



この広告は30日以上更新がないブログに表示されております。 新しい記事を書くことで広告を消すことができます。

このブログについて
このブログは「日本武道総合格闘技連盟」からの情報をご案内いたします。
http://www.budo.or.jp/

2012年03月08日
ラオス通信 2012・2月 ②
②修練所の、とある日の昼食の一部♪

■ラオス修練所レポート2月分 
その②【修練生:青木優樹 技術感想文・・・後編】

「怪我をした時ほど、稽古は休んではいけない」

これは、自分の師匠である今津陽一支部長と、師であり叔父でもある青木伸明副支部長に、中学か高校生の時に話された言葉です。
当時はどんな状況・環境でも休まず稽古をする、根性論的なニュアンスなのかな、と捉えていましたが、今になってもっと別の意味があったのだなと考えを改めました。

さて、怪我で対人稽古が出来なくとも、基本移動稽古や座禅、立禅といった1人で行う動作であれば、多少の違和感はあっても実施することが出来ます。
そんな中、普段と違う状況ゆえに、また、怪我ゆえに元気に身体を動かす事が出来ない分、自身が今どう動いているのか、普段気が付かない部分に目が向きやすくなる感覚に気が付きました。

また、座禅などを行っている最中など、本来は無念無想が正しいのでしょうが、頭の奥から様々な記憶や思考が綯い交ぜに沸き上がって来て、よく思い起こせば同じ箇所を怪我する事が今まで多くあったな、と思い至りました。
その時の事をよくよく掘り返してみると、何かと上半身の筋力に頼った打撃や組技を多用する事や、練習相手の体格や力量に関わらず、力に対して力で対抗してしまう癖がある事、その他の状況や体調など様々な複合要素が絡まりあって、一見偶然のような必然的な、自身の技や個癖、我が大きく関係しているとしか思えない法則性が垣間見えた様に感じました。

「我より起こる怪と書いて怪我! フフフ、よく言ったものだ・・・」

この後調子に乗って救急車にバックで轢かれる予兆ですが、ラオスではあんまり救急車を見ないので多分大丈夫かと。
これら以外にも、怪我ゆえに無理をする事が出来ない事によって、逆により効率的で、より身体に無理のない動きに気付く事があり、よく言う「怪我の功名」とはちょっと違いますが、悪いことばかりではなく、意外と面白い発見もあるものだなぁ、と感じます。

色々と気付きもあり、怪我も治り、再び万全の態勢で稽古に臨み、
コキャッ・・・
「あ、痛ーっ!」
(そして冒頭へ戻る・・・無限ループって怖い・・・)
[ 投稿者:budo at 13:42 | ラオス修練場通信 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://shinshu.fm/MHz/81.31/a12310/0000383279.trackback

この記事の固定URL
http://shinshu.fm/MHz/81.31/archives/0000383279.html

記事へのコメント
 
簡単演算認証: 1 x 9 + 5 =
計算の答えを半角英数字で入力して下さい。
名前: [必須]
URL/Email:
タイトル:
コメント:
※記事・コメントなどの削除要請はこちら