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2009年05月16日
整理しきれないいくつかのものごと
僕は今日テレビを捨てた。ラジオも捨てた。テレビゲームも全部売った、携帯からも全部消した。なにもなくなった。コタツはある、本もある。でも彼らがいなくなってしまったせいで、僕の生活からはほとんどなにもかもが消えてしまった。沈黙。部屋の98パーセントを沈黙が占めている。僕はその残りの2パーセントで息をしなければならない。そのせいだろうか、さっきから頭の一部分がしびれてきている。コーヒーはある、クッキーもある。でもコーヒーとクッキーを食べながら僕は誰の話を聞けばよいのだろうか、相づちを打てばよいのだろうか、反論を考えればよいのだろうか。沈黙。誰も話しかけてこない。ただ鳥の鳴く声が聞こえる。でも残念なことに、僕は鳥とはしゃべれない。とりとはしゃべれない。

コタツの上に座って頭を抱える。開けた窓から夜風が入ってくる。僕は少しづつ息を整える。ゆっくりと空気になれようとする。だんだんと心が落ち着いてくる。でも油断してはいけない。わずかでも集中が途切れれば、冷たくてかたい空気が僕の肺に入り込もうとする。白い蛍光灯の光。今日は上手く寝つけそうもない。


「おいしいケーキ屋があるのよ。」と、その人は言った。「とっても大きなイチゴが乗ったショートケーキがあってね、それがすっごくおいしいの。1度食べてみてよ。絶対後悔しないから。」彼女にはものすごく悲しいことが起こってしまった。それからなんだかフワフワしているように見える。実際にそういうことがあるということは誰もが知っている。けれどもまさか本当に起こるとは誰も考えていない。しかしそれは起こってしまった。「それでも最近腰の方はよくなってきてね、じっとしてるのはつらいんだけど。」部屋の中のものが、ツクエとか、タンスとか、ザブトンとかがプカプカと宙に浮いて、漂っているのを僕は一瞬見たような気がした。でもそんなことはあるはずがない。現実には絶対起こりえない。変なCMの見すぎだ。

(僕は話し続けなければいけない。なぜならここにはもう僕に話しかけるものはいないから。)

M.C.エッシャーの話をしよう。彼は数学者で版画家だ。永遠にのぼり続ける階段や、のぼっていないはずの水が滝になるだまし絵なら誰でも見たことがある。彼は絵の持つ美しさを数学的に表現しようとした数少ない芸術家だ。イスラム芸術の幾何学文様に強く影響され、無限や空間という概念を2次元上で表現した。彼の描いたものは、象徴としてではなくパズルとしての形であり、印象ではなくパターンとしての色彩である。美に対するアプローチの違い、これは今日のフラクタルにつながる(と僕は考える)。ひとつだけ言えることは、彼の宇宙が、ある1人の苦悩を完全に取り除くものではなかった、ということである。もちろんそれが苦悩であったのかどうかはわからないのだけれども。

フラッシュバック。激しい光を瞳の奥に感じて僕は思わず飛び起きた、どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。きちんとベッドの中にいる、全身にはべったりと汗をかいていて、ズボンなんて、はいたままプールに入ったみたいにグシャグシャになっている。部屋の暗闇の中で、僕のふたつの目だけがらんらんと光っている、ネコの様に。思わず布団を起こす。いま何時なんだろう。「いま何時なんだろう。」夢を見ていたようだ、強い印象的な光景がまぶたの内側にセメダインでしっかりとはりつけられている、目を閉じると嫌でもそれを見せつけられることになってしまう。(正直な話をすると、僕は自分がそれほどショックを受けていないことにショックを受けているのだ、いや正確に言えば、ショックを受けなければいけないはずだと自分に強いているのだ。)桜の花びらが散っている、濃いピンク色。日差しが強くて、額にいやな汗をかいている。白いしっくいを塗ったアパート、築20年は経っている。真っ青な手すり、あちこちが錆びて塗料がはがれている、急な階段、黄色い大きなゴムボールを持った幼い子ども。最悪な光景、最悪な予感。そこにいる誰もがわかっている。そして僕も。僕も。

外で救急車のサイレンが聞こえる、もしかしたらただの耳鳴りかもしれない。僕は寝なくちゃいけない。だけど目を閉じるとありとあらゆる光景が僕を襲う。鮮明で音もついている。何度も繰り返し再生される。「もう、わかったよ。もうわかったってば。」足元で、黒い何かがうごめいているのがわかる。でも起き上がることができない。もしかしたらいまは目をつぶってる側にいるのかもしれない。それは足の裏からゆっくりと体内に侵入してくる、感触はないけど、それがわかる。大体15センチくらいで、かりんとうのような円筒状の形をしている。それが左足に完全に入り込んでしまうと、ゆっくりと上に上がってくる。痛みはないが、なんともいえない強烈な倦怠感が襲う。ふくらはぎの筋肉が毒で腐っていくような気がする。僕は完全に目を覚まし、そいつを追い払おうとする、左足でおもいっきり宙を蹴る、手でふくらはぎをかきむしる、しかしそれには届かない、少しずつ淀みなく泳ぎ続ける。やがてそれは分裂を行い、熱をだす、2匹に増え、4匹に増える。1匹は右足に向かい、1匹は右手に向かって進み始める。何度も寝返りをうつ。僕は寝なくちゃいけないんだ。ついには何十匹ものそれらが僕の全身をのたうちまわる。もう自由に手足を動かすこともままならない、そいつらが勝手に内側から僕の手足を動かす。僕はいてもたってもいられなくなり、布団を振り払い、台所に行って水を飲む、グラスを持つ手が震えている。ベッドに戻り、必死にそれらを抑えようとする。強く念じる。目をかたくつむる。全身にぎゅっと力をこめる。今度はまぶたの裏にあいつが現れる。僕のコンプレックスと理想と嫌な部分を全部混ぜ合わせてこねあげてつくったようなあいつが現れて、あっちを向いて意味もなく笑っている。

ほんとうにうるさくて眠れやしない、なんでそんなに邪魔をするんだ。だいたい夜になるときまってやってきて、いいか、俺は寝たいんだ。俺の頭はさっきからずっと寝たがってる、疲れてる、早く緊張を解きたい。そんなに話しかけるな、うるさいんだよ、うるさい、だまれ、静かにしてくれ。いい加減にしろ、ニヤニヤしやがって、何がそんなに面白いんだよ、ほんとうにすこしだまってくれ。おかしいだろ、普通に考えてみろよ、なんでわかんないんだよ、おまえだろ、おかしいのは、なあ、笑うのをやめろよ。おい、ふざけんなよ、聞いてんのかよ、おれはうるさいっていってるんだ。うるさいっていってるんだ。うるさいって、いってるんだ。

***

かたくなっている。みんなだんだんとかたくなっていっている。歳を取るごとに、経験を通過していくうちに。ビーフジャーキーみたいにカチカチになっている。それは仕方のないことかもしれないけれど、できればそうはなりたくない。やわらかくありたい。ソフトさきいかみたいに。

我々にできることは、いつだって誰だって、現実的で確かなステップを踏むことだけだ、いくら頭で考えても問題は解決しない。

ステップ1。熱いココアを飲む。鍋でお湯を沸かしてココアを溶かす、いつもよりも3倍くらいの砂糖とココアを入れる。コップに注いでもまだグツグツといってるぐらい念入りに沸騰させる。それから少しづつそれを飲む。口だけつけてすする。そうじゃないと舌がやけどしちゃうからね。

ステップ2。熱い湯船につかる。はじめにぬるめのお湯をすこしだけ浴槽にためて入る。それから熱湯をいれる。お湯はどんどん熱くなる。そのうち我慢できなくなる。そうしたらお湯を止めて、しばらくじっと耐える。汗が止まらなくなる、心臓の鼓動が聞こえてくる、血液が体中を駆け巡っているのがわかる。お湯が骨の芯に染み込むまでゆっくり浸かること。

ステップ3。テトリスをする、ぷよぷよでもいい。体がさめない内に布団に入ったら、部屋の電気を消してテトリスをする。上からものすごい高速で落ちてくるブロックを適当な位置に誘導する。その作業を延々と繰り返す。頭はフル回転している。もしタスクマネージャーを開くことができるのならば、きっとCPU使用率は100パーセントの状態であるはずだ。これを寝るまで続ける。理性とは関係なしに、親指が自然とEndボタンを押すまで続ける。

簡単なことだ。

僕はベッドの中で目を覚ます。7時半ジャスト。鳥がピチピチと鳴いている。うん、おはよう。気持ちのいい朝だ、肩にまだだるさは残っているが、それを差し引けば申し分ない、十分すぎる。ありがたいことにコタツはそこに鎮座したままである。床をそっと蹴るとそのまま浮かび上がって天井にタッチできるということもない。テレビのコントローラーに手を伸ばそうとして、昨日捨ててしまったことを思い出す。何事もなれるまでには時間がかかるのだ。いつもより早く家を出るのもいいかもしれない。つまりは、そういうことだ、うん。

伸び。
[ 投稿者:hutakata at 00:57 | 作り話 | コメント(0) ]

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