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2007年12月15日
悲しいロック先生の盗まれたギター
夜、あれは確か11時をまわっていたであろうか。僕は車で峠道を走っていた。やけに霧が濃くて、いくらライトで照らしても5m先の白線が精一杯見えるぐらいであった。そういうわけでほとんど感で走っていたような気がする。ましてや歩行者なんていようものなら確実にひいていただろう。静かな車内、真っ暗な内装は、着ている服がそうである様に、すでに僕の体の一部と化していた。ハンドルとアクセルは僕の手と足の延長で、そしてフロントガラスで区切られた世界が僕の視界だ。真っ暗な森の中を僕は走る、わずかに光る中央線だけを頼りにして、右に左にそっと体を傾けてやる。いつもは気にも留めないが、その日は、たまに向こうからやってくる信号機や街灯の光が幻想的に見えた。その一帯だけが赤や、黄色のぼんやりとした光に包まれていて、例えるなら雨の中のガソリンスタンドのような、それでいてなんだか当たってはいけない光に当たってしまっているような、そんな毒々しい気もした。そこを過ぎるとまた闇、深海の底を行く潜水艦、ライトの光はもうそこで水に持っていかれてしまう。そうやって光から光へ、まるで島から島へと渡り歩くような気分であった。前後に走る車はなく、たまに対向車が来る程度で、急いでもいなかったので時速40kmぐらいでゆっくりと潜行した。光、闇、光、闇。青、オレンジ、赤、そして霧。だんだん感覚が痺れてきた、今僕はどこを走っているんだろう。多分僕はそのとき、そういう自分の状態を意識できていたと思う。

僕はその当時、自分の部屋を飛び出して、外に自分の場所を欲しいと思っていた。強く希求していた。彼ら、真剣に生きようとするあまり、まともに生きることができない人々、その彼らにとって、無人化したボーリング場がマイグレイトプレイスであるのならば、その言葉を借りてマイフェイバリッドプレイスといったところであろうか。お気に入りの場所、何時間そこにいても誰からも気に留められることなく、自分もまた気に留めず、好きな時にコーヒーが飲めて、本が読めて、気が向いたらいつも窓際のテーブルに席を取る彼女、僕じゃない誰か、に声をかけて新しいストーリーをはじめる事ができる、そんな場所、そんな空間に僕は憧れを抱いていた。そのことに関しては、通俗的にいえば、ほとんどコンプレックスにさえ感じていた。それでも、どうしてもその住み慣れた穴ぐらから出ることは恐ろしかった。少しの孤独と、顕示欲さえ我慢さえすればそこでの生活は申し分のないものであった。しかしおずおずと顔を半分だけ出し、外の光を少しでも垣間見ようものなら、僕の僕を正しく生きさせようとする力がぐぐっと首をもたげて、耳の中にどうしても手の届かない痒みがあるときのように、どうにも身体を悶えさせるのであった。

だからといってただじっとして、その状況に甘んじていたわけではない。僕だって何も行動せずに、ただ空想にばかりふけっている様な体たらくでしかない、というわけじゃない。友達のつてを利用してある種の集会に参加してみたり、そこに少しでもつながりがあればそれをもっと太くしようと試みたり、しかしそのいずれも結局は上手くいかなかった。僕がどんな場所に行ったとしても、そこはあくまでも彼らの場所で、僕の場所にはなり得そうもなかった。もしそれでもずかずかと足を踏み入れようものなら、この無作法な侵入者に対して彼らは内心では憎らしく思いつつも、しかし平静な素振りで、次々と立ち去ってしまったであろう。もしかしたらそうはならなかったのかもしれない。でも少なくとも僕はそれを怖れていたし、そのために僕は一見彼らの場所にいるように振る舞いながらも、実際は依然として自分の場所に閉じこもったままでいるのであった。例えばこれはある打ち上げの席の話なのだけれども、とにかくそのときは僕のその症状が特に強いときで、そう、今の百倍くらいは強かったと思う。僕らは、もっと正確にいうなら彼らは、多くの人々が何度も経験をしたことがあるように、酒を飲みおおいに盛り上がっていた。人数は十数人で男女が半々といったところであったであろうか。僕は例のごとくマイハウスの扉を閉め、覗き穴から外を眺めるか、たまにくる郵便の中身をチェックするかしていた。そのときだって僕は扉を開ける気はあったんだと思う。逆にその気持ちが強すぎたがために余計力をこめてドアノブを抑えていたのかもしれない。同じように、覗き穴にしてもそこから必死になってぎょろぎょろと目を動かしていたし、その少ない手紙が来ようものなら、何とか気の利いた返事を書こうと必死になった。宴席はいよいよ賑やかになり、男達はばかばかしいような悪ふざけを始め、女の子達は皆それをはやし始めた。そんな光景を眺めている内に僕のあらゆる神経もますます強く、そして鈍感になっていって、ついにはまるで木偶の坊のようになってしまった。周りの風景は光だけを描いた抽象画のようにあいまいに見えたし、音だって意識していない時のTVの音のようにそれはなんの意味もなさなくなってしまった。しかし同時に外界はまぶしいほどによく認識できたし、それに対する感情が僕の中にあるダムにせきを切って流れ込んでくるのを客観的に感じることができた。そのダム、一見コンクリートでがちがちに固められていて、いかにも固そうで重そうで、触るとひんやりする、しかし一押しすればたちまち決壊する、を、そう、えいやっとしさえすれば、水はすぐに引いてしまったのであろうけれども、しかし僕にはそれをすることができず、そしてそれは容赦なくたまっていき、とうとう僕の喉元にまで達してしまった。

この話はここで終わりである。もちろんこれはそのもっとも極端な例であるのだけれども、しかし僕がお気に入りの場所を見つけようとすると決まって、それに限りなく近いことが繰り返されてしまうのであった。僕はその度に感覚のなくなったような気分になり、外界をはねつけるか、もしくは自分の臆病を呪うのであった。

車は信号が赤であることに気づき、止まる。ここで峠道は終わって、この交差点を右に曲がればまるで高速道路のような太くてまっすぐなバイパスに入るのだが、その日は何かいつもと様子が違った。日頃はまったく混んでいる所を見たことがないといっても過言ではないような道路であるのに、こんな遅い時間であるにもかかわらず、僕の行こうとする方向の車線がやけに混んでいるのである、というかほとんど進んでいない。ずっと先まで車、ほとんどはトラック、の列が並んでいて交差点にまで溢れているほどである。反対に対向車線はがらがらであった。僕はこの異様な光景を眺め、さてどうしようかと迷いあぐねた。が、信号が青になり、列も少しは動いたように見えたので、左に曲がるリスクを恐れ、いつも通りに右に曲がった。しかし列は少し進んだだけでまたすぐにまったく動かなくなってしまった。これはとんだ選択をしてしまったもんだと思った。霧はますます濃さを増していく。まるで道路全体が発光しているようだ。まあいい、とにかくゆっくりと音楽を聴くことはできる。そう自分に言いきかせ、一息ついた。伸びをして、カーステレオの再生ボタンに手を伸ばす。三日月ロックだ。

このCDを聞くといつも、夜の草原を二人の青年が駆けていくさまを想像してしまう。

昔、僕が小学校3年生の時のことであったであろうか、4月、新任の先生が僕のクラスの担任になり、生徒に向かってよろしくの挨拶をしたことがあった。その先生は男で、若くて、もしかしたらまだ大学を出てすぐであったのかもしれない。目は生き生きとしていて、顔はなんだか自信なさげにはにかんでいて、他の先生には見ることのできない明るい若々しさに溢れていた。その先生はひと通り自己紹介を済ました後、趣味はギターを弾くことなんだ、といってなんだかそわそわしながらギターケースからギターを取り出した。僕が実物を見たのはそのときが初めてだったし、それがどんな種類のものであったかは覚えていない。とにかく先生はそれについて語ってから、そのギターを弾き始めた。残念だけど僕はそれがどんな音であったかも覚えていないし、上手いか下手だったのかもわからなかった。でもそのときに、先生が照れくさそうにしながらもしてくれた話は覚えている。

「いいかい、ロックというのはね、言葉は悪いかもしれないけど、つまりぶち壊すということなんだ。最初にロックを始めた人はさ、これは僕の想像なんだけど、それまでそれが音楽の全てだとといってもいいほどだったオーケストラやなんかからさ、ギター1本を取り出してきて、とにかくかき鳴らしてみたわけだ。その時は今ほどまとまった音ではなかったのかもしれない。でもそれは世界中の人々が初めて聞く新しい音だったし、そしてそれは聞いていて心地が良かったんだ。もちろん、慣れてくれば、ということかもしれないけどね。とにかく彼はそうやってまったく新しい音楽を生みだしたんだ。それがロックだよ。だから厳密にいったらそれを真似しているのはロックじゃないよ。それをさらにぶち壊すのがロックなんだ。」

先生はそういうと、また自信がなさそうににっこりとはにかんだ。僕はロックに関して全然詳しいわけじゃないから、その話についてどうこう言うことはできない。余談だけど、この1週間ぐらいあとに学校に泥棒が入って、この先生のギターも、AV機器やなんやらといっしょに盗まれてしまった。そのことで、どうやら学校に私物を持ってくるな、と偉い先生にしぼられたみたいで、しばらくの間しょんぼりとしていたのを覚えている。

まあ、どちらも脈絡の無い話で、それがどうしたといわれれば返す言葉がないのであるが、とにかく僕は三日月ロックを聞きながら、走れ、という声を聞いたのである。

「走れ。」

月の照らす丘を走る。2人ともどうしようもなく息が切れて、それでも相手に抜かされないように全身の力を振り絞る。ぐぐぐ、としぼりだす。そしてせきを切ったように2人は同時に転がって、そしてお互いを見合って笑いだす。狂ったように、おなかの底から、いつまでも止まることなく。

相変わらず、車のライトと赤いテールランプは数珠になって連なったままであった。

「さてと。」僕はアクセルを踏んだ。

[ 投稿者:hutakata at 16:11 | 作り話 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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