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2007年10月03日
ネズミに限らず生物には皮があるということ
                             
※まずはじめに全国のネコとネコ好きの皆様に深くお詫びします。

ネコを轢いた。
自転車ではない、車だ。
夜の峠道、ネコはまるで車が来るのを見計らったかのように飛び出してきた。
とても避けられるものじゃなかった。
前輪でのやわらかい感触。
そしてもう一度後輪で。
あまりに急な出来事で、ブレーキを踏むこともハンドルを切ることもできなかった。
車はそのことを気にもしないかのように、その前と同じように平然と走っている。
ネコを轢いちゃったみたいだ、と助手席に座っていた友人に告げる。
うん、と彼は静かに答える。
僕は彼のネコ好きであることを思い出した。
彼は悲痛でわずかに顔を歪ませているのだろうか、それとも静かに目を伏せているのだろうか。

僕はひと通り言い訳をした後、以前におこなったヤギの解剖の話をした。
「よく、精神異常者が、まずネズミとか鳥とかの小さな動物を解体して、それがだんだん大きな動物になっていって、ついには人間を、っていう話があるじゃない。あれって、あんまりそういうことをやったことがない人にとっては、なんというか、言葉にしにくいけど。」
「いいよ、続けて。」
「その、皮一枚隔てた向こう側の未知の異常性というか、そういうものがあるからそこに恐怖を感じるわけで、すでにそれを知っている人からすれば、それはそんなに恐ろしいことじゃないんじゃないかな。」
もちろん、そんなときにこんな話はするべきではなかっただろう。
でも僕は彼に、もしくは自分に、自分があまり動揺をしていないということに説明をつけようと必死であった。

次の日、僕はヒツジの手術に立ち会った。
生きている動物を切開するのを見る、というのは、初めての経験であった。
消毒のにおい、注射針、メス、赤いもの。
僕は、僕は昨日ネコを殺した、と心の中でつぶやいた。
僕は昨日ネコを殺した、だから大丈夫だ、と。
人の声、ゴム手袋についた血、そこにいるヒツジ、そこを取り囲む人。
意識して外を見る、が、さっき見えた景色はぼやけて見えない。
そうか、きっとヒツジが物質を出しているんだ、危険信号を、僕はまだそれに慣れてないんだ。
手探りで机の縁を探す、しかし手は机に当たらない。
どうやら脚にも、もう感覚がないようだ。
僕は卒倒した。

僕はシャワーを浴びる。
僕は身をもって知らされることになった。
確かに皮を一枚開いたその先には、恐怖の固まりみたいのが潜んでいた。
それが観念的なもので、僕の心が観念的なものであっても、それが危険信号の物質で、僕の脳みそがニューロンの集まりであっても、両者に違いはない、違いはまったくない。
抽象的で形而上的であるからといって、論理的で物理的ではないなんてことはない。


ネコを轢いた直後、助手席の彼は、目をつむり、手を合わせていた。
祈るとは自分に対して行うことだ、ということを僕は最近学んだ。
僕は心の中で謝り、そして祈る。
[ 投稿者:hutakata at 19:28 | 雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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