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2018年03月26日
爆撃と銃撃をあ

  三分の一に減った戦闘機[#「三分の一に減った戦闘機」はゴシック体]

  大西の判断に見られるものは、一見して雑駁《ざつぱく》だが、つねに�第一義�のものを洞察する能力である。これが、彼の私的行動も、司令官としての行動も規制しているように思う。

  たとえば、彼には艶やかな話題がかなり多い。ほとんどが芸者相手の話である。横須賀航空隊の司令をしている頃、酒に酔って、芸者を人力車にのせ、自分はカジ棒をとって市内をひきまわしたという話がのこっている。海軍士官としては、マナーに欠ける行動である。常軌を逸しているという非難をあびても仕方がない。

  ところが、彼は宴席や閑話の折でも、絶対に�房事�を口にすることがなかった。芸者を眼の前において戯れることはあるが、男どうしの席では、けっして女の話を口にしなかったという。

  大西はそれを節度と心得、時と場所をわきまえず女性の話をする男をひどく嫌い、ときには「下品なことをいうな」と、凄い眼で睨みつけたという。

  これらのエピソードは、彼の性格をかなり輪廓づよく物語るものだと思われる。

  山口多聞との乱闘も、要するに「それが戦争だ」ということの再確認があったし、男どうしの話題に「房事」を避けるのも、彼の好きな「一期一会」を守りたいからであろう。

  大西瀧治郎という男は、いってみれば、論理や説明を意識の底に沈澱させ、そこから生じる�うわ澄み�の価値を掬《すく》って、それを行動原理としていたのである。

  米軍の空襲で汽車の中で足留めを食ったとき、大西には一室があてがわれたが、副官の門司親徳大尉には部屋がなかった。通路に新聞紙を敷いて横になり、浅い眠りに陥ちた。

  「おい、副官、副官」

  身体をゆり動かされて、門司が眼をあけると、大西が大きな身体で立っている。シャツとステテコ姿であった。

  「オレの部屋で寝ろよ」

  そういって、大西中将はさっさと先に立って歩き出した。門司が後からついてゆくと、寝台はひとつしかない。大西は先に寝台に入ると、器用に身体を片隅によせて、「さあ、入ってこいよ」といった。

  「君は、オレの足の方を枕にして、お互いにぶっちがいにして寝ようや」

  汽車が新竹に着くまで、海軍中将と海軍大尉は、互いに相手の顔に足をくっつけて睡りこけた。

  門司大尉は、この寝台の中で、大西の中の�人間�を感じている。彼は海兵出身ではない。東大経済学部から海軍主計将校になり、空母「瑞鶴《ずいかく》」に乗艦してハワイ奇襲に参加したのを皮切りに、ラバウル、ニューギニア、ミッドウェー、トラック島、マリアナ沖海戦と、大きな戦闘をくぐりぬけて、寺岡中将が一航艦の司令長官になったとき、主計から副官に転じている。

  その門司にとって、大西瀧治郎という人間は海軍中将からはみ出す、|なにか《ヽヽヽ》を持った人間として映った。その�|なにか《ヽヽヽ》�は、大西が海軍軍令部次長として第一線を離れるまで、しばしば門司の心情にある種の陰翳《いんえい》を落している。

  その大西が、軍人生活の最後の前線司令長官としてマニラに着いたのは、十月十七日のことだった。この日、マッカーサーの先導部隊がレイテ湾口のスルアン島に達した。それを台湾で知ると、大西は「敵がきた。早くゆこう」と副官をせき立て、西側からマニラに滑りこんだ。

  マニラの空は雲がちぎれ飛んでいた。台風が過ぎさろうとして、時折、熱い雨を椰子《やし》の林や白い建物に叩きつけていた。

  翌十八日、フィリッピン諸島に散在する日本軍基地は、米軍機の一方的な空襲をあびて、息をころしていた。爆撃と銃撃が繰りかえされる中で、一航艦の先任参謀猪口力平中佐は「いよいよ上陸してくるな」と呟いた。

  迎え撃とうにも、一航艦の主力は戦闘機がわずか三十機である。かつての一航艦は角田中将の麾下《きか》、艦上戦闘機だけでも五百機をこえ、全機数あわせると千六百機におよんだ。しかし、その充実した戦力でさえ不覚をとったハルゼー大将麾下の機動部隊が、いまレイテ島にひた押しに押してきている。

  「三十機か、三十機をどうするかねえ」

  猪口中佐は、ダバオ事件以来、そのことばかり口ずさんでいた。

  ダバオ事件とは、前にもすこし紹介したように、見張兵の虚報が原因となって、マニラの日本陸海軍が右往左往した事件であるが、じつは航空機に�実害�が出ていたのだ。

  「二〇一空」は司令部からの情報(じつは虚報)により�虎の子�の百機をマニラやダバオからセブ島に避退させていた。これは基地の大きさから見ると、過集中であった。

  ダバオ事件の一夜が明け、味方の哨戒機や見張所からなんの連絡もないので、全機は「即時待機」の姿勢を解いた。ほっとした空気が基地に流れた。先任士官が、空戦中に燃料がなくなった場合の操縦要領を、両手を使って説明しはじめた。

  二十分もしたろうか。突然、スコールの雲間から敵機が姿をあらわし、基地に殺到し、爆撃と銃撃をあびせてきた。戦爆連合の百六十機である。味方の哨戒機は出ていたが、敵機はスコール雲の中にかくれて見えなかったのだ。

  「二〇一空」からも十機が飛び立って応戦、敵の十機を撃墜したが、味方の損害は大破、炎上、目を掩《おお》わんばかりである。戦闘がおわったとき、温存に温存を重ねた戦闘機は三分の一に減っていた。


[ 投稿者:手裏撐著雨傘 at 18:45 | 健康 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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