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東信ジャーナル[BLOG版] 本館
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2010年05月13日
【真田随想録(上)其の5】    羽尾城の笛
 笛の音が、嫋々たる余韻を漂わして聞こえてくる。だれが吹く笛であろうか…。
 激しい合戦と逃亡の二十日余り、

ようやくたどり着いた上州吾妻の羽尾城、その客殿の一室である。月の光の差し込む部屋に、海野棟綱と真田幸隆は、落魄の身を、布団に横たえていた。久しぶりに味わう平穏な就寝であった。城主の羽尾入道幸全は
「さぞ、ご無念のことでござろう。が、まずはゆっくり、身も心も休めなさるがよかろう」
 そう言って、夜の遅い到着にもかかわらず、酒や馳走を用意し、もてなした。
「ありがとう。ありがとうござる」
 棟綱は、涙を流し、幸全の手をおしいただきながら礼を言うのであった。
 二人は、夕食をすませ、寝所に案内されて、床に入った。その時から、静寂を破って、笛の音が聞こえ始めたのである。
「われらが悲嘆の旅情を慰めてくれるのでありましょうや…。それにしても妙なる笛の音、身にも心にも染みまする」
 幸隆が言った。幸隆のまぶたには、故郷真田の里や、残してきた家族の面影が浮かんだ。翌日、朝食のぜんを前にして、幸隆は、
「ときに、羽尾の殿、昨夜の妙えなる笛の音で、われらを慰めてくれたのは、どなたでござりましょうや?」
 と、幸全に尋ねた。
「ああ、昨夜の笛ですかな。わしが吹き申した。笛は絹の残していったもの。あれの死この方、わしも笛を吹いたことはありませなんだが、お二人をお慰めしようと思い、それに、月があまりに美しかったので、ついつい誘われて、吹いたが、お恥ずかしいことで…」
 幸隆は、幸全の言葉を聞いて、絹が、父から教わった笛、といって月の夜、二、三度聞かしてくれたことを思い出した。その笛は、すがすがしい音色で、月の夜の静けさを一層際立て、心に染みるものだった。その時の感動が、この時点で、再び幸隆の心に蘇った。
(幸全殿は、亡き絹と共に、心からわれらの今の境遇を慰めてくれたのか。縁とはそんなにも強い糸で結ばれているものなのか…)
 幸隆の心に深い感動がはしった。
 さて、海野棟綱が幸隆と共に海野平の合戦後、上州に逃亡したことについて、同行した海野家の家老深井棟広は、真田郷住民の紀州高野山の宿坊である蓮華定院あてに
「(上略)御書中のごとく、不慮の儀を以て当国上州へ棟綱罷り除かれ、山内殿様へ本意の儀頼み奉られ候間、急度還住いたさるべき由存ずるばかりに候。(下略)」
 という書状を送っている。(上田小県誌) この手紙によれば、棟綱が再起の望みを持って、関東管領山内上杉憲政の下に行き、力を借りて、早い機会に、小県の地に復帰したい、という強い願いを持っていたことが分かる。
 関東管領といえば聞こえはよいが、平井城(現群馬県藤岡市)を居城とした当時の山内上杉氏は、昔日の面影がなく、その勢力は、衰微しつつあった。南から小田原の北条氏が、上杉氏の領地を侵犯しつつあったし、甲斐の武田も上野の地を、虎視眈々とねらっていた。そのため、関東管領という地位を持ち続けることは、厳しい状況にあった。そんな中で、上杉の重臣で、箕輪城(群馬県箕郷町)の城主であった長野信濃守業政は、主家上杉家のため、ひとり奮闘していた。
 長野家は、平安朝前期の歌人で、六歌仙の一人とうたわれた在原業平を、祖とした豪族であった。父の代から上杉家の重臣を勤めていたが、業政は、西上野一帯の群馬、吾妻、碓氷、甘楽の上杉氏被官の豪族たちを配下とし、指揮権を握って活躍していた。業政のこれらの配下は、箕輪衆と称されていた。吾妻郡の海野氏も箕輪衆の一員であった。また、当時は、国を越えて、信州佐久地方にも箕輪衆があったという。佐久郡の大井、平賀、内山、志賀等の諸氏である。吾妻の海野支族の羽尾入道幸全も上杉家の被官であり、業政の指揮下に入っていた。そうした状況を考慮した上で、棟綱は、西上野へ逃れた。、そして一刻も早く上杉家の重臣長野業政に会い、失地回復と故郷還住の願いを述べ、助勢を頼もうと思っていた。
「入道殿、一日も早う箕輪の殿に案内を頼みまする」
 羽尾に滞在して、四、五日経ったある日、棟綱は、幸全に頼んだ。
「そのこと、二日前に、箕輪に使いを出しておきましたところ、昨夜業政殿からお待ちしているとの返事がありました。早速明日にもご案内をいたしましょう」
 棟綱と幸隆の二人は、翌朝幸全の厚い思いやりに感謝しながら、案内する幸全と共に、故郷還住への期待を胸に、馬上の人となった。羽尾から箕輪への道は、吾妻川沿いに下り、小野上村から榛名山東麓を伊香保をへて、箕郷町にいたる。吾妻渓谷を越えると谷は開け、幾つもの峰を持つ榛名山が見えてくる。これらの峰々は榛名湖を屏風のように囲んでそびえている。高崎辺りから眺めるこの山は、容貌がやや複雑である。しかし、赤城、妙義とともに、上州三山と称せられる名山で、関東平野に向かって長い裾を引いて、沃土を広げている。南東の中腹には、古くからの温泉である伊香保があり、往古から湯治客で賑わっていた。一行は、黙々と箕輪への道を急いだ。水沢観音に近付いた頃、夕闇が迫まり、関東平野の彼方に、十五夜の月が昇ってきた。
「丸い、明るい、大きい月よのお」
 棟綱が感嘆の声をあげた。明るい一本の道が、歩く前方に浮き出た。同時に幸隆の心にも、こつぜんと、自らの将来を示す一本の道が照らし出された。その道は、故郷に向かって輝いていた。幸隆は、拳を握りしめた。
[ 投稿者:真田随想録 at 10:50 | 真田随想録episode上(1~10) ]

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