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2011年07月07日
フィリピンの格闘技事情を語る!
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< 対 談 >

これは、今年2月、フィリピン道場にて行われた雑誌取材用の対談です。

フィリピン道場とフィリピンの自立支援施設の責任者を務めている森川指導員が、小沢首席師範にフィリピンの格闘技事情を語る。



●フィリピンの格闘技事情について
小沢 「森川はフィリピンに来て何年になるんだ?」
森川 「今年で3年になりますが、この国が本当に好きになりました。」
小沢 「充実した日々を過ごしていそうだな。フィリピンは格闘技人口は多いのか?日本に比べてどんな傾向にあるんだ?」
森川 「世界最古のカリという武術があることは知っていましたが、貧富の差が激しいため、プロの世界があるボクシングはともかく、お金に繋がらない格闘技自体、それほど普及していないのではないか、またプロの世界にも少しダーティーなイメージを持っていましたが、実際は中流層が増えてきており、ボクシング、空手、レスリング、柔道等、日本と同じように習い事として普及しています。中でも最近の人気はテコンドーで、オリンピック種目になった事や派手好きな所があるフィリピンの人々に多いに受け入れられ、習わせる親が増えている様です。しかし、やはり一番人気はボクシング。5階級制覇のマニ-・パッキャオの試合の日は町から人がいなくなる程影響力があり、第二のパッキャオを目指し実力者がひしめいています。最近では亀田兄弟もフィリピンをキャンプ地に選ぶなどその層の厚さは認められているようです。ボクシングだけではなく、実は柔術も盛んで、アルビン・アルギラー(黒帯柔術家。ムンジアルにも頻繁に出場)がグレイシーバッハ柔術道場DEFTACを始め、マチャド柔術など有名柔術道場や、ローカルの道場やグラップリングチームが参加する試合が定期的にあり、フィリピンを代表するショッピングモール内で試合が行われている事もあります。今後さらに競技人口は伸びていきそうな競技の一つですね。」
小沢  「なるほど、フィリピンでも格闘技はかなり人気が出て来ているんだな。森川の出場させてもらっている試合はどういう大会だっけ?」
森川  「自分の参戦させてもらっているURCC(ユニバーサル・リアリティ・コンバット・チャンピョンシップ)は、02年からグレイシーバッハ柔術所属のアルビン・アギレラーが主催し、マニラで行われる本戦や、フィリピン各地で大会を数多く開催して、現在までに約40回程開催されています。出場している選手はフィリピンの選手を中心に、グアム、中国、韓国などアジアや、オーストラリア、ウクライナなど多くの国の選手が参加しています。フィリピンでは主に2つの総合格闘技団体があって、自分が参戦させて頂いているURCC、それに開催数こそ少ないですが、同じ年に始まったFFC(フィアレス・ファイティング・チャンピオンシップ)は、ケージで試合が行われ人気を博しています。各道場などが主催しているローカルのプロ、アマチュア興業などもあり、アマ試合が豊富な日本程ではないですが、試合をする場は割と多いんですよ。」
小沢  「映像なんかも、テレビ等で放映されたりするの?」
森川  「UFCが当日中継されていたり、PRIDEの再放送、ストライクフォース、ベラトールFC、キングオブザケイジといった北米の第二第三その下の団体、さらに日本のDREAMもDVDが出回ったりと(もちろん海賊版です。)簡単にみる事が出来、そういった事の影響もあるのか、大学のサークルにも総合格闘技サークルがあるほど総合の競技人口は増えてきています。フィリピン一の大学であるUPにもサークルがあり、自分もURCC出場の査定試合といった名目で大会に出場させてもらいました。古校舎の広いタイル張りのフロアにマットを敷いただけの少し危険な雰囲気のものでしたが、試合はかなり盛り上がりました。URCCがこういった大学サークル、ローカルの若い選手達のための人材発掘的な大会を開催していたり、競技人口も総合人気も確実に上がってきています。」
小沢  「そうするとフィリピンでは、今後もっと格闘技人口は増えそうだな。」
森川  「BJペン、GSP、ブロック・レスナーなどの有名選手はもちろんですが、先日UFCで岡見選手と戦ったマーク・ムニョス選手、ブランドン・ヴェラ選手など、フィリピンの血の流れるファイターの試合結果がニュースで放送されているせいか、自分の住んでいる様な田舎でも名前を聞くことが多く驚かされる事もあります。格闘技をあまり見ないはずのフィリピン道場スタッフ エヴァさんも名前を知っていたり・・・。」
小沢  「田舎にも情報が浸透してるってことだな。森川の参戦している試合は、どんな場所でどんな頻度で開催されているの?」
森川  「URCCはマニラで行われる本戦が年に3〜4度、セブやダバオなどフィリピンの地方での開催も含め年に約10回開催されています。(PRIDE、PRIDE武士道的なノリでしょうか)会場の規模に寄りますが2000〜3000人を常に動員し、高額なリングサイドは多少余っていますが、他の席は常にチケットが完売。チケット代は、大会によりけりですが、だいたい500〜1000ペソで、高額のチケット代は6500ペソという時もありました。」
小沢  「この国はビールが20(約40円)ペソで飲めるという物価の相場を考えると、これがいかに高額なもので、人気であることが分かるね。」
森川  「イベントでは吉野家がスポンサードしていて、試合開始前には牛丼一気食いや格闘技体験コーナーの様なフィリピンらしい演出もあって、試合の際の演出は日本のメジャー興業さながらです。TV中継も全土でされ、知名度も高いと思います。自分がTシャツを着て歩いていると結構な割合でフィリピン人から話しかけられるので・・・。」
小沢  「すっかり有名人だな。試合のルールはどんなルール?」
森川  「リング上で行う事、試合時間は1R10分、全2ラウンド、ドローの場合は延長5分、始まった年を考えると、恐らくPRIDEの影響が強いのだろうと思います。興業が始まった当初は初期UFCのようなボクシングならボクシング、柔術なら柔術など、異種格闘技戦の様相だったようですが、回を重ねるごとに参加国、参加チームが増え、切磋琢磨され競技レベルは徐々に上がってきていると、会場に足を運ぶ度に感じています。主催者側は日本人に限らず様々な国の選手を大会に出場させたいようで、オファーが自分のところにも頻繁に来ます。試合はフィリピン人選手相手ですから、最初はブーイングが飛び、応援もほとんど無いですが、そこはラテンの影響を受けた国民性なのか、試合が進むにつれヒートアップし、盛り上がってくれるのでアウェー感はあまり感じないんです。その代わり、単調に見える試合には容赦なくブーイングが飛んだり、寝技の展開になった際ポジションによって笑いが起きたり、総合の見方が完全に浸透している訳ではないようですが、それでも一挙手一投足に歓声を上げてくれるので、やる側の人間としては非常にやりがいを感じます。当初、総合は残酷すぎるという話もあったようですが、立ち上げから8年、目まぐるしく展開の変わる総合格闘技は非常にエキサイティングなスポーツとしてこの国で確実に受け入れられていると感じています。」
小沢  「階級は?」
森川  「階級は幅広く、上はヘビー級(90kg以上)から下はピンウェイト級(54kg以下)です。ボクシングと同じくやはり軽量級の層は厚く、修斗王者になった選手に一本勝ちしたこともあるジャスティン・クルーズ選手が現バンダム級の王者です。自分の階級はバンダム級で、現在4戦4勝。自分はこの階級の王者を目指しているんですが、今回、幸運にも自分が挑戦できることになったんです!」
小沢  「えっ?!そうだったんだぁ。凄いじゃないか!」
森川  「はい。自分でもびっくりです。現在、王者が長期欠場している為に、4月に行われる試合が暫定王者決定戦になります。勝ったらベルトをもらえるんですが、相手は現在5連勝中のジェシー・ラフォールズ選手でかなり強いです!」
小沢  「試合の手応えは?」
森川  「試合はやってみないと分かりませんが、全力で戦います。」
小沢  「頑張れな!」

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●小沢師範との出会い
森川  「小沢先生との出会いは本当に衝撃的でした。広島本部道場で練習をしていたら、たまたま先生が広島に来られていた時で、初めてそこでお会いしました。そしたら、先生が自分の傍に来られて、”何か他の格闘技をやっていたのか”と言われたので”少林寺拳法をやっていました”と答えると、”やっぱりな、動きでわかったぞ、けどうちの蹴り方とは違うんだ。ちょっと足を出してみろ”と言われたので、足を差し出すと、”まずこれが君の蹴り方”と言われてローキックを受けました。”あっ!!!!!”先生は軽く蹴っているのでしょうが、自分には十分過ぎるほど効きました。そして先生は”そして、これが禅道会の蹴り方”と言われ、自分が待って下さいと言おうとした瞬間、足に今まで感じた事のない様な強烈な痛みが走り、先生は”どうだ、分かるか?面白いだろう”と言われ笑みを浮かべ去っていかれました。」
小沢  「はははは!全然覚えてない。」
森川  「あの後、自分はそれどころでは無く、自分は練習を開始して5分も経っていませんでしたが足が曲がらず、そこで練習は中断。当時機械整備の仕事をしていたのですが、二週間程足が全く曲がらず仕事にならず、上司に目をつけられ職場に居ずらくなったのも今の道に行くキッカケになったのかもしれません。」
小沢  「よかったじゃないか、道がはっきりして。」


●自分が空手を始めた経緯から現在
森川  「不思議なもので、最近、よく、思います。今、ここにいる自分は偶然ではなく必然なのだと。自分は、工業高校、大学と機械工学を専攻してきたんですが、大学では少林寺拳法やバンド活動、「シルバー部」というシルバーアクセサリーを作るサークルを立ち上げたりと、非常に一貫性の無い進路を辿り、突如卒業間近に服飾の道を志し働いて貯めたお金で何故かアメリカ一周するといったモラトリアム全開の進路を辿ってきました。仕事も長く続かず夢ばかり語って、最終的にポッキリと挫折し、自信を取り戻したくて行きついたのが格闘技だったんです。たまたま家の近くのコンビニに立ち寄った際、禅道会のポスターが貼ってあって、ポスターには有名プロ格闘家と対戦した選手、現役のプロ格闘家の名前が書いてあり、もともとK-1や総合をよく見ていて憧れていた自分には十分な刺激でした。しかし恥ずかしいので当初プロになりたいなどとは言えず、元気になりたいから、週に1、2回の体力作りだと言い通っていたのですが先輩達の指導が良かったのか、”やればもしかしたら強くなれるかもしれない!”と徐々に道場に通う日数が増えて行きました。そんな中で、当時26歳で格闘技にハマり始めた自分の姿に疑問を持った彼女が愛想を尽かし去って行ったことで”もう捨てる物は何もない、プロを目指そう!空手の研修生になろう!”と広島支部の研修寮に入寮したのが3年前の春。研修期間中に小沢先生、広島の支部長と青少年自立支援を目的とするディヤーナ国際学園の生徒がフィリピンに行く際に同行させてもらった事があったのですが、初めて訪れたフィリピン道場の環境に強く惹かれたのが今の仕事に就くキッカケでした。フィリピン道場はマニラから車で南に1時間ぐらいのカブヤオという片田舎にあり、情報といった情報がなく、日々ゆっくりと時間が流れます。男は朝からバスケットに興じ村の片隅で酒を飲み、通りかかった訳のわからない日本人をまったく無警戒で、言葉が通じないのもおかまいなく酒の輪に加えられる。子供が他人の家を往来し元気いっぱいに走り回っている姿、沈んで行く夕陽を見ていると、自分の子供の頃にタイムスリップしたような郷愁が湧いてきます。ドラゴンボールの”精神と時の部屋”を思い出すような、1週間の滞在が1、2ケ月ぐらい居たような感覚で、四季の無いこの温かい非日常空間は、今まで自分が感じてきた疎外感や孤独感をそっと包み込んでくれる暖かさがありました。こんな環境の中で毎日稽古出来たら最高だな、と思ったことで、帰国後に支部長に相談をし、フィリピン道場にスタッフとして移籍させてもらう事になったんです。禅道会フィリピン道場は学園の生徒の生活、修行の場といった側面があり、自分の仕事は主に日々の稽古と生徒達の指導、現地の子供への指導が業務です。生徒達は、ニート、引きこもりに限らず、年齢層も違う事情も様々な人々が集まって暮らしているので、時にはマジか!!と唸るような様々なトラブルが起きます。仕事を始めた頃は話しても話してもわかってくれない生徒に苛立ちを感じて、足りない部分があるのはわかっていましたが、自分の無力さを痛感する毎日だったのを覚えています。それに加え、週4回、現地の子達への指導があるのですが、言葉も通じないし、どう指導していいかわからず、とても正直しんどく、情けない話ですが逃げ出したくなったりもしました。ですが、爆発しそうになっても、稽古をすると頭がクリアになると言うか一時的でも前向きに考えられたので、何とかその日その日を乗り越えるため武道に打ち込んだことがストレスを消し、結果的に実力も伸び、今まで一つの事を続ける事が出来なかった自分の自信になりました。」
小沢  「森川も、始めの頃と比べると段々普通の人間に近付いて来たよな。普通というか自然というか(笑)。やっぱり指導する側にとっても、あくせくした日本社会より、のんびりゆったりしたフィリピンで過ごす時間というのが、すごく意味があるんだろうな。日本で疲れたなぁと思っても、フィリピンに来ると何となく疲れがとれる感じがするからな。」
森川  「ここではゆっくりと自分自身を振り返る時間があるんですが、段々と自分を客観的に見ることが出来るようになってきて、等身大の自分自身を受け入れられるようになってきたんです。ある日、過去の自分は、自分に何の個性も無いと感じて、それが嫌で無理矢理個性を作ろうとしていたんだと、とふと気付いたんです。フィリピンでは仕事が無いという事情もありますが、朝っぱらから酒に誘ってくるような人が頻繁にいて、女房に頭をブッ叩かれているこの環境の中で、昔のように見栄を張ってても仕方がないと、フィリピンの影響を受けて、いい意味で余計な思考をしないように過ごせている気がします。それはこの国に来て一番感じる自分の変化で、学園が生徒に体感して欲しい事の一つなのではないか?と勝手に思っています。もちろん、小沢先生に相談をしたり、先生自身が生徒と会話をされているのを聞かせて頂く事も広い視野で見るという事を学ばせてもらっているのだと感じています。先生が、生徒との関わりを良いか悪いかではなく、その個性を認めて、どう活かしていくかを考えろと教えて下さったことが、何でも出来るようにならなければとプレッシャーを感じていた自分にとって”人それぞれ出来る事があるんだ”と背中を押してもらえたようですごく楽になりました。自分の今までの挫折も必然性もあったし、それをこれからどう活かしていくかだと考えられるようになりました。今までの自分の経験が、学園に来る大きな疎外感を持つ生徒達と話す際に、とても役立っているんだと今は感じています。現地の子供達への指導も、そう思えるようになってから好きになりました。今では自分の中で、とても大切な時間になっています。
小沢  「生徒も含めて環境の中で、森川自身が成長したんだろうな。とはいっても、大変な生徒もいるけどな。これかの目標は?」
森川  「自分のこれからの目標ですが、空手を始める以前と比べ、普通に生きていては味わえないような体験を沢山させてもらえたので、正直もう何時死んでもいいんじゃないかと思うぐらい、本当に充実させてもらっています。まだまだ空手の実力も生徒の気持ちを理解することも十分ではないので、日々努力して、フィリピンではURCCバンダム級王者、日本ではリアルファイティング王者を目指し、いつか日本のプロのリングにも呼んでもらえるような選手になりたいです。そしてこの総合発展途上の国の子供に空手を教え、禅道会の普及に貢献できたら嬉しいです。」

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プロフィール
森川英雄(もりかわひでお)1981年7月31日生まれ。
空手道禅道会 初段、空手歴3年
空手道禅道会フィリピン道場責任者
ディヤーナ国際学園 スタッフ

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