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2011年04月26日
アメリカからの贈り物
ほぼ時系列で

1 広島・長崎の原爆、その後の被爆者の苦しみ

2 名ばかりの民主憲法

3 福島第1原発のマークⅠをはじめとする原発

4 在日米軍(お返しが 思いやり予算をたくさん)

5 郵便事業の解体と米国債の大量購入

6 ありもしないトヨタ車のブレーキプログラム問題(結果としてGMの復活 オバマってどこの州知事だったか)

7 3の結果、福島第1原発による放射能汚染

8 オペレーション トモダチ(後で請求書を送りつける)

米国国債、約60兆円日本が抱えていると言われているが、これを売り払えば今度の震災の費用は十分賄える。
[ 投稿者:こしあぶら at 12:55 | メモ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

『四等国家』
中曽根某が朝日新聞のインタビューに

「(原子力を導入したことは)そこは先見性だ。エネルギーと科学技術がないと、日本は農業しかない四等国家になる。」、と。

愚かな。

大地を汚し海を汚しあまつさえ生きている人々を汚した原発を、それをコントロールすら出来ないのに科学技術と賞賛し、生きるために必要な食料を与えてくれる大地と海とそこに生活する百姓と漁師を四等呼ばわりし愚弄する人間に、今を語る資格などあるのだろうか。

「中曽根は敗戦後、日本の復活のために原子力を選択した。異を唱える政治勢力は強力にならず、原発は「国策」として進められた。
 だからといって過去の政策決定者たちが原発事故の責任を逃れてはなるまい。」(朝日新聞より)
[ 投稿者:こしあぶら at 12:41 | メモ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2010年02月13日
オリンピックのユニフォームの着方
国母和宏というスノボ選手の発言やユニフォームの着方が気に入らないからとバッシングがあるらしいが、じゃあJOCって一体何か、IOCって何か考えると、どうなのかと思う。


まあ、IOCなんて、クーベルタン男爵の理想はまだいいとしても、その跡の3代目会長のアンリ・ド・バイエ=ラトゥールなんかヒトラーと一緒にベルリンオリンピックで並んで立っているし、第5代のアベリー・ブランデージなんか反ユダヤ主義の上ナチシンパで36年のベルリンに喜んでアメリカ選手を連れていったぐらいだし、第7代のフアン・アントニオ・サマランチなんかフランコによってスポーツ長官に任ぜられたぐらいの、つまりほとんどファシストの巣窟みたいな組織なのだが、それが商業的な独占権を得てまるで国際的に公的な組織みたいにふるまっているだけのことなのだが(FIFAも同じようなものだけどね。)

で、JOCはって言うと、IOCに承認された日本の下部組織なんだけれど、IOCの薄汚れた歴史を考えると、あまり格好良くない組織でしかない。

日本で行われた某冬季オリンピックの時にボランティアをした恥ずかしい思い出から言うと、県職員はまるでボランティアを自分の下働きみたいにしか思っていなくて、その官僚的ないばりくさった態度に辟易したのを思い出す(公的ではない組織を仮にも公的な県が支援するのからしておかしいのだが)。

ある時などアメリカからわざわざオリンピックに出場している娘の練習している場所に会いにきた老人に、パスがないから入れないと保安を理由にマニュアル通りに拒絶し(60過ぎた手になにも持っていない年寄りがテロをするとでもいうのか)、それを融通して通してあげたら、他の大企業の動員ボランティアたち(それこそ物見遊山そのもので買い物三昧であったが)からまるで犯罪者扱いされた苦い記憶がある。彼らは別にボランティアではなくて、会社の動員によってきていただけだから、まあロボットみたいな仕事をしていたんだけれど。

あの時の某知事はみずすまし発言の××老人で、公邸に公費で動物園を作っていて、県職員にもその老知事の妻の占いで親からもらった名前を変えるような忠実な馬鹿者までいたが。その後の選挙で田中康夫が知事になったのはよほどお人よしの県民も2代続けての官僚支配に耐えかねたのだろう。


という訳で、
ユニフォームがどうのこうのって、子供じゃあるまいし、別にJOCは国の組織でもないのに(まあそうであったとしても)、どうしてこうも官僚的というか軍隊的な発言が出てくるのか、と思う。清廉潔白を口にする奴に限って裏では何をしているかわからないものだというのに。

それにあのユニフォーム費用、半月ばかりのためにしては、馬鹿にならんだろうな。
制服をきちんと着ろという論議とは別に、国母の着方はダサイのでスタイル的には×だなんだけど(もう少しおしゃれだといいんだが)。

これで、国母って選手がメダルでも取るとマスコミや国民はこぞって賛美するんだろうな、と思うとその豹変を見てみたいので国母、がんばれって思うのだが。
[ 投稿者:こしあぶら at 20:00 | メモ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2010年02月10日
新聞はいらない
今回の一連の小沢疑惑についてみていて感じたことは、
まあ検察などはどうでもよいのだが 

(警察も検察も弁護士も嫌いである。なぜなら彼らの仕事の基本が人の悪いところを、それが本当に悪い事かなどは関係なく、探すのという人間としては悲しいことに関わっており、交通パトで隠れてこそこそ人が一旦停止違反をするのを待っていながら談笑しているのとか、弁護士で事務所がぬいぐるみでいっぱいで愛人を秘書に使って自分の名刺に嘘の住所を書いているとか・・・そんなどうしょうもない人間になっていく場合が多いのは、そんな人を疑ってかかるような仕事をしていれば仕方がないのかもしれないが)、

いかに権力を持つことは自己を律することが肝要かということなのだが。


しかしマスコミのひどさはそれと同等だと思う。


なにか新聞を取っているのが恥ずかしいくらいだ。

たとえば、自分が取っているA新聞の今回に関する社説を読んでいると、YとかSとかはもっとひどいのだろうが、やくざの捨て科白のような文章だ。今に見ていろ的文章。まるで「小沢」が確定犯であるかのような書きっぷりだ。仮に百歩譲ってそこに犯罪があたっとしても、その犯罪は立証されえない限りは刑法の大原則は、推定無罪なのではないか。それを自分たちが検察のスポークスマンになって、関係者から聞いたところでは、と言い募り事実を確かめもせず、大本営発表を載せ続け、最後に立件されないとなると、それまでの自分たちの誤報に関して一片の謝罪もなく、この雑文である。

エリートというのはかくもプライドが高くて歪んだ性格になるのだろうか。自己完結とでもいうのか。最初から自分でストーリーを描いてそのようになるように(ならないと子供のように泣き叫ぶのだが)事実がどうかではなく書き散らかしていく。なるほど、机上で文章を書き、行きもしない聞きもしないことをさも本当にあったかのように書くことが上手になる訳だ(田中康夫の話しを作り上げ記事にして首になった記者がいたが)。

考えてみてほしい。
新聞記者の給料はどこからでているのだ、と。

つつましやかな庶民が月々払っている購読料から出ているのではないか。自分の会社の雪かきさえも高い委託料払って人様にやってもらい、1000万円の年収をもらい、そのくせ人様に上から目線でしゃべっているその姿が恥ずかしいとは思わないのか。
よく自省すべきではないか。

A新聞は第2次大戦の戦中、戦争協力記事を書きながら戦後になるとまるで自分たちに責任はないかのように、民主主義とアメリカ賛美を書いてきた。新聞は反省を知らない。
もう大本営発表の記事でこの国を間違った方向へ導くのはやめるべきだ。
そうでなければ、人々は新聞を読まなくなるだろう。


これから確実に新聞の死が始まる。いや、もう死につつあるのかもしれない。

[ 投稿者:こしあぶら at 19:55 | メモ | コメント(0) | トラックバック(0) ]